フラグクラッシャーは今日も微笑む
乙女ゲームに生まれ変わってしまった崎島は、高校受験の際にインフルに罹ってしまった。そこから始まる、フラグクラッシャー人生。兄弟は前世の記憶持ちです。
最後に見たのは、蒼だった。
ある日、私は殺された。
なんの変哲もない普通の主婦だった。綺麗でもなく、ブスでもない私のような主婦はどこにだって居るだろう。
子どもはこれから作ろうって話してたのに、私は情けなくもその話をした張本人と、そしてその旦那の愛人に殺されたのだ。
いきなり、蒼いクッションを押し付けられたと思ったらグッサリと包丁で刺されて、アッサリと出血多量で死んでしまった。
そして、目が覚めたら、
―――― 私が居た。
死んだ私が霊安室で眠るように死んでいたのだ。
これは、一体どういう事なのだろうか。よく意味がわからないのだが、とりあえず、旦那と、その愛人を殺しに行こうか。
そう思ってすぐに、私の心が真っ黒に染まったような、とにかく心がどんよりとして重たくて重たくて、しょうがなかった。そうして、なんだか、とにかくその二人を殺しさえすれば、私のこのドス黒く染まった心の重さから逃れられると思えた。
「悪霊が生まれるその瞬間は、反吐が出る程気味が悪いな」
「誰」
「俺は、霊媒師だ」
「大丈夫よ。アナタには関係ないわ。だって私、殺されたもの。あの二人を殺して、とっとと成仏してあげるから安心して」
「そんな事したら、即地獄行きだ」
「それも大丈夫。アナタに迷惑を掛けるわけじゃないもの」
綺麗な黒曜石の目が揺らいだ。
「せめて、輪廻をくぐって生まれ変わってくれ」
ポンっと置かれた手に、温もりは感じなかったのに温かい気がした。
次に目が覚めた、というのは語弊だろうか。その前世の記憶が呼び起されたのは、皮肉にも中学三年生の受験時に、夢で死に際を見てしまったのだ。まぁ、それだけなのだが。
「未来!」
「ヒサ。どうかしたの」
キラキラしているヒサは、少女マンガのヒロインのようだ。見た目は、凡庸なのに天然で世話好き。
栗色の腰までの長さの直毛の髪は羨ましい。私の髪は、黒髪でショートヘアだから余計だ。伸ばそうとは思うのだが、いかんせん癖毛が強すぎて、綺麗に伸びないのだ。
「ねぇ、高校一緒のとこ行くんだよね。あそこの高校の制服可愛すぎてコスプレみたい!すっごい楽しみ!」
そういえば、先ほどまでそんな話で花を咲かせていたような気がする。ヒサには悪いが、受験にはドン滑りしようではないか。
そもそもで言うのであれば、私は前世も現世もそれほど頭は良くない。
だがしかし、そんな事を気にする以前に自分の体調も考慮しなければならない事に今更ながらに気付いた。
受験日当日、私はものの見事にインフルエンザに罹り、外出禁止令を医者より言い渡された。元も子もない。よって、受験で頑張っているヒサに「インフルなーう!受験頑張れ」と最後に星を飛ばし、激励してあげた次第だ。
『ふざけんなぁっ!!!!!』
そして、1分もしない内に電話が掛かってきて、喧嘩した勢いに任せてヒサの連絡先を削除しそのまま仲直りしないでいる。
ヒサも悪いのだ。私はあの後病状が悪化し、インフルは治ったものの次は風邪で悩まされ、かれこれ三週間程寝込んだ。
後、あれだ。前世の諸々も思い出し、風邪治り掛けという時に前世の記憶蘇りラッシュが起こり、鼻血を吹き出すという大惨事。それを見た母は慌てふためき、父は「お前もか~」と暢気に夕食を食べ、兄二人は大爆笑。なんという家族。全員母並に心配してくれ。
そんな訳で、私は今年の春から公立校に通う事になった。
そして、三週間の内の最後の週である一週間、寝込んでいた私の部屋に父がやってきた。
「実は、父さんの家系ってな、前世の記憶持っている連中多いんだ。そんな父さんも前世の記憶持ちだ。あぁ、懐かしいな。父さんもちょうど高校受験してからすぐに今の未来みたいに鼻血吹き出して倒れたっけな。そうだ、あの遥と彼方も同じように鼻血噴出してたの覚えていないか?」
高校受験の忙しい時期に鼻血噴出す家系ってどうよ。とか思いつつも確かにそんな事があった。
「父さんは前世、騎士だった。世界的にはここでいうファンタジーだね。父さん、色男だったんだよ、これでも」
今でも色男ですが。娘にまでその色気を振り撒かないでください。
「毎日女をとっかえひっかえ、あの時は幸せだと本気で思っていたんだよ」
「さいてー」
「で、ある日夜道歩いていたら、当時付き合ってた中の女の子の親父さんに処刑されちゃった」
え、ていうか。え?付き合っていた、中の?
それから星を飛ばすな。
「いやぁ、まさかあの中に王女様が居たとか思わなかった」
「おとーさんの前世さいてー」
「で、遥は、父さんが居た世界とはまた別のファンタジーな世界で仲間を助けてやられたって言ってたかな。彼方の場合は、前世どこかの国の王様って言ってたかな」
だから、あのクソ兄貴はあんなに頭が良いのか。遥の方も頭は良い。父曰く、遥は騎士団長だったらしいので、そこそこ頭が良かったとの事。
「で、未来は?」
「ふぁんたじーじゃないけど、」
「あぁ、こことそんな変わりない世界か」
「うん。主婦やってて、旦那が不倫してて、私邪魔だから殺された」
「……………」
父はそこで黙り込んだ。
その日から、兄弟共々私に対して過保護になったというのは余談である。
入学式を迎えてからも、ヒサに会う事はなく私は坦々と学生生活を過ごし、大学にも進学し、うちの家族は大学の飲み会や、合コンなども許すはずなく私は清く正しく、就活の事だけを考えて学生生活を地味に過ごした。
上の兄達が結婚した今でも、私は構い倒しに会い、独り暮らしをしたいとなると家族から反対される。裏から手を回そうものなら、前世王様だった彼方がそれを阻止する。そして、一発で就職できた私が待っていたのは、ヒサだった。
就職先で、また出逢ったのだが、お互い気まずくすぐに視線を逸らしてしまった。
「崎島さん、佐倉さんの事知ってるんですか?」
「……なんで?」
「いや、なんか二人共気まずそう、っていうか」
「そうかな?」
そんな事を言われる機会も増えた。
噂で聞こえるヒサの話は専ら、可愛いだの頑張り屋だの、天然だの、良い噂ばかりだ。その中に、社長やら専務だとかイケメングループにちょっかいを出されている、との事だ。
勝手にしてくれと言いたい。
私は、それから三か月もしない内にその会社を辞め、派遣の登録会に行き、そこからの紹介でその会社に勤める事にした。時給は安かったが、仕事をしていないよりはマシだと言い聞かせた。
兄の彼方が自分のやっている会社の事務員を勧めてきたが辞退した。妹だからこそ厳しい指導が待ち受けている事は目に見えてわかっていた。あれでも元王様なのだから、間違いない。
私が勤務したのは、ホテルだった。徹底的にビジネス用語を叩き込まれ、現場に叩き出された。正社員にも聞いたが、「派遣はまだぬるい」と言われた。気が遠くなった。
それでも、実績をコツコツと積み上げていた。そんな所に、私を嘲笑いに来た兄二人がホテルのレストランに入っていた。
私を見た、奴等二人は「早く辞めてうちに来い」と言ってきたが、「そんな恐れ多い事は出来かねます」と返しておいた。ちょっと敬語が変になったが、大事なのはニュアンスだ。と思う。正社員の先輩は肩を震わせて、只管笑いを耐えるのに夢中だった。
「あの人等、うちのお得意様なんだけど凄い兄弟持ったね」
休憩中そんな事を言われた。
えぇ。片方は騎士団長で、もう片方は王様ですからね。元々出来るチート達なんですの。私は一般的な主婦だったがな。
「イケメンだし、崎島さんの両親もあんな感じ?」
「母は普通でしたけど、父は普通のイケメンですね。」
普通×イケメンはたまにとんでもない美形を生み出すという法則でもあるのだろうか。
日本人×西洋人のほとんどが美男美女になるように、そんな法則があるのだろうな。多分。ただの偏見だけど。
ちなみにこの先輩は、今黒髪なのだがここに勤めるまでは金髪にしていたという、美形だ。知的系の美形なのだが、中身はただのチャラ男だ。男として見れない。
「崎島さんは普通なのにな」
「でしょうとも」
ポリポリとポテチを摘まみ、ぐてーと無防備に休憩室に備え付けられているテレビを見る。
奴等がイケメンでも美形でもどちらでもいい、ただ私はあの前世の記憶が蘇ってから、男に夢見る事はなかった。独身貫きたい。いいじゃん上の二人が結婚して子供も今度産まれるというのだから、私は頑張らなくてもうちの家庭は順風満帆なのだから。
「崎島さん、俺と付き合わない?」
「お断り申し上げます」
変な所で他人行儀になるのは、実はこれが初めてだからではない。これで、何度目だっけ。4回目?
「崎島さんって、結婚とかに興味ないの?」
「露程も」
ぐてーとしながら、背中から圧し掛かられた。これも初めてではない。ちなみに何回目かは覚えていない。
「俺のモノになって」
「丁重にお断りさせていただきます」
即答で答えて、成すがままになっていると「このまま、食べたい」と囁かれる。ヤダ。コイツの性癖は知っているのだ。
絶倫ではないらしいが、基本的に一人の女では満足できないそうだ。
「私の夢は独身なので」
「子供が出来ても?」
「いいじゃないですか。未婚でシングルマザー。子供だけ居れば逆に満足です」
そういえば、前世では子供はできなかった。じゃあ、旦那は要らないから子供だけ居れば充分。
自分にお父さん居ないのはなんで?自分も欲しいって聞かれたら、あなたにお父さんは必要でもお母さんにはお父さん必要じゃないのって、答えようか。
それとも、お父さんぽっくり説を言おうか。けど、前世の記憶が蘇ったら、きっとそんな事も思わなくなるだろうな。私の家系は父曰くそういう家系らしいので。問題ないはずだ。
「それに、私実家暮らしで、兄二人がご存知の通り小さな会社ですけど社長なもんで、特にお金には困りません」
それに、彼方に至っては元王様。腹の探り合いは得意なはずで、今の会社が軌道に乗りに乗っている状態だそうだ。流石元王様である。遥も、彼方から色々アドバイスを貰ってやっているそうなので、潰れる気配さえ全くない。
「っち。崎島さんは俺の何がそんなに不満なの」
ゆっくりと私から離れる、この先輩は高校時代に出逢った初恋を未だ忘れられずにいるのだそうだ。聞いていて、とっても面倒臭そうだったから、聞いているフリをしながらその日の夕食について考えていたので、どこの高校出身とか知らない。
「まず、名前を正しく覚えていない辺りから興味がないのが伺えるかと」
「宮里愛翔!お前、このやり取り何回目だと思ってんだよ」
「自分の読みにくい名前を恨んでください」
男の癖に、名前が“愛”が入っているぐらいにしか認識できなかったわけだが、私は頭があまりよろしくない。人の顔と名前を一緒に覚える事が出来ない。覚える気がないとも言う。
「ヒサなら、こんな事絶対にねぇのに」
言葉が崩れたその一言で、なんとなく察した。高校時代の初恋ってヒサかよ。
ヒサは元気そうで何より。
元々嫌いで喧嘩別れしたわけじゃない。
ただ、何を話していいかわからないのだ。気まずくなって結局以前のような気やすい仲に戻れない。よくある話だろうに。きっとこの事を言ったら、この男はますます煩くなるのだろうな。
「あ、ヒサっていうのはな、凄い可愛い奴なんだよ」
「さよーでございますか」
醤油煎餅のセロハンでできた袋を掴み自分の方へと引き寄せる。
未開封の袋の中でバリバリと割ってから、食べるのが私の食べ方だ。ちなみにこれは父がやっていた。前世と現世において女の扱いに慣れきっている父はこうして食べると多少は上品に見える、との事だ。それ、誰にやってもらって確証を得たのか少々問いただしたかったが。近くに母が居て、そんな事言えなかった。
「何度も助けられたんだ」
「そうでしたか」
ボリボリ食べてた煎餅の袋を横から奪われ、その顔に似合わず口に流し込むように食した、えーと……先輩の眼は、少し怒っていたような気がする。
「崎島は、ヒサと知り合いなの?」
知り合いだが、真顔でちょっと小首を傾げる仕草をしてみる。
今は、煎餅を取られた怒りの方が勝っているので、真顔に磨きがかかっているだろう。
「俺の名前は覚えてる?」
ちょっと固まりつつ、やはり真顔で慎重に頷いて見せた。
「覚えてない奴の仕草なんだけど、それ」
さっき言っただろうが。と言われたが、何度だって言おうではないか。顔と名前を覚えるのが苦手なのだと。
「まぁいい。崎島は、次一時間出たら上がりだったな」
「あ、先輩もですね」
「これから、仲の良かった奴とうちのレストランで食べるんだ。お前も来るか?」
「私はこのまま遥と彼方と一緒に帰ります」
先ほど、私のスマホに二人からのメールが来たのだ。それを見せびらかせるように先輩にも見せた。
ちなみに遥と彼方は双子である。
「…………なんで、騎士団長と王様なんだ?」
「家の中の態度の評価です」
適当に嘘をついてみた。
私でも、遥と彼方の名前を間違えたりするのだ。これぐらいの区別ぐらいはさせていただこうではないか。
「俺は?」
「その前に連絡先交換しましたっけ?」
「してないな。するか」
「私、先輩の連絡先要らないです」
「本人目の前にしてんな事言われたの初めてなんだけど」
「さよーでございますか」
それからきっちり働いて、就業5分前になった頃にヒサと何かキラキラした面子がやってきた。
「ヒサ!」
「就業中ですよ、先輩」
厳しい視線を投げ付けていると、こちらを見る遥と彼方と視線が合った。
遥と彼方は、今の今まで仕事の話をしていたのか、彼方は電卓を叩いていた。ちなみに電卓は彼方のお気に入りである。
我が家の王様はまだ話足りないのか、騎士団長は頭を抱えたそうにしていた。
「愛翔!……あ、と、その…」
あ、時間になった。
腕時計をさりげなく見てみたら、就業時間が来ていた。
「先輩お疲れ様でした。上がります」
「あ、あぁ。お疲れ」
今日もお疲れ様でした。
あの後、何事もなく遥と彼方と一緒に帰ったのだが、私が居なくなってからの展開は私の知らない所となっている。
「ま、愛翔、さっきの人…」
「あ、崎島か?」
「崎島…。やっぱり、未来なのね…」
確かに、崎島の下の名前は未来だ。ヒサはなんでそんな事知っているのだろうか。
佐倉寿は高校からの付き合いのある俺の想い人だ。
誰よりも友達思いの良い子だと思っているが、極端な話、それ以外の人間には驚く程に冷たい。
そんなヒサが唯一気に掛けていた子が居た。それは、受験日突然インフルに見舞われたという女はなんとも災難な人生を送ったものだ。
ヒサは今でも、その子を気にしている。何か月か前に会社の中のその子の事を見つけたらしいが、見つけただけで声だけは掛ける事ができなかったらしい。
「ヒサ、いつでもうちのホテルに遊びに来いよ。崎島の事紹介してやるから」
「愛翔…」
「おい、愛翔ばかり狡いじゃねぇか」
「俺だって、お前が望むもの全て差し上げたいと思ってる!」
「ありがとう。でも、その気持ちだけで嬉しいわ」
フワリと微笑むヒサは、そんな俺達を面倒だと思っている。そのせいか、目が笑っていない。それに気付いているのは、俺達だけだ。
ヒサは今、俺達を利用としている。利用して、崎島に近付こうとしている。だけど、そんなに簡単に近づけないのが、崎島だ。どうする、ヒサ。
そして、翌日。予想外な出来事が起きた。
俺達の策略をまるで嘲笑うかの如く、崎島は俺に言った。
「そういえば、私昨日で契約満了だった事忘れてました。これ、お世話になったお礼です。皆さんでどうぞ。お世話になりました」
まさかの展開に付いていてけない俺がいた。
続くように見せて、続かない。