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ヨハン、火種をまく

「東の現場じゃ、またサラース男爵の抗夫と小競り合いが起きて死人が出たらしい」

「またか。じゃあ暫く東は封鎖か」

「怪我人もかなりな数になると東の奴らが言っていた」

「しかし、困ったな。東の方が良い鉄が採れるのに」

「だからサラース男爵もごねるんだよ」

「東の管轄は御長男のラミス殿か」

「そうだ」

「あのお方じゃあ、難しいな」

 そんな話が隣のテーブルから聞こえて来た。


 ここはジィド辺境伯の領地、カーラ鉱山の坑夫達が集まる居酒屋兼売春宿である。その日の仕事を終えた荒くれ男達ががんがん酒を飲み娼婦を抱くのだ。



 ヨハンとその仲間達(新世代の魔族。国王軍の兵士である)は総勢5人。サツキナが壁の向こうから帰って来たのを確認するとすぐに計画を実行へ移した。

 イエローフォレストの火種を燻らせるのだ。

その為に5人は綿密な計画を立てた。3人と2人のチームに別れ、日にちをずらしてジィド辺境伯の領地に入り込んだ。

それぞれが坑夫として働き始めて数日が過ぎた。



 ヨハンの達3人組は今日の仕事を終えて酒を飲んでいる。

 彼等は無言で聞き耳を立てる。

「あらあ~。いい男ねえ。どう? この後、私の部屋へ来ない?安くして置くわよ」

 酒を運んで来た女がヨハンに触れながら言った。

 ヨハンはにっこりと笑った。

 女はヨハンの体に腕を回す。

「あなた達、見ない顔ねえ」

「最近流れて来たのだ。カーラ鉱山で働いている。北の坑だ」

「北じゃ、ここの近くね」

「そうだ。だからここへ来た。ここは飯も旨いし、いい女がいると聞いたからな」

「あらまあ。これから御贔屓にしてね。ねえ。じゃあ、早速、この店一番と言われている私と」

 女がヨハンの膝に乗る。

「また、その内な。……ところで、ラミス殿と言うのはこの店に来るのか?」

 ヨハンは女をどけながら言った。



「ラミス様なら毎日の様に来るわよ。酒を飲んで散々女を痛めつけるの。すごく嫌な男よ。でも、ここの所はちょっとご無沙汰ね。女達はみんな喜んでいるわ。あ、これは内緒にしておいてね。きっと東の現場の騒ぎでジィド辺境伯に叱られているのよ。ジィド辺境伯はすごく厳しいお方だから」

「ふうん……」

「あなた、明日も来るかしら? ねえ、いい体をしているわねえ。うっとりしちゃう……あら、」

 女はそう言って入り口を見た。

 ヨハン達も入り口を見る。

「ちょっと、噂をすれば何とやら。来たわよ。ラミス様が」

 女が目で指し示す。

「あの真ん中の痩せた男よ。髪の薄い。見つかる前に逃げなくちゃ」

 そう言うと急いで厨房の中に入って行った。



 ラミスとその連れが4人、先に座っていた男達を乱暴に追い払ってテーブル席に着いた。

 ヨハンは仲間の一人に目配せをした。

 男は頷くと酒を持ってテーブル近くのカウンターに向かう。空いた椅子に座った。

 テーブル席の男達の会話が聞こえる。


「ラミス様。ジィド辺境伯のお叱りはようやく終わったのですか」

「まあな。散々殴られた。全くしつこい親父だ。いい加減、くたばってしまえばいいのに。……親父もイライラしているんだ。王都からの賄賂が遅れているから」

「賄賂って、あの魔族のお姫様ですかい?」

「ああ、そうだ。早馬が来て、船が焼けちまったから遅れるとか何とかって……。親父は激怒していたよ」

「船?」

「船って、お姫様をお迎えに行った船ですかい?」

「そうらしい」

「しかし、流石にジィド辺境伯だ。ブラックフォレスト王国のお姫様が嫁いで来るなんて」

「言って置くが妾だ。魔族だからな。嫁に貰ってくれる所がねえんだろう」

「御父上は王女様を買ったんですかい?」

「馬鹿。金を出したら賄賂にならねえだろうが」

「じゃあ、リエッサ王妃が?」

「おい、声がでかい」

 ラミスが慌てて周囲を見渡す。



 カウンターに座って一人で飲んでいる男の背中が目に入った。

「おい、そこのお前」

 ラミスは声を掛ける。

 男は気が付かない。

「おい、お前、お前だよ!」

 仲間の一人がカウンター席の男の肩に手をやる。

 男は振り向く。

「お前はそこをどけ。違う場所で飲め」

 ラミスはそう言った。

 男は「嫌だね。どこで飲もうと俺の勝手だ。あんた達がどけばいい」と返した。

「はあ? 何だと? この野郎! この方をどなただと思っているんだ! ジィド辺境伯のご長男、ラミス様だぞ!!」

 ラミスの連れの男達が次々に立ち上がって大声を上げた。男の胸倉を掴む。

 周囲の客が話をやめて喧嘩を見ている。


 ヨハンと連れは椅子から立ち上がった。

 急ぎ足で男の所に向かうと仲裁に入った。

「済まない。こいつは俺の連れだ。勘弁してくれ」

 ヨハン達は頭を下げた。

「俺達はまだここに流れて来て日が浅いんだ。申し訳が無い。そんなお偉い方とは知らなくて……。おい、こっちへ来い」

 ヨハンは男の腕を引っ張る。



 ラミスはヨハンを見る。

 なかなかの男前だ。とても坑夫とは思えない。無駄に気品がある。

「ほう……いい男だな。お前みたいな立派な男が何でこんな場末のしみったれた酒場にいるんだ? 鉱山で仕事をしているのか? 見ない顔だがどこで働いている?」

「王都から来た。数日前から北の坑道で働いている」

「北か。うふん……。王都から来たとなると、」

 ラミスはヨハン達を見てにやりと笑う。



「お前達、脱走兵だな?」

 ヨハン達はびくりとして顔を見合わせる。

「いや、違うよ。悪かった。俺達は向こうで飲むよ」

 そう言って慌てて去ろうとするヨハンをラミスは呼び止めた。

「おい。大丈夫だ。誰にも言いはしない。ここには色々な流れ者がやって来る。仕事をちゃんとやっていれば誰も詮索なんてしないさ」

「俺達は脱走兵じゃ無い」

「大丈夫だ。言わないから。……それよりもちょっと王都の事でも聞かせてくれよ。どうなっているのか。リエッサ王妃がアクレナイトの若造と結婚するって言うのは本当か? まだジョレス国王の喪も明けぬ内に。子供も出来たらしいな。これだから女は困るよ」

 そう言うとラミスはげらげらと下品に笑う。そして声を張り上げた。

「おい、奥の部屋を借りるぞ。誰も入れるんじゃねえぞ。……さて、華やかな王都の話でも聞かせてくれよ。兄さん達」





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