雨の少女と花の少女
「心雨さんって、ほんとに雨みたいだよねー……w」
よく言われる言葉だった。
確かに私はじめじめしている自覚がある。
でも、好きで「心雨」って名字なわけじゃない。
それに、私は雨が嫌いだ。
それでも、言い返せないのが私の悪いところ。
心の中でだけ威勢がいいのも、私の悪いところ。
そもそも、友達がいないから愚痴ることもできない。
……友達、つくらないとなぁ。
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──とうとう、いじめが始まった。
小学校でもいじめられていた。
だから中学に入っても、またいじめられるんじゃないかって思っていた。
その予感は、案の定当たった。
しかも、結構陰湿なやつだった。
机の上や靴箱に落書きがされる。
そこに書かれていたのは、
『雨女』
『じめりすぎてウケる』
『キモい』
『心の雨ww』
そんな、くだらない暴言ばかり。
……名字って、改名できないのかな。
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いじめは悪化していった。
最近では、傘を壊されるようになった。
「雨女には、びしょ濡れがお似合い」だってことなのかな。
お気に入りの傘だったのに。
今日は、びしょ濡れで帰ることにした。
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でも、その日。
──友達ができた。
私とは正反対で、気が強くてかっこいい子。
いじめから庇ってくれた、優しい子。
とても、綺麗な女の子だった。
……うれしいなぁ。
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そういえば、彼女の名前を聞いていなかった。
赤花明日花。
私とは違って、華やかな名前。
優しくて綺麗な彼女に、ぴったりの名前だった。
「明日ちゃん」って呼ぼう。
明日がある限り、一緒にいられるように。
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「愛香って、雨みたいだよね」
明日ちゃんがそう言った。
……明日ちゃんと出会って、少しは変われたと思ったけど。
じめじめしたところは、変わってなかったみたいだ。
きっと、私は何も変われていないんだろう。
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学校に行くのが、辛くなり始めた。
明日ちゃんに言われた言葉が、頭から離れなかった。
他の人に言われたときは、ただ少し悲しいだけだったのに。
大好きな人に言われると、こんなにも悲しいなんて。
……もう、学校に行かなくてもいっか。
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前まで、家に人が来ることなんてなかったのに。
平日になると、何度も呼び鈴が鳴るようになった。
たぶん、学校のプリントを届けに来ているんだろう。
だけど、玄関のドアを開ける勇気も、郵便受けの中身を確認する気力も、今の私にはなかった。
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今日もまた、呼び鈴が鳴る。
……いつもいつも、なんで諦めないんだろう。
ふと、久しぶりに郵便受けを開けてみた。
そこには、大量に溜まった学校のプリントと、
一通の手紙。
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愛香へ
読んでくれるかは分からないけれど、手紙を送ってみました。
初めて書くので、少し拙いかもしれません。ごめんなさい。
まずは、謝罪からします。
ごめんなさい。
愛香は「雨みたい」って言われるのが嫌いだったんだね。
私はそれを知らずに、軽々しく言ってしまいました。
ただ、ひとつだけ知っておいてほしいことがあります。
私は、雨が好きです。
私にとって「雨みたい」は、褒め言葉なんです。
だから、どうか学校に来てほしい。
また、友達のように、笑い合いたいです。
どうかお願いします。
赤花明日花より
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……まさか、手紙を送ってくるなんて。
明日は、学校に行こうかな。
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久しぶりに、通学路を歩く。
あの時と同じ、雨の日だった。
教室に着いて、最初に視界に入ったのは、
窓の外を静かに眺めている明日ちゃんだった。
「……久しぶり」
平然を装い、声をかける。
「!」
驚いたように、明日ちゃんが振り向いた。
「……勘違いだったなんて、恥ずかしいな」
私は少し照れながら、笑った。
「……ごめんなさい」
なぜか、明日ちゃんは悲しそうな顔をしていた。
「明日ちゃんが謝ることじゃないよ」
「それでも、私が悪いから」
嗚呼、好きだなぁ。
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「ねえ、なんで雨が褒め言葉なの?」
改めて、明日ちゃんに聞いてみた。
「雨がないと、生き物って生きられないから。
それに、自然の恵みだから。」
「……雨って、そんなに大事なものだったんだね」
「そうだよ。愛香だって、私にとって大切なんだからね」
「そっかぁ」
曇っていた空が、少しだけ明るくなった気がした。
花は、雨が降るからこそ美しく咲く。
雨がもたらす虹や花による光景は、とても美しい。
雨は、大切なもの。
──だから、雨に感謝を。