第36話
それなりに平穏に日々は流れていたのですが、やはり危惧していた事件が起きてしまいました。
ある日のお昼休み、私はお花を摘みに行きたかったので、アニーとシェリーには先に食堂に向かってもらいました。
私が遅れて食堂に到着すると、よく3人で使用している円形のテーブルを挟んで、アニーとシェリーに対峙するように4名の貴族令嬢が立っています。
扇で口元を隠しているけど、目は意地悪さが滲み出ているのが遠目でもわかるんだけど…。
あれは、アニーたちの身分のことで嫌な噂話をしていたグループのご令嬢だ。
先頭にたっているのは、たしかカルリッチ伯爵家のモーリス嬢だったかしら。
私が食堂に入ってきていることに気づかず、4人のご令嬢はアニーたちに不満をぶつけました。
「平民や名ばかり貴族の準男爵家の娘と同じ学校で学ぶことになるなんて、私たち運が悪いですわぁ。」
モーリス嬢の纏わり付くような声が耳障りで不快感がすごい。
本当の悪役令嬢のお出ましだよ…。
私はある考えが思考をよぎり、駆けだしていって庇いたい気持ちを抑えました。
原作と時期や状況は違うけど、こういったイジメの場面をシェリーが解決して、2人が友達になるエピソードがあるので、私が出しゃばるのはよくないかもって思っちゃったのよね。
だけど、私の予想と違う展開が待っていました。
シェリーは言い返すこともなく、下を向いてじっと耐えているようでした。
そんなシェリーの右手をアニーは左手で握りしめて反論したのです。
「王立学校では身分の差は問わず、全ての生徒が平等なのですよ。そのような発言は控えた方が身のためではないですか?」
うわっ!アニーが格好いいのだけど。
助けるのが逆になっているけど、これってアニーの今までの努力が自信になっているからだよね。
でも何でシェリーは黙っているんだろうと思ったら、あることに気づきました。
事件の起きる時期が早すぎたんだ。まだシェリーが一目置かれるイベントが済んでないから、立場が弱すぎて何も言えないのね。
これも私がエリエスになったことで原作から外れていっているからだと思うと申し訳ない気持ちになりました。
これでモーリス嬢たちが引き下がればよかったのだけど、この後信じられないような暴言が飛び出しました。
「家畜が何かうなってますけど、何をいっているか人間にはわかりませんわね。それにしても家畜は肥やし臭くてかないませんわ。早く食堂から出て行ってくれないかしら?」
取り巻きの3人の令嬢もクスクス笑っています。
今、何と言った!?家畜だと?肥やし臭いだと?
私はこんなにも怒りがわいたのは人生で初めてかもしれない。
胸にズンと重い鼓動が響き、エリエスでさえ怒っていることを実感しました。
友達をけなされエリエスが怒るということは嬉しく思うけど、今はそれどころではないです。
私は勢いよく駆けだしてアニーとシェリーの前に立ちはだかり、4人の令嬢を順に睨みつけました。
喧嘩ね…。やり慣れてはいないけど、やってやりますとも。
侯爵令嬢の睨みは効果抜群なようで、モーリス嬢たちは視線をそらして、どうやってこの場を切り抜けるか思案しているようでした。
私は、興奮してしまって何て言えばいいか冷静に考えることができなくなっていました。
『バカ』とかは令嬢としてダメだし、『お黙りなさい』は悪くないけど、続く言葉はどうする?『これ以上の狼藉は許しません』では時代劇みたいだし…。
沈黙を破ったのは、意外な人物でした。
「モーリス嬢、あなたの発言は聞くに堪えませんね。」
その痛烈な言葉は食堂の隅で一人黙々と食事を進めていたレイリー様から発せられた。
格好いい!さすが一匹狼レイリー様。
ピシッと縦に伸ばした右手の中指の先で、眼鏡の位置を調整するそのお姿に私は感動していまし、怒りを忘れて見入ってしまいました。
もう一人の侯爵令嬢も敵に回ったことに、モーリス嬢たちの動揺が激しさを増します。
「あの、レイリー様。私たちは貴族社会の何たるかを教えていただけでして。」
苦しい言い逃れをするモーリス嬢に、レイリー様はピシャリと追い打ちをかけました。
「人はルールを守れるからこそ、人たるのです。今のあなた方は、貴族以前に人としての尊厳を失っていましてよ。」
重い沈黙が流れました。
私もアニーもシェリーも、憧れをもってレイリー様を見つめているに違いありません。
これ以上は墓穴を掘るだけと判断したのか、モーリス嬢は「お耳汚しをしてしまい、申し訳ありませんでした。私たちは、これで失礼いたします。」と言い残し、すごすごと去っていきました。
我に返った私は、レイリー様にお礼を言いにいかねばと思いました。
私はアニーとシェリーに目配せすると、2人は頷いて私の意図に賛同を示してくれました。
それにしてもレイリー様、脇役だったから目立つシーンは少なかったけど、主役でもよくないですか?
推しNo.2はカインを抜いてレイリー様だよ。今なら1位でもいいくらいです。
私たちがレイリー様のいるテーブルに近づくと、食事の手を止めて立ちあがりました。
その動き一つ一つが完璧で、真の貴族令嬢とはこういうものだと教えを受けた気分になりました。




