表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

泥棒現る

十二歳くらいかな?

多分そうだと思うんだけど・・・・・・子供ってよくわからないから。


栗毛?金色にも見えるけど、そんな髪をした男の子が。

 

うちの家の庭の(かき)の木の枝に腰掛けて、一生懸命腕を伸ばして熟れた柿を採ろうとしているんだけど・・・・・・。


ああ、別に怒ろうとか思ってないよ?

あの子が落ちて怪我しないかとか、そっちが心配なんだ。

どうも取り越し苦労みたいで、その子は細い枝にひょいひょい乗り移りながら、上手に柿を採っている。

子供は体重が軽いから大丈夫なんだって思っていてもけっこう恐かった。



その子がいつからいたのかはよくわからない。

多分一時間前に外で「うわぁっ」って叫んだの、その子だと思う。

私は本を読んでいたから、外を見ることは思いつかなかった訳。

でも、窓の外でがさがさされると、さすがに何だろって思うでしょ?

で、見たらいるわけよ。・・・・・・子供が。



思わず固まった。うちの柿を勝手に採ってるんだから、泥棒なんだけど。

凄かった。高枝切りバサミもないのに、折れやすい柿に登る?柿を採る?

恐かったけど、その子があんまり上手に登るから、恐怖を忘れて見入ってしまった。


くるくるした巻き毛で、肌の色は薄汚れていてよく分からない。黒いのは泥なのかな?

靴は前を紐でからげるみたいにして穿いてる・・・材質は多分皮だと思う。

でも、靴底はべろりと片足だけ底が()げている。

ちょっと東京の街中にはいない感じだけど。



可愛いその子は、顔を真っ赤にしてうんうん唸りながら腕をのばし、股を(ほと)んど180度開脚して、足をぷるぷるさせながら枝を渡ったり、一心不乱に柿を収穫していた。

途中、でっかい柿を収穫するたびに「でっけえ」「ひゅう」とか言って。

まだ青いやつを見たら首を捻っていたけど、結局子供の貪欲(どんよく)さで、全部採ってしまった。



外で知らない人がうろうろしていてもいつもは私、気にしないんだけど、今回は保護者の気分で見守ってしまった。

で、その子がさ。天辺の一個まで取ろうとするから、さすがに止めたんだ。慌てて。



「待って」って。



私は驚いた。外に自分の声がちゃんと響いたことと、その子がぱっと私を振り返って真っ直ぐ見たから。


私は正直、あーやっちゃったなって思った。


子供の頃って遊んでいる時に、急に大人に話しかけられると、現実に引き戻されたみたいな気分になって冷めちゃうことがあったでしょう。

だから、その子の楽しみを取り上げてしまった気分になった。

私は多分途方にくれた顔をした。あの子の時間を台無しにしてしまったと思って。


その子はベランダの私を見つけて、口を(オー)の形に開いた。多分彼の言う「でっけえ」柿が入るくらいの大きさまで開けて、次の瞬間。


その場で風を切る勢いで頭を下げた。で、



「ごめんなっっ・・・・・・ちがっ、あれ?すみませんすみません、お許してくださいお嬢様!泥棒した果物は返しますからどうか家にまで咎が及ばぬようお取り計りをっ、下さいませっっっ!僕はこの家に人がいるって知らなかったんですっ・・・・・・それ関係なくて・・・・・・でもどうか家だけはっ、僕だけで、僕が全部悪いんですっ病気の母と幼い妹がいるんですっ」


て言った。


私は目をぱちくりして、で、やっとその子が私が柿を勝手に採った事を怒ってると思っていることに気がついた。早口すぎてよく分からなかったんだ。


私は凄く申し訳ない気分になった。とりあえず、「怒ってないから大丈夫」と言った。

それで、「天辺の一つだけは、神様に感謝して鳥にあげるから、残して欲しい」って言った。



その子はきょとん、とした。

綺麗なコバルトブルーの目をしたその子は、ちょっと考えた。玩具(おもちゃ)みたいに細い腕を組んで、一瞬だけ学者みたいに必死な顔で。

だから、子供は考え事をするときも手抜きをしない生き物だって思い出した。


そして「僕は、鳥が食べる分をとってしまいましたか」と。


真剣な顔で聞くから、私も返そうと思った・・・・・・たぶん、誠実に。


「鳥は飛んでいけるから、ここがなくなっても、また別の木を見つけるから問題ない。それより、実が成りすぎて重くなった枝を軽くしてくれたから、木が貴方にお礼を言いたいと思う」。


とか、なんとか・・・・・・凄く変なことを言ったと思う。


でもその子は子供だったし、何よりいい子だったから私の失敗を「ありがとう」と言って笑い、許した。

ぺこりともう一度深く頭を下げ、ぱんぱんに柿を詰めた袋をぐっと担ぎ、走って去っていった。そりゃもう颯爽(さっそう)と。



久しぶりに人と話したから凄く疲れた。

慣れないことで失敗したけど、あの子の後姿はすごくよかったなぁ、と思った。



可愛い泥棒だった。うちの柿がなくなったけど、あの子にならあげてよかったと思う。




家の外が異世界になってずいぶん経つ。

窓からは広大な森、遠くに岩山と大きな滝が見える。

たまに知らない人が来て勝手に庭の果物を採っていくけど、全然問題ない。

そう言えば、今日始めて異世界の人と言葉が通じた。


 読んでくださって有難うございました。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ