3 教会の礼拝堂にて
その建物の中には世界中から綺麗を集めてきたかのような、お洒落な空間があった。
窓はうっすらと黄色をしたガラスがはめてあり、地面は淡い紫色で、壁は薄い赤色をしている。そんな中に緑色の傷一つなさそうな机とオレンジ色のクッションがしいてある青色の椅子がいくつもあった。
どれだけお金がかかっているのか分からない。私が今まで見たことがない、なんならさっきまでの建物とも段違いな雰囲気に思わず息を呑んだ。
そんな空間の中を見渡すと、誰かがいることに気づいた。
赤から紫のグラデーションをした長い髪は今まで見たことがないほどつやつやとしていて、着ている灰色のドレスは私が今着ているドレスよりもずっと高そうな生地が使われている。その人は建物の中で一人ぽつんとたたずんでいた。
「あら、あなたも聖女候補なのかしら?」
「聖女って何?」
そんなわけわからない物の候補になったつもりはない。それとも貴族の令嬢はみんなその聖女の候補とやらで、聖女になるために頑張るってことか?
「聖女は治癒魔法を使うことができる人の事よ」
「治癒魔法って何ですか?」
治癒も魔法も今まで聞いたことがなくて、どういうことだがさっぱり分からない。
「治癒魔法は不思議な力で病気やケガを治すことが出来る人よ」
この説明もよく分からないけど、要するに普通ではできない何かで病気やケガを治すことができるようになるのかな。
「そういう人がいたら便利です、その聖女候補って何をするんですか?」
何か特別な修行でもするのだろうか? 魔法って何をすればできるようになるのか分からない以上、どんなことをすればいいのか想像もできない。
「聖女になるためには特別な薬を飲むことが必要なの。聖女候補はその薬を飲む人達ね。そのことを知らないのかしら?」
その人はピンクの目を思いっきり瞬きする。どうやら私が聖女などについて知らなかったことについて、かなり驚いたみたいだ。
「知らない、そんな話聞いてないです」
治癒魔法を使うことができる聖女。そんな話を今まで聞いたことがない。そこでなんで私がその候補に思われているのか、全く分からない。
「貴方は貴族よね。そのようなドレスを着て教会に来る庶民はいないもの」
「ラベンダー男爵家の令嬢です。とはいえ単なる花売り娘だから、本当は庶民です」
「そう。ラベンダー男爵家には令嬢は一人しかいなかったから、貴方にしたのね。貴方のような黒髪なら立派な聖女になれるわ。なれそうな子を選んで身代わりにするなんて、ラベンダー男爵は優しいのね。普通は娘なら誰でも良いという感じなのに」
「そんな髪色だけで決まりますか?」
聖女になれることと髪色の関係性が私には全く分からない。男爵達も髪色を気にしていたけど、何か特別な意味があるのかな。
「治癒魔法を使えるようになる薬はね、副作用で死ぬかもしれないの。黒髪だとその副作用が出にくいと言われているわ」
「副作用で死ぬって、どういうことですか」
薬は病気を治すためにあるのに、それで死ぬことになるって意味が分からない。だけどこの話を始めた途端、この人は表情を曇らせたから嘘って感じでも無さそう。
「それほど身体に負担がかかることなの。前世の記憶を思い出して、頭がぐちゃぐちゃになって、混乱の中死んでいく。そう私は聞いているわ。だけど黒や茶、まれに金などの髪色を持つ女性はえーと『異世界転生』したってことになって、記憶が混乱しないって聞いているわ」
「『異世界転生』ってなんですか?」
「とある世界で死んだ人が別の世界に生まれ変わることを『異世界転生』と呼ぶらしいわ。こことは違う世界ではその『異世界転生』を題材とした小説などが人気になっているから知っている人も多くて、自分の状態を理解することができて、頭がぐちゃぐちゃにならないらしいの。髪色は前世の自分の特徴を引き継ぐことになっていて、その『異世界転生』を知ってる世界を前世として持つ女性しか黒髪や茶色の髪を持っていないの。男性もいるけど、男性は聖女になれないから価値はないわ。そこで黒髪や茶髪の女性は聖女候補として人気があるの、それこそ庶民の親から産まれたのに公爵家の養女になった人もいるわ」
えーとこれは『異世界転生』したってことが分かっているから、茶髪や黒髪の人は頭がぐちゃぐちゃにならなくて、死ぬことがない。この人の言うことをまとめるとこうなるけど、いまいち意味が分からない。それに髪色って他と一緒で親譲りじゃないの?
「よく分かりません。髪色の話も初めて聞きました」
「私もよく知らないの。髪色は知らない人の方が多いわ、知っていると聖女候補になりたがらない人がでてくるから、そこは仕方ないわ。それに金髪や銀や白の髪、赤っぽい髪色の人もまれにそういう可能性があるらしいから、黒髪や茶髪だけが聖女になれるっていうわけではないの」
「そうでしたか。これじゃあ大半の人は聖女になりたいと思わないのではないでしょうか?」
「そうよ。王妃にもなれるほどの特権階級であるはずなのに、聖女になりたい人が少ないの。そこで貴族の当主は娘を必ず一人聖女候補にすることが決まっているわ。それで自分の可愛い娘を死なせたくない人が多いから、妾や娼婦との間に娘を作ったり養女を取ったりすることが多いの」
「養女、私みたいな感じですか?」
「そうね。下の身分、特に中級の娼館から引き取ってくるパターンが多いわ。聖女は貴族や王族、兵隊の治療しか行わないから庶民は存在自体知らないことも多くて、何も言わずに黙って引き取って教会へ送り出すことも多いわ」
「それ私もです。聖女のこと、知りませんでしたから」
よく考えたら普通は花売り娘を貴族が養女にするわけない。花売り娘の身分は貴族と比べようにならないほど低く、大半の貴族は存在すら知らないのだから。
それなら娘の身代わりに死ぬかもしれないところへ送り出すため、養女にしたと考える方が普通だ。卑しい身分の人なら、何人亡くなっても貴族は気にしないだろう。
とはいえ生き残りやすい人を選んだのは、この人の言うとおり男爵は優しいのかもしれない。髪色を指定しなければもっと早く簡単に身代わりの娘は見つかっただろうし、花売り娘なんかと関わる必要もなかったはずだ。
「今日が薬を飲む日で、薬とは無関係の人は教会に入れないことになっているわ。そこですんなりこの教会へ今日来ることができたということは、薬を飲むことに貴方はなっているはずよ」
「そうですね。この教会で暮らすという話を聞きましたから、私も聖女候補のはずです」
ラベンダー男爵令嬢としてここへ案内されてきた、となればあの路地の時点で私は聖女候補になったっということだ。
聖女になれなければ死だなんて、花売り娘をあのまま続けた方が良かったのかもしれない。でもあのまま生きていたとしても、良い暮らしはできなかったはずだ。
聖女は王妃にもなれる特権階級とこの人は話していた、ならばこのまま聖女になることが出来たら、幸せな人生へと変わっていくはずだ。
「ちなみに私は第三王女よ。王族も同じく義務があって、庶民を身代わりにしたくないから、私が来たの」
「そうだったのですか。王女なら王妃になることは難しいのでは?」
王女、それはこの国のトップ的な存在といっていいほどだ。花売り娘をしていた私とは身分が違いすぎて、緊張してきた。
「そうね。流石にお兄様には嫁げないわ。私以外の聖女が王妃、いや今は王太子妃になるでしょう。もうすでに王妃様はいらっしゃるので」
「そうですね」
聖女になれば王太子妃になれる。今まで会ったことのない偉すぎる人の妻に、花売り娘である私がなる?
そんな今まで考えたことの無い世界に、めまいがしてしまいそうになる。