第48話
侯爵家に戻る馬車の中は重い空気に包まれていました。
お母様は終始心配そうに私の手を握ってくれています。
向かいに座るシエナも、初めのうちは心配そうにしていましたが、公爵家が遠ざかるうちに落ち着きを取り戻していきました。
そんなシエナが、私を見て『お任せください』とばかりに頷くと口を開きました。
「さすがはお嬢様です。公爵家のご令息の命を救う活躍をなされるとは!」
場の空気を明るくしようとしたのはわかるけど、ちょっと今じゃないかも…。
「そんな悠長な話をしている場合ではありません。これで王族に関わる人間が2人も命を狙われたのですよ!そんなところに可愛いエリエスを嫁がせるなんて。」
お母様の鬼気迫る一喝にシエナは縮みあがりました。
「申し訳ございません、奥様。私が軽率でした。」
「お母様、シエナは悪くないわ。それに王妃様の件は秘密ですから、シエナは知らないのですし。」
すぐさま謝罪するシエナが可哀想で庇ってあげました。
お母様は自分の失言に気づいて、口に手をあてて後悔しているようでした。
シエナは目を潤ませながら、私に感謝の気持ちを伝えようと頭をさげました。
シエナ、馬車の中の空気が更に重くなったのだけど…。
重い沈黙を破ったのはお母様でした。
「エリエス、こんなことがたて続けに起こったのだもの。もしあなたが希望すれば婚約解消も可能なのではないかしら。」
思いもしなかったお母様の提案に私は驚いてしまいました。
「お母様、私は殿下をお慕いしています。今回のことも、何か殿下のために私のギフトを役立てることができないかと考え、私から言い出したことなのです。ですから、婚約破棄など望んでおりません。」
この気持ちを自覚したのは最近のことだけど、ちゃんと愛しているってことをお母様には伝えておきたかった。
「私はエリエスが一番大切なの。他は何もいらないくらいに。だから、心配でたまらないの…。」
お母様は両手で顔を覆って泣き出してしまいました。
私とエリエスは、お母様の『一番大切』『他に何もいらない』という言葉に心を揺さぶられました。
母の愛とは、こんなにも心を満たしてくれるものなのですね。
前世の私には大きく欠けていたものがあったのだと痛感しました。
そして、エリエスのために呼び寄せられた私だけど、この愛を得られたことを神様に感謝するのでした。
「私は大丈夫です。絶対にお母様をおいて逝ったりしません。私もお母様が一番大切です。」
これは今の私の素直な言葉だ。
私は優しくお母様を包むように抱きしめました。
お母様の背中が今までより小さく感じて、これからは私が守る番なのだと思いました。
後日、王家から捜査の顛末を聞くことになりました。
冷血草の入手経路は、闇ギルドと呼ばれる盗賊や情報屋や暗殺者などで構成された組織だったとのこと。
王家としても尻尾を掴めず今まで手をやいていたようですが、料理人の証言から闇ギルドの拠点の一つが判明し、騎士団を送って壊滅させることができたそうです。
拠点は他にもあると想定しているけれど、その情報を得ることはできなかったみたいです。
料理人はギャンブル依存症だったようで、返済不可能なほどの借金を抱え、闇ギルドの言いなりになるしかない状態だったらしいです。
では誰が闇ギルドに依頼したのか?
拠点で発見された契約書で、雪原に接する北部のスノーグラン辺境伯領に拠点を置くデルンという商人が浮上したけど、王家が引き渡しを辺境伯に依頼したところ、既に何者かに暗殺された後で事件は迷宮入りしてしまったようです。
ただ、スノーグラン辺境伯は氷の魔石を採取できる魔物の脅威にさらされていて、辺境伯や家臣の騎士団で対応にあたっているのですが、辺境伯は2年前に魔物との戦闘で亡くなっているらしいです。
現在はご令息が幼いために婦人が仮に領をとりしきっている状況だそうです。
しかも、その婦人というのが、先代の王と愛妾との間に生まれた姫であり、その生まれから王位継承権が認められていないのです。
なんか、すごく怪しいのだけど、証拠がなくてこれ以上の捜査ができないみたい。
王妃様に献上された花は、カルリッチ伯爵家から贈られたものだったそうです。
王家からの印象をよくしたい伯爵は、他国から珍しい花を入手して定期的に王妃様にプレゼントしていたようです。
今回の花は、西に国境を接するロンバルト王国の商人から買い入れたもので、王家としてもロンバルト王国に商人の引き渡しを依頼したのですが、移送中に自ら毒を飲んで自殺してしまったというのです。
ロンバルト王国も怪しいんですけど…。
どちらの事件もスッキリとしないままではありますが、しばらくは首謀者も大人しくするだろうとは思います。
なので、今は学業に専念するしかないかなと思っていたのですが、私の平穏な学校生活に望んでいない刺激が投下されました。
一年ほど病気療養していたという理由で、私のクラスにオーウェン様が編入されたのです。
それはそれでオーウェン様が元気になられてよかったのですが、困ったことになっています。
オーウェン様は、その美貌からご令嬢たちの注目の的なのですが、とにかく私に話しかけてくるし、近くに座ろうとするし、昼食を一緒に食べようとするし…。
おかげで私も注目の的になってしまい、『聖女様が2人の王位継承者を手玉にとっている』などと悪い噂を流される始末。
これは、なんとかしないと…。




