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冒険者の町

遠く、平原の向こうに大きな町が見えた。石の壁に囲まれた、明らかに“拠点”の規模。


「……まずは、ギルド的なものを探さないとな」


 目標が決まれば、足は勝手に動く。

 街道に出て、町へ向かって歩き出した。途中ですれ違う馬車や旅人たちの視線が、時々こちらを掠める。怪しまれても仕方ない。身なりは森帰りで、荷物もないのだから。


 門をくぐると、空気が変わった。

 人の声、焼き立てのパンの匂い、鍛冶場の金属音。――生活の音だ。森の静けさとは真逆で、それが妙に安心できた。


 「ギルド、ギルド……」


 噴水の広場を抜けたあたりで、それはすぐに見つかった。

 依頼書を貼り出す木板と、狼の意匠が刻まれた看板。出入りするのは鎧姿やローブ姿の連中ばかりで、見た目だけでも“それ”だと分かる。


 俺は一度だけ息を吸って、扉に手をかけた。


 ギルドの扉を開けた瞬間、むわっとした匂いが鼻に刺さった。

 酒、汗、鉄、それから紙の匂い。ざわめき。笑い声。椅子を引く音。


 壁一面に貼られた依頼書。奥のカウンター。


「……ここ、現実なんだよな」


 口に出しても実感が追いつかない。

 森でドラゴンを倒して、レベルが下がって、ここまで来た。全部現実。


 俺が立ち尽くしていると、カウンターの受付嬢が営業用の笑顔を向けた。


「いらっしゃいませ。冒険者ギルドへようこそ。ご用件は?」


「と、登録……したいです。身分証なくて」


 自分でも分かるくらい声が裏返った。

 受付嬢は一瞬だけ眉を上げたが、すぐに手元の書類を引き寄せた。


「承知しました。新規登録ですね。お名前と年齢をお願いします」


「ナカタ ユウタ。27です」


「出身地は?」


「……覚えてないです。森で目を覚まして、持ち物もなくて」


 ペン先が止まる。

 受付嬢の目が、俺の顔からカウンター脇の透明な水晶へ移った。掌サイズの球体。


「……記憶喪失、ですね。身分証がない方は仮登録になります。こちらの登録水晶に触れてください。名前と識別情報を登録します」


「し、識別情報って……」


「魔力の波形や体質です。まぁわかりやすく言うと、ステータスをはかるものですね」


 俺は息を吸って、水晶に手を置いた。


 ひんやりした感触。

 次の瞬間、白い光が走って――視界に文字が浮かんだ。


【登録確認】

ユウタ(転生者)


「…………え?」


 俺の声より先に、受付嬢の息が止まった。

 笑顔が固まる。


「……転生者、ですか」


 その一言で、周囲のざわめきが薄くなる。

 何人かの視線がこちらへ向いたのが分かった。


「え、転生者って……え、俺?」


 受付嬢は小さく頷いた。だが表情は驚きよりも、どこか慎重だ。


「はい。稀にいらっしゃいます。この世界について何も知らないと思いますので、基本的なことを説明しますね」


 基本。

 助かる。俺は今、“何も知らない”のが一番怖い。


 受付嬢は、紙に目を落としながら手短に話し始めた。


「この世界では、魔物や敵を倒して経験値を得ると、レベルが上がります。能力が伸び、できることが増えます」


「冒険者はギルドに登録し、依頼を受けて生計を立てます。……それから」


 受付嬢の声が少しだけ低くなった。


「ここ千年、魔王が大陸の大半を支配しています。国境は荒れ、魔物も増えました」


「千年……?」


「ええ。だからこの町は“冒険者の町”なんです。前線に近く、依頼も人も集まる。危険も多いですが、稼ぎ口も多い」


 なるほど。

 だからギルドがこんなに大きい。

 だから冒険者が溢れている。


 俺が頷きかけた、その時。


 登録水晶が、もう一度強く光った。


【登録確認】

ナカタ ユウタ(転生者)

レベル:987


 受付嬢の顔色が変わる。

 背後で椅子が軋む音がして、次いで誰かが笑った。


「冗談だろ。九百台なんて――」


 すぐに別の声が被せる。


「……世界最強が六百前後だぞ?」


 俺は凍った。


「ろ、六百……?」


 受付嬢が、喉の奥で一度息を飲み込んでから言った。


「……はい。現在確認されている勇者様が六百です。ですので……九百台は、あり得ません…」


「そう…なんですね.....」


 ギルド内の空気は、もう完全にこっちに傾いている。

 視線が刺さる。期待と欲と警戒の混ざった、重い視線。


 受付嬢は慌てて続きを押した。隠すように、水晶を操作する。


「適性判定に進みます。すぐ終わりますので――」



【適性判定】

戦闘:S+

探索:S+

魔法:S+

運 :S


「S+……?」


 今度は、誰かがはっきり口にした。

 ざわめきが爆発する。


「戦闘S+って……聞いたことないぞ!」

「S持ちでも英雄なのに!」

「しかもレベル九百台! 何なんだよそいつ!」


 俺は青ざめた。

 頭の中に警報が鳴り響く。


 目立つ=囲われる。

 囲われる=戦わされる。

 戦う=勝つ。勝つ=経験値。

 そして俺は――勝つほど、弱くなる。


「ちょ、待って、俺……!」


 言い終わる前に、背後から勢いよく声が飛んできた。


「おい兄ちゃん! うちのパーティ来い! 今すぐ!」

「ギルド直属だ! お前みたいなのは前線に――」

「国が保護する。転生者は管理が必要だ」

「学院へ。君は“育てるべき”だ」


 四方八方から勧誘。

 距離が近い。圧が強い。

 腕を掴まれそうになって、反射で一歩下がる。背中がカウンターに当たった。


「む、無理無理無理……!」


 どうしよう……。

 これはゲームじゃない。選択肢が出ない。断ったらどうなる?


 その瞬間。


「――静粛に!」


 受付嬢の声が、ギルド内に通った。

 よく通る声だった。普段の柔らかい声じゃない。鋭く、腹から出た声。


 ざわめきが、ぴたりと止まる――とまではいかないが、確実に音量が落ちた。

 何人かが舌打ちしながらも、席に戻る。


「ここはギルドです。勧誘も交渉も、ルールに従ってください」

「登録直後の新規冒険者に、取り囲んで迫る行為は禁止されています。――続ける方は、退場していただきます」


 言い切ると、受付嬢は一度だけ俺を見た。

 その目が、さっきまでの営業用じゃなく、少しだけ“助けを出す人”の目になっていた。


「ナカタ ユウタさん。こちらへ。カウンターの内側に」


「え、え……はい」


 俺は半歩遅れて頷き、カウンターの端に寄った。

 周囲の視線がまだ痛い。何か言いたげな顔が多すぎる。


 受付嬢は小声で言った。


「落ち着いてください。……大丈夫です。ここでは私が守ります」


「……すみません」


「謝る必要はありません。問題は、あなたが“普通”ではないと証明されてしまったことです」


 普通じゃない。

 その言い方が、なんだか怖かった。


 受付嬢は続けて、事務的な口調に戻す。


「正式登録には、ギルド長の承認が必要です。あなたの数値は、私の判断で処理できる範囲を超えています」

「ですので――今日はここまでにしてください。明日、またギルドに来られますか?」


「明日……?」


「はい。ギルド長来られますので、直接話していただきたく…」


「わ、わかりました……」


 受付嬢は頷き、カウンター下から木札を取り出して、素早く刻印を押した。

 仮登録証だ。


「これを首にかけてください。――それと」


 小さな革袋が、音もなく置かれた。


「最低限の生活費です。宿に泊まって、身体を休めてください。転生直後で疲れているでしょうし」


「え、でも……これ、俺……」


「ギルドの支援枠です。転生者には最低限の保護が出ます。返済の義務はありません」

「ただし、明日必ず来てください。あなたの状況を、私も把握したいので」


 返さなくていい。

 そう言われても、気が引ける。だが、今の俺に選べる余裕がないのも事実だった。


「……ありがとうございます。明日、来ます」


「ありがとうございます。では、明日お待ちしていますね」


 受付嬢は最後に、声を少しだけ柔らかくした。


 ギルドから出ると、町の空気がひんやりしていた。

 路地を抜け、言われた通りの宿屋へ向かう。


 宿の看板は擦れていて、扉の蝶番が少しきしむ。

 それでも、屋根と壁があるだけで心底ほっとした。


 革袋の中身を数えて、俺は一番安い部屋を取った。


 ベッドは硬い。毛布は薄い。

 でも、今日の俺には十分すぎた。


「……まじで、なんなんだよ」


 独り言が、狭い部屋に落ちる。

 森でドラゴン。ギルドで騒ぎ。転生者。


 情報が多すぎる。

 理解が追いつかない。


 けれど、一つだけ確かなことがある。


 勝てば勝つほど、俺は弱くなる。

 なのに、俺が“最強”だとバレた。


 ――最悪の噛み合わせだ。


「明日……どうなるんだ」


 小さく息を吐く。

 布団に潜り込むと、やっと身体の芯から力が抜けていった。


 目を閉じる直前、ふと思う。


 この世界は、千年も魔王に支配されている。

 冒険者が溢れる町で、俺は“普通じゃない”と判定された。


 ……なら、明日はもっと面倒なことになるに決まってる。


「……面倒ごとは嫌だな…...」


 そう願ったところで、意識が沈んだ。

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