第51話
最近、私は不安になっていることがあります。
たまに頭の中で何かが剥がれ落ちていくような異音を感じるのです。
しかも、その頻度や大きさが増しているようで、何かの病気なのではないかと心配して過ごしていました。
ある日の夕方、自室で寛いでいるときに異変は突然起こりました。
窓から差し込む夕日の色が急速に失われていくようで、私は窓辺に駆けよりました。
窓から外の様子を伺うと、空がどんどん闇に覆われていき、世界全体が闇にのまれていくようでした。
恐怖に身をすくませていると、急に頭にバリバリっと音がしたかと思うと、強烈な痛みを感じて意識を失ってしまいました。
気づくと私は薄暗く何もない空間に倒れていました。すぐ横にエリエスがいて私を心配そうに覗き込んでいました。
「大丈夫?」とエリエスが聞いてきたので、私は自分の状態を確認してみました。
さっきの強烈な痛みはもうないし、体も普通に動かせるようだったので、上半身を起こしつつ、「心配させちゃったね、大丈夫だよ。」と応えました。
私の応えにエリエスは安心したのか、肩の力が抜けたようでした。
でも、一体何が起きたのだろうと考えていると、空間に声が響きました。
これは、エリエスの記憶で聞いたエルネシア様の声?
「大丈夫ですか?絵里子。」
驚きました。絵里子は私の前世の名前で、もう呼ばれることもないと思っていたから。
「大丈夫みたいです。あの、エルネシア様なのですか?」
私はエルネシア様がこの声の主なのか、前から疑問に思っていたので確認したかったのです。
「そうですね、その認識でいいでしょう。」
予想通りだったので驚きはないのですが、神様と話すことに畏怖してしまいます。
「あなたの魂を私の都合でこの世界に呼び寄せたことを謝罪いたします。」
神様から謝罪されるという稀有な体験をしてしまいました。
「初めは驚きましたけど、今はエリエスと一緒に生きることにやり甲斐というか、ちゃんと人生を楽しんでいますので大丈夫ですよ。それより、何が起きているのですか?」
私は世界が闇にのまれていく恐怖を思い出し、エルネシア様に尋ねました。
「この世界が上位世界から切り離されたのです。」
「上位世界?上位世界とは何ですか?」
「あなたの前世の世界です。」
「えっと、切り離されたということは、今までは繋がっていたのですか?」
「そうですね。絵里子の行動によって、この世界を創造した者が描いた歴史を完全に違えてしまったため、下位世界として上位世界に付随していた状態から独立した世界になったのです。」
なんか難しい話になってきました。
「エリエスがシェリーに代わって聖女の認識を深めたことで、世界の根幹がずれたのです。」
世界の根幹?
この世界は『細腕聖女の奮闘記』の世界だから、聖女の存在が一番重要なファクターであって、シェリーの活躍ありきの世界だったのに、私が『救国の聖女』と呼ばれるようになってしまったからということなのかな...。
それで世界はどうなっちゃうの?
私のせいで世界が滅びたらどうしよう。
「その心配はありません。」
あ、心が読めるのね…。
「じゃあ、独立した世界になるとどうなるのですか?世界は闇に包まれたままですか?」
「あの闇は世界が書き替えられるときの一時的なものです。世界は創造者の手を離れたため、絵里子の知る歴史を辿らなくなります。力あるものは自らの意思で行動を起こすかもしれません。」
「力あるものって、王様とかのことですか?」
「いいえ違います。この世界において力あるものとは精霊をさします。」
「精霊ですか…。エルネシア様のほうが上なんですよね?」
「それは違います。私は創造者により聖女に加護を与える存在として生まれ落ちました。ですから私は聖女に対してしか力を行使できません。しかし精霊はこの世界を構成するために生まれ、魔力をもちいて様々な奇跡を起こすことができます。今までは定められた歴史にそって息を潜めていましたが、これからはどのように行動するか想像できません。」
魔力と聞いて私は原作の『あとがき』のことを思い出しました。
たしか、『ファンタジーなのに魔法がないのは、長い歴史の中で魔法の技術が失われたためで、世界は魔力に満ちているから、魔石が存在するし、魔物がいるのです。』と書いてあった気がする。
また、『失われた技術を発見して、魔石を利用すれば魔法が使えるという設定でスピンオフ作品にも挑戦したい』とか書いていた気もする。
魔法が使えるなら、使ってみたいな。
「世界は絵里子の知識から離れて独自の道を歩んでいきますが、どうか私の愛し子エリエスとシェリーのことをお願いします。」
「それは頑張ります。エリエスもシェリーも私にとって大切な存在ですから。」
私は、もう一つ気になっていたことを聞いてみました。
「あの、一部共有できていない知識があるみたいなんですけど。」
「それは創造者が特に秘匿性が高い情報と考えていたため、共有が阻害されたのでしょう。」
なるほど、著者の意思が大きく影響していたのね。
「えっと、私はこれからどうすればいいのですか?」
「特別なことはありません。ただ世界がどのような歴史を刻むかが白紙になっただけです。」
そうなんだ。なら私がすることは何も変わらない。エリエスと一緒に幸せに生きていけるように努力するだけだもの。
そのとき、私の横でじっと話を聞いていたエリエスが言葉を発しました。
「エリコ?」
そういえば、『あなた』って呼ばれていたね。
「そうよ、これからは絵里子って呼んでね。」
「うん、エリコ。」
エリエスの嬉しそうな顔に、気持ちがホッコリしました。
「もう時間のようです。エリエス、絵里子と共に幸せに生きるのですよ。」
その言葉に、エリエスはコクリと頷きました。
そして、突然空間が揺れたかと思うと、私は目を覚ましました。
どうやら、シエナが私をユサユサしたのが原因なようです。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
心配そうに私を介助するシエナに感謝の気持ちもありましたが、もう少しエルネシア様から話を聞きたかったという思いもありました。




