8 私らしく生きていく
「リリック様、お茶です」
「ありがとうございます」
新人聖女はまだ療養中でいいとのことのことで、毎日ドレスを着て令嬢っぽく生活できるように練習している以外は、毎日部屋でぼーっと過ごしている。
それほどほとんどの聖女候補が亡くなってしまったことがショックだった。特に色々と教えてくれた王女様の死は純粋に悲しかった。
あの人は私よりもずっと良い聖女になっただろう、髪色云々の事情だけでこんな結果になってしまったなんて、本当にひどい現実だ。
「礼拝堂に行きますか?」
「礼拝堂って、薬を最初に飲んだ部屋ですよね?」
「そうです。そこでお祈りをすれば、亡くなった聖女候補達の気が休まるかもしれません」
「そうですね」
聖女候補達が亡くなった場所ではあるが、死者は生きている人の祈りなんて必要ないのだから無駄な気もする。ただし生きているこちら側の気休めになるから、した方がいいかもしれない。
私はエルさんに案内されて、礼拝堂に向かった。
礼拝堂の中はあの薬を飲んだ日と全く同じで、たくさんの人が亡くなったことが信じられないほど神秘的だ。
「では私は席を外します。少ししたら戻ります」
空気を読んだのか、エルさんは礼拝堂から出て行く。私は王女様の姿を思い出しながら、正しいかどうか分からないけどお祈りをする。
「ねえ新人聖女だよねー」
真剣に祈っていたから気づかなかったけど、近くに人がいた。
その人は金髪ショートカットで、花売り娘をしていたときによく見かけたような安っぽい男物の服を着ていた。あっこの前会った私以外の新人聖女のカエデ様だ。
「そうです。カエデ様もそうですよね」
「カエデ様はやめてよ、呼び捨てで良いって、同じ貴族なんだから。オレはカエデ・プリムローズ。プリムローズ公爵の子供だ、よろしくな」
「私はリリック・ラベンダーです。ラベンダー男爵令嬢です。よろしくお願いします」
公爵の子供ってことは私よりも身分がうーんと高い。例えこの人が私と同じく庶民出身の養女だとしても、気安く話すことなんてできない。
「前は青色のドレスだったけど、今日は真っ白なドレスなんだ。やっぱりなんかドレスに着られてる感じがするっていうよりも、ラベンダー男爵には娘一人しかいないじゃん。レメディっていう子。だとすればリリックは養女だろ?」
公爵令嬢のイメージをぶち壊すように男っぽい口調で話している。前会ったときも思ったけど、カエデ様は女の子っぽさが全く無い。
貴族の令嬢ならドレスかワンピースなどのスカート系統の服をずっと着ているイメージがあるのだけど、そうじゃないってことはまさか、この世界実はジェンダーレスを取り入れているのかな。
男の子っぽいとか女の子っぽいとかに縛られず、生まれたときに決められた性別以外はどうでも良いことになっているのかもしれない。
「そうです。元々花売り娘をしていました。少し前にラベンダー男爵家の養女となりました」
驚きを隠しつつ返答する。これで身分が違いすぎて、気安く接することができないことは伝わるかな?
「そーなんだ。オレは養子じゃなくて、本当の子供な。楽に死ぬことができるって聞いたからさー、わざわざやってきたのに、聖女になるなんてめっちゃ想定外! 生きること想定してなかったし」
カエデ様は明るくて軽そうだから、自殺というイメージとは遠そうだけど、私が知らない事情があるのかもしれない。この人は金髪で黒や茶じゃないから選ばれないと考えていて、それで聖女候補になったみたい。そっちの方が少し前にエルさんが言っていた理由よりも納得できそうな気がする。
「私は知らずにここへやってきました。何でも黒髪は『異世界転生』したことになり、聖女になりやすいので選ばれたみたいです」
「そりゃあ良かった、こーいうことあらかじめ知ってたら辛いだけだし! 前世の記憶取り戻して、どうだった?」
「あんまり前世の記憶を思い出していませんけど、以前よりも色々な知識が増えた気がします」
「そーだろ! オレは前世の記憶を取り戻してから、以前より生きやすくなったんだぜ。前世の世界の方がこの世界よりもうーんと発展していたし、それに色々な情報が知られているし。もちろんこの世界で起きることだって、前世の記憶があるからオレは知ってる。王太子妃候補を巡ってごたごたがあったりとある王女様と会ったり、隠された王族と会うこともあるし、色々と波乱が起きるけど頑張ろーな。もちろん最終的にはオレが幸せになる風にするけど、絶対。なーメインヒロインさん?」
カエデ様は楽しそうに、挑発的にも見えてしまう笑顔で私を見る。
前世の記憶があるからこの世界で起きることが分かる。
カエデ様は私と同じ世界から転生した人で、私よりも『レインボー王国聖女物語』というゲームについて詳しいんだ、そのことが今分かった。
「そうですか。用事があるので失礼します」
私は早口になりそうなのを抑えて、その場から急いで立ち去る。
「リリック様、どうかなさいましたか?」
「すみません。部屋に戻ります」
歩いている途中、礼拝堂へ向かおうとするエルさんと出会う。私はできるだけゆっくり話して、再び歩き始める。
あのゲームのメインヒロインは売春をしていて、私は花売り娘をしていた。となればカエデ様も言っていたけど、私がこの世界におけるメインヒロインであることは間違いない。
それじゃあカエデ様はどんなポジションの人なんだ? 私はどういう人がゲームに登場したのか全く覚えていなくて、カエデ様が攻略対象者なのか単なるモブなのかも分からない。
「リリック様、お茶を淹れてきます」
「あっお願いします」
部屋に戻ってから、私についてきたエルさんが出ていくと、椅子に座って息を整える。走ったわけでは無いとはいえ、ドレスでの早足での移動は疲れる。
本物の公爵令嬢、謙虚さが無い。そこから考えるとカエデ様は悪役令嬢ポジションであった可能性は高い。
そうするとあの『オレが幸せになる』という発言も分かる。本来私と結ばれる運命にあった攻略対象者とお付き合いしようとしているのだろう。
「リリック様、お茶を淹れました」
「ありがとうございます。いただきます」
私はお茶を飲んで、気持ちを落ち着かせる。
そうだ、カエデ様がゲームのことを知っているのなら、私が何かする必要はないじゃん。
カエデ様に全て任せて、私は自分が幸せになることだけを考えて生きよう。
「すみません、聖女ってこの教会以外でも勤務できますか?」
「はい、できます。好きな教会で勤務できることになっています」
「ありがとうございます。ではここからできるだけ遠い教会で仕事したいです。それできますか?」
「大丈夫です。そういえばラベンダー男爵家の領地はどうでしょうか? あそこはかなり遠いですし、何よりもお嬢様の家族もいらっしゃいますよ」
「そこにします」
養女で家族は関係ないのだけど、ここから離れることができるのだからそこに決めた。
私は感動ポルノゲームのメインヒロインかもしれない、とはいえ他の人のために頑張らないといけない義務なんてないはずなんだから。