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Ⅱ.エメラルドの白猫

「で、なんでこうなるわけ……?」


「えへへ」


「えへへじゃないわよ! なによこのバケモンは!」


 セレーの目の前に積み上げられた綿と布切れの塊を、リリカは指さした。


「動物を作るって言ってたじゃない。それがなにをどうしたらこうなるの……?」


 歪な塊を『猫』と言い張る彼女に、リリカは目眩がした。


 リリカの前には、まるで売り物のような人形が並んでいる。猫や兎、実寸大の小鳥まで、見事な裁縫技術で繊細に再現されていた。


 手先は器用な方だ。魔力だけではセレーに勝てないが、器用さを駆使すればリリカも彼女と充分張り合えるくらいには精度を上げることができる。


 セレーはリリカの手元を覗き込んだ。


「わあ、リリカちゃんはさすがね! あ、これすごくかわいい」


 黒猫の人形が無抵抗に持ち上げられる。


「同じようにやっているつもりなんだけど……なんでこうならないのかしら……」


「それは私が聞きたいわ。ほんとあんたって、魔法以外はてんでダメなのね」


「だって、魔法は針も糸も使わないもの」


 セレーがひとたび杖をくるっと回すと、辺りに散らばった色とりどりの布や綿がふわりと浮き上がり、ひとつにまとまりだした。


 いくつかの小さな星が瞬くと、やがて目の前に白猫の人形がちょこんと座り込む。


「魔法でなら、こんなに上手にできるのに」


 セレーはつまらなそうにため息をついて机に伏せ、指先でちょんと猫の鼻をつついた。


「……うらやましい悩みだわ、まったく」


 リリカは白猫に視線を向ける。白猫には、作り手にそっくりなエメラルドの瞳がついていた。


 ……あんなもの、セレーが揃えた材料の中にはなかった。ということは、あれは彼女の魔法が……。


 つくづく、彼女の魔法の才が嫌になる。リリカはため息をついた。


 こんなにすばらしい才能を生まれながらに持っていながら、この魔女は魔法を使わずに人形を作ろうとして、落ち込んでいる。なんて滑稽なのだろう。


「ほら、もう一度やってみましょう。今度は、私がずっと見ていてあげるから」


「いいの?」


 セレーは無邪気に目を輝かせた。


 手を差し伸べれば、こんなにあっさりすがってくる。


 その姿に、リリカは少し気分が良くなった。


「わたし、黒猫が作りたいわ。あなたのと同じように」


「えっ? でも猫ならさっき作ったじゃない」


「これは白猫だもの。それに魔法で作ったものだわ」


 そう言うと、セレーは白猫の人形を机の向こうに放り投げてしまった。


「あっ」



 瞳のエメラルドが床板とぶつかったのか、カツン、と空虚な音が部屋に響く。


 いらないなら、作らなきゃ良いのに。


 セレーは地に落ちた白猫には目もくれず、黒の布をはさみで豪快に切り始めている。


 リリカは慌てて止めた。


「ちょっと、型紙は? そんなんじゃ形になるわけないでしょ」


「……かたがみ……?」


「仕方ないわねぇ……。まずはこれをなぞって、パーツを分ける必要があるのよ」


 きょとんとするセレーについ先程使ったばかりの簡単な型紙を差し出す。


「これが……どうして猫になるのかしら……?」


 いかにも不思議そうに首を傾げる。


 型紙に沿って描かれる曲線は、猫というにはあまりに曖昧な形をしていた。セレーが困惑するのも無理はない。


 リリカだって、人間の文化に触れ始めた頃は、一体どういう原理でこの平面が立体になるのか、まるで理解が及ばなかった。ましてやそれが動物の形を模して現れるだなんて、まるで、そう、魔法のよう――。



 リリカは首を横に振った。


 こんな浅はかな考えを少しでも抱いてしまう己の性が鬱陶しかった。


 そんな訳あるものか。リリカにとって、魔法は絶対なのだ。絶対にして頂点なのだ。たかが人間風情の行いに、どうしてそれが重なることがあるだろうか。


「……きっと、あんたはそうは思わないのよね」


「うん? リリカちゃん、何か言った?」


「いいえ、なにも」


 あんたなんか、ずっとその黒い布切れと格闘していればいいのよ。



 白猫の人形を拾い上げ、リリカは机の角にそっと座らせた。こういうのが好きな訳では、決して無い。


 ただ、セレーができないことをするのが好きなのだ。


 この好敵手に、いずれ世界にその名を轟かせるであろう天才に、膝をつかせるのが。


「あ」


 不意に、セレーが間の抜けた声を上げた。


「どうかした?」


「あ、ううん。なんでもないの」


 リリカが覗き込むと、セレーは笑いながらさり気なく左手を隠した。


「……嘘ならもっと上手に吐きなさいよ」


 セレーの表情には覚えがあった。彼女がこの顔をするのは、いつも決まって隠し事をしているときだ。


 リリカは強引に左腕を掴んで引き寄せた。


 陶器のように白い親指に、ルビーが滲んでいた。


「魔女は血を流してはいけないと教わったでしょう? 血は魔力そのものなのよ」


「ん〜……」


 語気を強めて言うリリカに、セレーは困ったように唸った。だって、わたし、本当は魔力なんていらないんだもの。


 リリカはそんなセレーの様子にため息をつき、杖を出した。


 ちょんとセレーの指先をつつく。白い光が灯り、手を包み込む。光が収まると、もう傷は見当たらない。


「まったく、針の通り道を考えて縫わないからこうなるのよ。裁縫ってのは仮にも刃物を使うんだから、もっと注意して……って、……セレー?」


「…………わたし、もういいわ。人形作り、飽きちゃった」


 セレーは小さく笑った。




『リリカちゃん、これつまらないわ。飽きちゃった』


 すごろくを放り出す。



『あ〜あ、何回やってもだめ。もう飽きちゃった』


 ドミノを放り出す。



『こんな魔法、ちっとも面白くないわ。』


 魔法を、



『飽きちゃった』



 放り出す。




「……。……、……、……そう」


 リリカは空を飲み込んだ。何も、言葉は出なかった。何を言っても無駄だと、とっくにわかっている。



 部屋に静寂が訪れた。


 何か話題を変えなければ。開いたままの裁縫箱の蓋を押さえ、思考を巡らせる。



「……あ、魔法瓶」


 先に口を開いたのは、意外にもセレーの方だった。


「え?」


「魔法瓶は、ちゃんと作るわ。それなら魔法でできるもの」


「あ、ああ……」


 取り繕って微笑むセレーに、リリカははっとした。


 魔法瓶、魔法瓶ね。そうだった。


 自分から言い出したことなのに、どうして少し忘れていたのだろう。リリカは不思議に思った。


 もしかしたら疲れているのかもしれない。今日は小鳥の姿で国をふたつ超えたり、この愚かな魔女のお遊びに付き合ったり、何かと大変だったから。

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