第15話
夕暮れ時の侯爵家書庫へ私は足を踏み入れました。
書棚で囲まれた薄暗い通路を進み、西日の差す窓際の読書スペースで、一心不乱に『王国史及び貴族名鑑』を読みふけるアニーの姿をみつけることができました。
アニーも私の来訪に気づいたようで、本から顔をあげて私に疲れを隠すように笑顔を向けた。
「頑張っているわね、アニー。」
「はい、手を抜く気はありませんので。」
以前のアニーには無かった、自信のようなものが言葉にのっている。
言霊というのが本当にあるなら、アニーの言葉には力があるように思えた。
西日で本を読んでいたら目が悪くなりそうだけど、止めることはしない。
今は水を差すべきでないのだ。
私はアニーの向かいの椅子に腰掛けて視線を合わせた。
深呼吸し、心を整えて、私は話し始めました。
「アニーに話しておきたいことがあるの。聞いてくれる?」
「もちろんです。どんなお話でしょうか?」
「驚かないでね。実は私、ギフテッドなの。」
アニーの表情が驚きで固まってしまった。
「エリエス様は神の愛し子だったのですね…。すいません、さすがに驚いてしまいました。」
「私のギフトは、植物に触れれば、それがどのような特性をもつかわかる鑑定能力のようなものなの。あと、時折神様から神託を受けることがあるわ。あの蒸留装置も神様から賜った知識なの。不思議に思ったでしょう?」
「はい。何故あのような画期的な製法を思いつくのか不思議に思っていました。」
アニーは、やっと納得がいったという様子で頷きました。
「私がギフテッドだということは、お母様と親友であるアニーしか知らないことだから他言してはダメよ。」
「はい、絶対に言いません。」
アニーは私をまっすぐ見据えて約束してくれました。
「それでね、忙しいとは思うのだけど、神託のことでアニーに1つ手伝ってもらいたいことがあるの。」
「私にできることであれば、協力させていただきます。」
「神託によると近い未来に謎の疫病が流行するらしいの。対策が遅れれば多くの王国民の命が失われるわ。」
アニーは恐怖に顔を強ばらせました。
「その疫病に効果があるのが、『エントラ』というカンサス男爵領のキナン村付近に自生する植物だと神託があったわ。アニーにはエントラを入手して大量に繁殖させておいてほしいの。上手く育たなければ、私のギフトが役にたつかもしれないから、そのときは遠慮なく頼ってね。」
「それは重要な使命ですね。必ずやり遂げてみせます。それにしても、エリエス様は救国の聖女のようですね…。」
アニーは伝承に残る尊い存在を見るように私を見てきました。
「いいえ、あなたが救国の乙女になるのよ。エントラで王国民を救ってね。そうすれば、アニーも爵位を得ることができると思うの。」
「それは…。エリエス様の手柄を奪うようで心苦しいです。」
アニーの表情が曇りました。
「エントラの入手も繁殖もアニーがやるのよ。神託を受けたのは私だけど、神様は私に手柄を与えたかったのかしら?多くの命を救ってほしかったからではなくて?私一人でできることには限界があるもの。これは神託を受けた私がアニーに依頼したのです。アニーに改めて問います、王国の危機を救ってくれますか?」
アニーは自分の発言を恥じているようだった。そして決意を固めてはっきりと宣言しました。
「はい、必ずや私が王国の危機を救います。」
アニーの高潔な言葉や成長に、私は感動を覚えるのでした。
ちなみに、『エントラ』については小説の知識です。
王国に疫病が蔓延していくなか、キナン村はほぼ壊滅状態に陥るのですが、ある孤児の兄妹だけが無事だったことを知った聖女が、アニーやカインを連れて調査に向かう。
その兄妹は、食べることに困っていて、他の村民が見むきもしないエントラという苦い野草を食べていたことから、疫病に効果があるのではないかと考える。
聖女のギフト『生命力強化』で、急速に繁殖させ疫病患者に与えていくことで国難を解決するエピソードだけど、ギフトがなくてもアニーが時間をかけて増やしておけば解決はできる。
ちょっと聖女の活躍場面を1つ横取りすることになって申し訳ないけど、初動が早ければ助かる命も多くなるのだから許して欲しい。
私は聖女よりアニーに活躍して欲しいのだ。