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希望

 窓から見える風景をぼんやりと眺めながらサツキナは昨夜の事を考える。

そして幸せそうに微笑む。と言うか、どうにも顔がにやけてしまう。

立ち上がって部屋の中をうろうろと歩き回る。昨夜の事が頭に浮かんで赤くなった顔を両手で覆ってみたりする。左手の指輪に触れてみる。美しいピンクダイヤモンド。ふふっと笑って指を翳してみる。



「サツキナ様。とても楽しそうですね」

 侍女のルーシーが微笑んで言った。

「あら嫌だ。ルーシー、見ていたの? ふふ。そうなの。シンジノア様との婚約が調ったのですごく嬉しいの」

 サツキナはにっこりと笑って言った。


 トントンとドアがノックされた。

 カイルがドアの向こうから顔を出した。

「サツキナ様。シンジノア様です」

「どうぞ。入って頂いて」

 サツキナは答える。


 甲冑を身に着けて兜を持った逞しいシンジノア(ルイス)が入って来た。顔は頭巾で隠されている。その目が優し気に笑う。

「サツキナ姫。御機嫌麗しゅう」

「シンジノア様。こんにちは」

 サツキナは深々と礼をする。

 ルーシーは礼をすると部屋を出て行った。


「お仕事ですか?」

「はい。暫く戻れません。私はあなたと知り合う事が出来てとても良かった」

「私もです。色々と有難う御座いました。ルイス様。またお会いできる日を心待ちにしております」

「その日はあなたとシンジノアが結婚する日でしょうね。私はあなたの様な家族を持つことが出来て大変光栄です。弟を宜しくお願い致します」

「こちらこそ宜しくお願い致します。ルイス様。お仕事、お気を付けて行って来てくださいませ」

 サツキナはルイスの手を握った。

 ルイスは「有難う御座います。それではお元気で」と言って踵を返した。


 ドアの前でふと立ち止まる。そしてサツキナを振り返って言った。

「私はあの夜、あなたが部屋に来てくれて本当に嬉しかった。あなたは私の自信と尊厳を取り戻してくれた。……シンジノアはあなたが自分以外の男と本当に結婚する積りなのかと複雑な顔をしていたがね」

 クックと笑う。

「あの顔を思い出すと、今でも笑ってしまう」



「シンジノアはあなたと一緒に船に乗ってやってくる積りだったらしい。あなたが来るなら自分も行かない訳にはいかないと思ったのだろう。彼は昨日の昼に着いたのだよ。ミスラの港から回って来たと言っていた。随分と遠回りをしたものだ」



「シンジノアから手紙が届いたのだよ。漸く運命の女性と巡り合ったと。ブルーナーガに使者が行く事になったなら、兄上が上手く対応して欲しいと書いてあった。


 シンジノアは子供の頃から自分には前世からの恋人がいるんだと言っていた。彼のその可愛い夢物語で我々家族は随分楽しませてもらったものだよ。

 恋人を探す為に自分は船乗りになるんだと決めていた。船の事を熱心に父に尋ねていてね。それこそ煩がられる位に」

 威風堂々とした騎士はそう言って懐かしそうに笑った。

「……あの頃が懐かしい」


「私が大怪我をした事でシンジノアには色々と迷惑を掛けてしまった。本当なら彼はこんな回りくどい事をしないでもっと自由に振舞えただろうに……」


「私はあなたの事をちょっと試してみたくなったのだよ。どんなお人なのかとね。

 勿論、私はあなたが部屋に来ても来なくても、シンジノアの事を伝えようとは思っていたのだ。

 私のこの顔を知ってなお私の妻になってくれると言うあなたに私は感心した。そしてとても好きになった。あなたは何が大切かという事をよく分かっていらっしゃる。あなたになら大切な弟を任せられる。どうか何が起きてもシンジノアを信じてやって欲しい。


 サツキナはにっこりと笑って頭を下げた。

「ルイス様。いえ、お義兄様。お義兄様とお呼びして宜しいでしょうか? 私は心からシンジノア様を愛して信じて生きて行きますわ」

 サツキナの返事を聞いたルイスは満足げに頷くと「それでは」と言って部屋を出て行った。



 サツキナは振り返って空を見上げる。

 もう真司さんはイエローフォレストに向かって出航した事だろう。今朝の商船に乗ってアクレナイトの港に向かうと言っていた。私が起きた時にはもう出掛けた後だった。


 ベッドにはメッセージが残されていた。

「サツキナ姫、愛している。再会を楽しみにしているよ」

 カードの最後にシンジノア・シャークのサインが流麗な文字で書かれていた。

 サツキナはそのカードに唇を寄せた。

 カードを両手で包み、これは一生の宝物だと思った。



 後1か月半。リエッサ王妃とルイス・アクレナイトの結婚式が行われる。

 そうしたら次は私と真司さんの結婚式だ。

 サツキナは希望に胸を膨らませる。




 コンコンとノックの音が聞こえてオダッチが入って来た。

「サツキナ様。サスへの出向は明日の朝です。侍女に言って荷物をまとめさせてください。それからお世話になった方への御挨拶も忘れない様にしてくださいよ」



「分かったわ。ところでカラミス王子は?」

「今夜の船で母国へ帰るそうです。本人は絶対にブラックフォレスト王国へ行くと言っていましたがね。それは駄目だとシンジノア様が言ったらしいですよ。もういい加減、母国へ帰らないと国の家族が心配すると言ってこんこんと説教されたらしいですよ」

 オダッチの言葉を聞いてサツキナはクスリと笑った。



 ◇◇◇



 カラミス王子の陰謀を寝物語に聞いたルイスは怒りをその目に宿して「いつか必ず仕返しをしてやる。帰りの船では絶対に同じ船には乗せない様に兄上に言い置いて行く」と言っていたのだ。

「でも、あの後はうんと反省して私を友達として尊敬するって言っていたわ」

 サツキナはシンジノアに言った。

「きっと、うさぎ跳びが効いたのね」

 くすくすと笑う。


 シンジノアは怖い顔をして言った。

「君はどこまでお人好しなんだ。君は鞭で打たれてレッドアイランドへ連れ去られる所だったんだぞ? 俺の方がぞっとするよ」

「でも、何だか彼ってどこか抜けているのよね。そこが憎めないと言うか」

 サツキナの言葉にシンジノアは呆れた顔をした。


 ◇◇◇



「しかし、婚約者の部屋へ行って大酒を飲んで大の字になって眠ってしまいベッドを占領するなんて、全く恥ずかしい話ですよ」

 オダッチは言った。

「シンジノア様はサツキナ様を起こさない様にしてくれと言って部屋をお出になられたとか。心行くまで眠らせてあげてくれと」

 サツキナは「あら、まあ」と驚いた。

 そんな話になっていたのかと笑う。



 サツキナの笑顔を見てオダッチは不思議そうに言った。

「俺は誉めていないのですよ? 恥ずかしいって言っているんですよ。……しかし、サツキナ様は何がそんなに嬉しいのですか?」

「それはいろんな事が上手く行ったからよ」

 サツキナは返した。


「きっとダッカの森に棲む神様のお陰ね。それとも竜の石のお陰かしら。さあて、懐かしい我が家へ帰りましょう。オダッチ」

 サツキナはそう言うと微笑んだ。

 ダンテ王やロキ、ザベル婆さん、ヨハン、アジ、セナなどの顔が浮んだ。

 ダッカ杉に囲まれた暗い森の静謐さと簡素な王宮が無性に懐かしかった。





第二部  終


*読んでくださって有難う御座いました。


宜しかったら「いいね」をぽちっと押して

くださると、長い物語を続ける励みになります。


第三部(完結)はまた少しお休みを頂いてからのスタートになります。


その時はまた読んで頂けると有難いです。


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