第13話
実験成功後の私は、侯爵家の書庫からこの世界の特許申請について書かれた法律書を借りてきて読みふけっていました。
実際に売り出す前に、やるべきことを把握しておかないといけないので。
申請は開発者連名でも行えることを確認した私は、お母様と私とアニーの連名にしようと思い、お母様に相談しました。
「あなたの知識で開発したのだから、私やアニー嬢を連名にする必要はありませんよ。」とお母様は当然のことを言うように辞退しようとしました。
「でも、お母様が出資してくれなければ実現できなかったので。それに、お母様をバカにしたご婦人方を見返してやりたいのです。お母様は凄い人なんだって言いたいのです…。」
お母様は私の言葉に、嬉しさと切なさを混ぜ込んだような表情を浮かべました。
「ふがいないお母様でごめんなさい。エリエスの功績に便乗するようで気がひけるけれど、あなたがそうしたいなら、連名で登録するといいわ。」
あれ?あんまり喜んでくれていない…。
「エリエスはアニー嬢にも功績を与えてあげたいの?」
お母様は晴れない表情のまま私に確認しました。
「はい。アニーは準男爵家令嬢という立場ですし、淑女教育も受けられていないので、王立学校では他のご令嬢から仲間はずれにされそうで心配なのです。」
私は思っていたことを素直にお母様に伝えました。
「そう、それならアニー嬢としっかり話をしてから決めなさい。」
おう言うと、お母様は優しく私を抱きしめてくれるのでした。
次の日は、侯爵家にアニーが来る日でした。
馬車を降りたアニーは、私のプレゼントしたオレンジ色を基調にした新品のドレスに身を包んでおり、お肌もプルプルしていて可愛さがグンと上がっていました。
「思った通り似合っているわ、アニー。」
「エリエス様、ありがとうございました。このように豪華なドレスは着たことがなかったので恐縮してしまいます。」
アニーは少し居心地悪そうに微笑みました。
それから私はお母様に言われた通りちゃんと話をしようと思い、アニーを連れて客間に行きました。
「アニー、化粧品と精油なのだけど、私とお母様とアニーの連名で特許申請しようと思うの。アニーにはラベンダーの仕入れも頼んでいるし、準備や実験も手伝ってもらったし、十分権利があると思うの。」
するとアニーは表情を曇らせたかと思うと、下を向いて話し始めました。
「あの、エリエス様。私は花を卸しただけで、その栄誉に名前を連ねる資格はないと思うのですが…。」
何か嫌な予感を感じながらも私は答えました。
「でも、大切な友達のアニーにも、他の令嬢に見下されないような実績を得てほしいの。」
少しの沈黙のあと、アニーは声を震わせて内に秘めていた想いを吐き出し始めました。
「私は、物乞いではありませんから、ただエリエス様から施しを受け続ける訳にはいきません…。」
私はチート知識が上手くいき傲慢になっていた。それで自分よがりに振る舞って、アニーのプライドを傷つけていたことに、このとき初めて気づかされたのです。
「それにエリエス様から見ても、私は他の令嬢から見下されるような存在なのですね…。」
絞り出すように言うアニーの顔から、ポタリと一滴の涙が床に落ちた。
私は心が締めつけられ、冷静さを失って必死に言い訳をしていた。
「アニーは素敵な女の子よ!でも、貴族は爵位で上下関係が厳しいから。」
「確かに、私は準男爵家令嬢です。領地もないし、父が死んでしまったら平民にもどり商家の娘として生きていきます。それにひきかえ、エリエス様はいずれ王妃となられる人です。友達として接してくれるのは嬉しいと思っていましたが、いつかは私を見向きもしてくださらない時がくると思うと悲しくてたまらないのです。」
「立場が変わっても、アニーはずっと私の友達よ。」
私は自分への怒りと、エリエスの悲しみが混ぜこぜになって動揺し、酷く安っぽい言葉をかけてしまいました。
「私はエリエス様と対等な友達になりたかったんです。そんなの無理なのに、バカでした…。エリエス様に服をめぐまれ、功績を分け与えられ、それでようやく貴族の末席に踏みとどまれるような矮小な存在なのに。」
私は感情がグチャグチャで言葉が出てきませんでした。
「これ以上惨めな思いはしたくないので、エリエス様と会うのは今日で最後にしたいと思います。」
言い切って顔を上げたアニーは涙を流しながら笑っていた。
あぁ、ダメ。このままアニーを失いたくない!
気づくと私はアニーに駆けより抱きしめていました。
「だったら、対等になってよ!」
私の放った一言は、自分でも驚いてしまうほど酷くわがままなものでした。