第64話
楽団の演奏で踊り始めて思ったことは、カインは殿下やオーウェン様に比べると優雅さに欠けるということです。
力任せとは言わないけど、リードする感じがなくて習った通りに動いている感じ?
まぁ、基本通りなので問題はないけど踊りのレッスンをしているみたい…。
ダンスを楽しむために受けた訳でもないので、聞きたいことをさっさと聞いてしまおうと思ったら、意外にもカインのほうから話しかけてきました。
「エリエス、すまないが『おまえに騎士の誓いを捧げたい』と手紙に書いたことを無かったことにしてくれないか?」
ばつが悪そうな顔をしてカインが頼んできます。
私としても、あんなこと勢いでも書くべきではないと思っていたので丁度いい申し出でした。
「そもそも真に受けていませんよ。どうせ命を助けられたことで恩返しには騎士の誓いしかないとでも思ったのでしょう?」
私はやんちゃな弟をたしなめるように応えると、カインは不機嫌そうな表情に変わりました。
あれ?安心させてあげようと思ったのに、なんか不満そうなんだけど…。
「あのときは本気で書いたんだ。少しくらい真面目に受けとめろよ。」
なんなのよ…。無かったことにしろとか、真面目に受けとめろとか。
「殿下の側近で将来の騎士団長候補が、侯爵令嬢に騎士の誓いなんて誰だって血迷ったかと思うわ。」
私はイライラしてしまい、きつい言い方になってしまいました。
「そうかよ、確かに血迷ってたな。」
私以上にイライラしてるんですけど。
なんでこうなっちゃったのかな。喧嘩するつもりなんてなかったのに…。
私たちは暫く無言で踊っていました。気まずくて目も合わせられません。
このまま終わってしまうのは嫌だな。何か話さないと…。
「ねぇ、シェリーにダンスを申し込んだのは、困っているのを見ていられなかったから?」
「ああ、俺はエリエスとシェリーに救われたことを決して忘れない。2人が困っているなら何があっても助けると決めている。」
ときめいてしまいそうな言葉なんだけど、気まずい雰囲気で私は今まさに困っているのだけど…。
返答に困って俯いているうちに、演奏は終わりを迎えました。
背を向けて離れていくカインに何か言わないといけないという想いがあふれ、私は思いついた言葉をそのまま伝えました。
「助けるって言ってくれて嬉しかったよ。」
カインを私に背を向けたまま頷いてくれました。
私はこのまま楽しめる気がしなくなってしまい、逃れるよう会場を後にしました。
会場を出ると、秋の訪れを感じさせる涼しい夜風が吹いていて、少し心を癒やしてくれます。
私はなんとなく緑化委員の仕事で馴染みの場所となった中庭に向かいました。
ここから近いし、誰もいない中庭のベンチに座って、心を落ち着けたかったのです。
薄暗い中庭にたどり着くと、私の目的のベンチには先客が1人座っていました。
それはレイリー様で、いつもの凜々しい雰囲気はなく肩を落として落ち込んでいるように見えました。
私はオーウェン様に断られたことを思い出し、一人にしてあげた方がいいのか、慰めてさしあげたほうがいいのか迷いました。
でも、今まで教室で平和に過ごせたのもレイリー様のおかげだと思うと、何か力になれることがあるかもしれないと感じて後者を選びました。
私が近づいてくることに気づいたレイリー様が驚いた様子で顔を上げると、その目が涙で潤んでいて、私は言葉が出ませんでした。
「エリエス様?」
「少し休憩しようと思いまして。お隣よろしいでしょうか?」
力になりたいと思って来たのだから、踏み出そうと思いました。
「ええ、どうぞ。恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね。」
「悲しいときは泣くのがいいと思います。そのほうが気持ちも切り替えられますし、私は恥ずかしいなんて思いませんので安心してください。」
私は教師だった頃を思い出しながら言葉をかけました。
通級指導教室には自己肯定感が低く、傷ついて泣き出す子もいた。
そんなときに私ができることは、しっかり聞いてあげることだったもの。
「お優しいのですね。うっかり弱音を吐いてしまいそうです。」
レイリー様は涙がこぼれ落ちないよう、メガネを外してハンカチで溜まった涙を拭きとりながら、震える声で言いました。
「その弱音、私でよければお聞きします。エルネシア様に誓って、ここで聞いたことは誰にも言いません。」
私は今までで一番真摯に『誓う』という言葉を使いました。
長い沈黙が流れます。レイリー様は顔を伏せ悩んでいるようでした。
「エリエス様にとって、耳障りなことがあってもいいでしょうか?」
顔は上げず、小さな確認の言葉だけが私の耳に届きました。
「はい。私はレイリー様に守られてきました。今こそ、その恩を返したいのです。」
嘘偽り無い私の気持ちを言葉にしたとき、カインのことがふと思い出されました。
カインもこういう気持ちだったのかな。
私は『血迷った』なんて言ってしまったことを後悔しました。
私はレイリー様が話し始めるのを、無言のまま待ち続けます。
レイリー様の手が震えているのに気づき、私は両手でレイリー様の手を包み込みました。
レイリー様は驚いたように体を震わせましたが、少し力が抜けたようでした。
「私は、エリエス様が思うような立派な人間ではないのです…。」
レイリー様がやっとの思いで絞り出した言葉は、自分を否定するものでした。




