最強で転生したら、勝つほどレベルが下がった
――金曜の終電。
サラリーマンにとって、それは「一日が終わった」じゃなくて「一日が始まった」合図だ。
俺、ユウタ(27)。
平日は残業でHPが削られ、休日はゲームで回復するタイプの社会人だ。
「よーし、今夜はオールでゲームでもするか!」
ようやく家に帰って、缶コーヒー片手にログインした。
新作の高難度ダンジョン。初見殺しのギミック。最高。
……の、はずだった。
次に目を開けた瞬間、肺に冷たい空気が流れ込んだ。
「……は?」
天井がない。壁もない。
代わりに、背の高い木々が空を覆っている。湿った土の匂い。葉が擦れる音。遠くで鳥が鳴く――現実の質感が、ありすぎる。
「ここ、どこだよ……」
反射でポケットを探る。スマホがない。鍵もない。
その代わり、視界の端に薄い光の枠がふわりと浮かんだ。
――UI?
意識を向けると、青白い画面が広がった。
【ステータス】
名前:ユウタ(転生者)
レベル:1000(上限)
スキル:全取得
「……は?」
いや、二回目の「は?」はもっと重い。
レベル1000。上限。
そしてスキル全取得。
この世界の基準はまだ分からない。だが、ゲーム脳が一瞬で結論を出した。
チートだ。
いや、チートっていうか「セーブデータ引き継ぎ」みたいな数字だ。
「転生したら最強って……そういう、」
口にした瞬間、森の空気が変わった。
風が止まる。
鳥の声が消える。
葉の揺れる音すら、遠のく。
――静かすぎる。
背中がぞわりと粟立った。
見えない圧が、木々ごと押し潰してくるみたいな感覚。
「……来る」
木々の影が裂けたように、黒い巨体が現れた。
ドラゴン。
冗談みたいなサイズだった。馬よりでかい頭。鎧のような鱗。翼は畳んでいるのに、そこにいるだけで“空”が支配される。
白く光る目が、こちらを見下ろしていた。
序盤の森に置いていい敵じゃない。
というか、そもそも森に置いていい存在じゃない。
――逃げても追いつかれる。
――ここで詰み。
――なら、最短で終わらせる。
俺は息を吐いて、右手を上げた。武器はない。
だが、UIの端にスキル一覧が並んでいる。
大技がずらりと並ぶ中、俺は一番単純そうな名前を選んだ。
『圧壊』
魔法陣も詠唱もない。
発動した“感覚”だけが、指先から空間へ滲んだ。
次の瞬間。
ドラゴンの巨体が、見えない床に叩き付けられたように沈んだ。
森の地面が円形に割れ、土と小石が跳ね上がる。
――ワンパン。
ドラゴンは一度だけ痙攣し、白い目がゆっくりと消えた。
巨体が、ずしん、と重たい音を立てて横倒しになる。
「……え、マジで?」
自分の声が森に響いて、やっと音が戻ってきた。
鳥が一羽、慌てて飛び立つ。
強すぎる。
いくら最強でも、相手ドラゴンだぞ。
――と、思ったところで。
勝利の演出が、視界を上書きした。
【戦闘勝利】
勝利EXP:524
レベル:1000 → 988
「…………」
一瞬、理解が追いつかなかった。
レベルが――下がっている。
「いやいや、待て」
目をこする。UIを閉じて開く。
現実に戻っても、もう一度確認しても。
レベル:988。
「下がってる……?」
心臓が嫌な音を立てた。
勝った。勝利。経験値。普通なら上がる。
それなのに、下がる。しかも、12も。
「……なんだこれ。バグ? 仕様? いや、どっちでも最悪だろ」
見間違いの可能性。
UIの表示バグ。
あるいは――この世界自体のルール。
ドラゴンの死体は横たわっている。
地面は抉れ、木々は揺れている。
つまり戦闘は本物だ。勝利も本物だ。
なら、必要なのは一つ。
「……テストしよう」
近くの茂みが、もぞ、と揺れた。
小さな苔色のスライムが這い出してくる。拳ほどのサイズ。
さっきのドラゴンと比べたら、目覚まし時計みたいな存在感だ。
「お前、ちょうどいい」
スライムがプルプル震えながら突っ込んでくる。
俺は小指を弾いた。大げさなスキルは使わない。
ただの衝撃――それだけで十分だ。
ぺちん。
スライムが潰れて消えた。
【戦闘勝利】
勝利EXP:4
レベル:988 → 988
「……変わらない?」
経験値が少なすぎて、レベル変動の判定に届かないのか。
ならもう少し、試行回数を増やす。
「もう一匹」
茂みの奥から、また苔スライムがのそのそ出てくる。
同じように、ぺちん。
【戦闘勝利】
勝利EXP:4
レベル:988 → 987
「……来た」
確定だ。
――勝つたび、レベルが下がる。
血の気が引いた。
「……ちょっと待て待て待て」
勝利が罰?
戦えば戦うほど弱くなる?
つまり――
最強は、最初だけ。
戦えば戦うほど、俺は弱くなっていく。
森の中で、俺は乾いた笑いを漏らした。
「……えぐい縛りプレイだな」
俺はもう一度ステータスを開き、現実の数字を見た。
【ステータス】
レベル:987
喉の奥が、きゅっと締まる。
「……にしても、ドラゴンで下がりすぎだろ……」




