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1 花売り娘と貴族

 下級娼館や安い宿が密集している地域にある、昼でもどんよりと薄暗い路地。


 ここでいつものように花を売っていたら、見知らぬ人がいることに気づいた。


 服は質素だが清潔感があって、使われている生地も上等そうだ。こんな人がこういう路地、特に花売り娘のたまり場にいるなんておかしい。


 こんな人は下級娼館や安い宿になんて行かないし、何よりも花売り娘なんて関わりたいと思わないはずだ。


 いやそんなことを気にしている暇はない。花を売らないと。今日の食事代を稼ぐためにも、今残っている花は全部無理だとしても半分以上売らなきゃ。


 私は花の入った籠を持ち直し、下級娼館へ向かおうとしている男性に手を振ってアピールする。ここで買った花を娼婦にプレゼントする人が多いし、下級娼館へ行くのを辞めてここで全部花を買ってくれることもあるので、なかなかいいお客さんなんだ


「お嬢さんは花を全部売ったことはありませんか?」


 こんな人は私よりも年下の娘、シンシャオに絡み始めた。


「まだおさないから、ないよ」


「ではお嬢さん、貴族の養女になりませんか? 毎日美味しいご飯を食べることができて、綺麗なドレスを着ることができますよ」


 聞こえてきた話から嫌な予感がした。この人は他の人と違って花を買ってくれそうにない。


「きぞくはいや。きぞくとはかかわるなっていわれたから」


「今の暮らしよりも確実に良いですよ。毎日遊んで暮らせます」


 こんな人、追い払ってしまおう。花を買わずに話だけする人は、ここではいらないんだ。いくらお金持ちだとしても。そう決めた私は花の入った籠を大事に抱えたまま、その人に話しかける。


「シンシャオは貴族が苦手なんです。花を買わないのなら帰って下さい」


 これで帰ってくれたらいいのだけど、そう上手くはいかなさそう。


 なぜ貴族が苦手なのか分からないけど、シンシャオが困っているなら、私は助けるだけだ。花売り娘を助けてくれる人なんていないのだから、助け合いをしないとみんなあっという間に死んじゃう。


「こんな花を全部売ったことがない小娘ですよ。貴族になって生活した方が絶対良いです」


「そんなことありません。そりゃあ花が売れなかったら生活できませんし、花が全部売れて幸せということでもないです。だからといって私達はほこりを持って花を売っているんです、バカにしないで下さい」


 私はその人のことを思いっきり睨む。


 母親が下級娼婦で父親は誰か分からず、いつ始めたか分からないけど小さい頃から私は花売り娘として生きている。そりゃあ花売り娘は下級娼婦よりも惨めな仕事だってことくらい、私も分かっている。分かってはいるけど、見下されるのは嫌だ。


「この子は珍しい茶髪ですし、何よりも花を全部売ったことが無さそうです。そこで条件にぴったりなんです」


 その人はシンシャオに手を伸ばす。これは無理矢理連れて行く気だ、私はその人に思いっきりぶつかった。


「シンシャオから離れろっ」


 その時頭巾が頭から取れた。髪を隠すように巻いていたのに、ぶつかった衝撃で取れてしまったみたい。


「黒髪が実在していたなんて・・・・・・。こうなったらあなたの方が良いです。例え何度花を全部売っていたとしても、十分価値はあります」


 その人はシンシャオから離れて、頭巾をつけなおしている私の方を見る。


「そうかな? 黒髪は珍しいけど」


 母親が髪を隠せとしつこく言っていたので、どんな時も頭巾をしっかりとしていたし、頭巾が取れてしまったとしても誰も髪のことを言わなかった。


 そこで黒髪に価値があるという人、初めて会った。


「ではあなた様が来て下さい。実は茶髪の女性、特に黒髪の女性を今まであちこちで探していましたが、見つからなかったのでここへやってきました。そこで黒髪の女性は貴重なのです、お願いします」


 あなた様、黒髪の女性は貴重。それらの褒め言葉にうれしくなる。こんな風に丁寧な言葉でほめられたことがなかったから、尚更だ。


「・・・・・・じゃあ行こうかな。私は貴族に対して何とも思っていないし」


 私は花の入った籠をシンシャオに渡す。もうこれから花を売ることもないからいらないだろう。ならばシンシャオに売ってもらった方が良い。


「リリック、いっちゃの」


「そーね。別にどうなってもいいから」


 不安そうなシンシャオを私はなだめる。


 ここで花売り娘として生活していても幸せな未来が待っていないことくらい分かっている。


 花売り娘は下級娼婦よりも劣悪な状況なのだから早く亡くなってしまう可能性は高いし、何よりも私にはこの状況を良くする方法が下級娼館で働くこと以外ない。それ以外にどうすれば良いかなんて、私には分からないんだ。


 それならいっそこの人について行ってしまった方がいいかもしれない。


「それでは行きましょう。きっと今までにないほど幸せになれますから」


「そーですかね? でもまあ頑張ります」


 その人の言う幸せをいまいち信じられないけど、今まで色々な経験をしてきたのだから、これから何があっても大丈夫。そう自分に言い聞かせて、今までいた路地を産まれて初めて通り抜けた。


 路地から出たら、そこには広い大空があった。私が見たことのないほど、青く澄んだ空だった。

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