2 ラベンダー男爵邸にて
路地近くから馬車に乗って、とある建物の目の前についた。馬車に乗ったが初めて、というよりも馬車の存在自体知らなかったので驚いた。あんな大きな動物がいて、人を運ぶことができるなんて想像したこともなかったので、これだけでもう幸せかもしれない。
「こちらがラベンダー男爵邸。今日からあなたのご実家となるところです」
「立派な建物だ・・・・・・」
あの路地にあった建物とは大違いで、大きくて綺麗な建物。これからはここが私の家になるらしい。
「ではこれから着替えていただきます」
建物の中に入ったらとある部屋に案内された。建物の中は今まで想像すらできないほどお洒落で、私の命よりも高そうな物があちらこちらに置かれている。
「流石貴族、高そうな物ばっかりです」
「男爵ですので、慎ましい方です。ではこれからメイドが参りますので、私は退出します」
ここへ連れてきた人は部屋から出て、少ししたらメイドがやってきた。私が今着ている服よりも高そうで、シンプルな黒いワンピースに白いエプロンをつけているお姉さんだ。
「まずは髪の毛をとかしてから、これで身体を拭いてください」
「あっはい」
メイドさんの言うとおり、頭巾を取って髪をほどいてからとかす。それが終わったら、全部今着ている服を脱いで、汚すのがもったいないほど素敵な香りのついた上等な布で身体と髪を拭く。
「ではこれからこちらの服に着替えていただきます」
とそのメイドさんはラベンダー色のドレスと、質の良い布が使われた下着を机の上に置いた。
「今まで着ていた服じゃあ駄目なんですか?」
「男爵令嬢ですから、他の令嬢に見劣りしない服装をしなくてはいけません」
メイドさんが冷静にそう話すので、その服を着る。コルセットは今までにないほどきつくしめてもらい、レースとフリルで飾り立てられたドレスを着せてもらう。
今まで着ていたワンピースよりも着るのが難しい。これからはこういう服を着て暮らすのか、そう考えるとうんざりする。
「これで終わりですが」
「いえ。まだです」
今まで縁が無かった靴下と靴に白の手袋、それからドレスと同じ色の帽子をメイドさんは机の上に置いた。髪をいつものようにまとめてから、これらをメイドさんに手伝って貰い身につける。
「まるでお姫様みたい」
こういう格好じゃあ誰が見ても花売り娘には見えないだろう。それほど綺麗で可愛らしくなっていた。
「お嬢様は男爵令嬢ですので、これは普通のことです。ではお着替えが終わりました。では男爵様の部屋へ伺いましょう」
予定が決まっていたかのように、メイドさんはある部屋へと案内してくれた。
その部屋にはさっき私をここに連れてきた人が立っていて、見知らぬ高そうな服を身にまとったおじさんが部屋にある大きな机の後ろで座っていた。
「旦那様。こちらがお嬢様となられるリリック様です」
「おお、見事な黒髪じゃあ。黒髪の女子はもういないと思っていたが、またおったのか」
「流石にあの辺りまで探しに行く人はいなかったようです。幸運でした」
私を置いてその人と私の父になる男爵様は話している。
「これからは役所に行って、養子縁組の手続きをします。お嬢様は戸籍がありませんよね」
話の感じから、私達はこれから役所へ行くみたい。戸籍って何だろうか、聞いたことがないから私にはないはず。
「そりゃあ親は下級娼婦で私は花売り娘してるから、ないに決まっています」
「そうですよね。こうやって公式の手続きがされなかったですから、今まで分からなかったわけですし」
「黒髪の女子が産まれて公式な戸籍が作られたら、様々な家に目をつけられるからのお」
「そうですか? 私の他に黒髪を見たことはないですが、珍しくはないと思います」
小さい頃から下級娼館と路地で生活してきたから、会ってきた人は少ない。それでも黒髪がここまで貴重とは考えたことが無かった。母の髪は淡いベビーブルーだったから父譲りなんだろうけど、誰かは分からないし。
「あそこに住んでいる人達が黒髪の価値を分からないのは当然かもしれません。ではこれから手続きに行きましょう」
「そうじゃの。では行こうか」
私は男爵様とその人について建物から出て、馬車に乗る。少し馬車に揺られると、ある建物に着いた。そこで何人かと話したり書類を見せてもらったりした後に、また別の建物へと向かった。
「ここは教会です。国一番で、ここからお嬢様はこちらで暮らすことになります」
「ここで暮らすのですか? 男爵邸じゃなくて」
「そうです。でもいつでも男爵邸の方へ来て頂いて大丈夫です。あの家は今あなたの実家ですから」
貴族の理屈は分からないけど、ここでなら今までよりもずっと良い暮らしが出来るに違いない。なんせあの路地にある教会よりもずっと立派で、窓に使われているガラスも綺麗で高そうなので、期待はできる。
「ではご武運をお祈りいたします」
「今回は娘のお下がりじゃが、もし今度来たらドレスを作らせよう。娘と髪色が違うからな、きっと今着ているドレスよりも新しく作らせた方がいいはずじゃあ。ではがんばってこい」
と二人は言い残して、立ち去ってしまった。
貴族の令嬢なんて苦労もせず毎日遊んで暮らしているのだから頑張る事なんてないのに。それで頑張る事ってなんだろうか?
「ラベンダー男爵令嬢ですね。あちらへどうぞ」
知らない男性が近づいてきて、ここの近くにある建物を指さした。ラベンダー男爵令嬢は誰か、一瞬分からなかったけど、私のことだ。
「ありがとうございます」
私は案内された建物へと向かうことにした。そこについたら何を頑張るのか分かるかもしれない、そう考えながら令嬢っぽくおしとやかさを意識して歩いた。