竜の石
「全く、綺麗さっぱりと燃えてしまったな」
ルイス・アクレナイトは船の残骸がゆらゆらと漂うインディグランド川を見てため息を吐いた。
南の湿地帯を観察しに行き、帰って来たらこんな事になっていた。
「雷はこの場所だけだったと?」
「はい。不思議な事に。ここだけ暗雲が立ち込めてしとしとと雨が降り出したのです。
他は青空だったのに……。そうしたら幾らもしない内にもくもくと雲が増えて突然の雷が。
いや、もう、それは恐ろしい程の稲妻でした」
留守居役のフィリップが言った。
「船はすぐに出火して……辺りにはまだ稲妻が走っていたので、とても消火出来る状態ではありませんでした」
「船に兵がいなかった事だけが幸いだったな。まあ、燃えてしまったものは仕方が無い」
ルイスはそう言った。
◇◇◇◇
サツキナは神殿に行ってカラミス王子を案内し、伯父であるネオサルト大神官を紹介した。カラミス王子は目を輝かせて神殿を見学し、大神官の話を聞いた。
レッドデザイアーではゼノン信者数はそれ程多くは無い。9割方が砂漠の神、セトール神を崇めている。セトール神は3つの頭を持つ蛇の姿で表される。レッドアイランドでは赤地に黒で描いたその神が紋章となっている。
勿論、カラミス王子もセトール神を信仰している。だが、少数派ではあるが国にゼノン神を信仰している者もいる事より、いつかはゼノン神殿に見学に行ってみたいと思っていたのだ。セノン神を信仰しているのは主に裕福な商人層である。
カラミス王子はそんな風にサツキナに説明をした。
サツキナはカラミス王子の学識に驚いた。僅か数日間ブラックフォレスト王国に居ただけなのに随分と豊富な知識を蓄えている。サツキナがそう言うとカラミス王子は爽やかに笑って「私は学ぶ事が好きなのです」と答えた。カラミス王子は18歳。サツキナよりも1歳年上。彼の人の良さが分かるような素敵な笑顔だ。
サツキナは帰りの馬車の中でカラミス王子に尋ねた。
「母国にはどの様にお知らせを?」
「手紙をダンテ王に頼みました。ブラックフォレストの使者がサスの港にあるXYZ商店の主に渡してくれる事になっております。XYZ商店はレッドアイランド出身の商人が経営しているのです。
その者が船でぐるりとグレートクリフを廻り、ミスラの港町からルートラ国に入ります。そこから砂漠を越えてレッドアイランドへ向かいます。
手紙が母国に届くまでには20日は掛かるでしょう。もう私の葬式が終わっているかも知れない」
カラミス王子は笑った。
「生きているから安心しろと書きました。それから迎えは必要無いとも。私はしばらくこちらにお世話になって、色々と見分を広めそれから自分で帰ると書きました。……だが、兄が迎えを寄越すかも知れません。兄は心配性だから」
カラミス王子は言った。
「でも、御国まで海路しか使えないとは不便ですね」
サツキナは言った。
「仕方が無いです。ブラヌン川には舟渡は無いし港も無い。ブラヌン川の東には険しい山岳地帯が広がり、西には砂漠が広がる。人が住まない土地です。
レッドアイランドはレッドデザイアーの国々の中では一番東に位置しますが、ブラヌン川までは無人の砂漠が広がるだけです」
「使者はルートラ国から砂漠をラクダで10日以上も掛けてようやくレッドアイランドに着きます。途中、幾つかのオアシス村があります。隊商都市もあります。だが、その間隔は均等では無いし、数日間は屋根の無い場所で野宿する事もあるのです。砂漠では気温変化が著しい。昼間は灼熱地獄だが夜は極寒となる」
「砂漠というのはとても過酷なのですね」
「そうです。砂漠に生きる者は常に鳥の様に周囲を俯瞰し、正しい道を探して行かないとあっという間に死んでしまう」
「正しい道と言うのは?」
「それはただ一つ水場に至る道です」
「ふうん……」
「国の政策でも同じ事が言えます。周囲を俯瞰し、正しい道を選ぶ。命を繋ぐ水場へ辿る道を根気よく探すのです」
カラミス王子は言った。
「成程。勉強になります」
サツキナは返した。
「ところでサツキナ様は風を操る事が出来るのですね」
カラミス王子は尋ねた。
サツキナは唇に人差し指を当てて言った。
「あれは内緒です。誰にも言わないでください。それにあんな力はもう有りません。あれはあの場所、竜の山がパワーを貸してくれたのです。あの場所を離れてしまうと駄目なのです」
「そうですか。それは残念ですね。でも、分かりました。勿論誰にも言いませんよ」
カラミス王子は返した。
「サツキナ姫。如何ですか? 私と一緒にレッドアイランドへ行ってみませんか? いい経験になりますよ。砂漠は過酷だが、同時に大変美しい場所でもある。私は是非あなたを美しいオアシス国家であるレッドアイランドにご招待したいと思っています。そして私の家族に会って頂きたいと思っております」
「ええ。有難う御座います。是非お伺いしたいわ。でも、お約束は出来ませんの。私はロキが成人するまで国を守らなくてはなりませんもの」
「少しの間なら大丈夫でしょう。我がレッドアイランドとの友好を深めるためにも」
「有難う御座います。王と相談致しますね」
サツキナはそう言うとにっこりと笑った。
◇◇
そんな風にしてカラミス王子と楽しい時間を過ごして帰って来たらこんな事になっていた。
勿論、サツキナには誰がやったか一目瞭然である。
すぐにロキの部屋へ向かった。
「ちょっと、ロキ! あなた、何て事をするのよ! 私の部屋から石を持ち出したわね!!」
ロキは平静な顔で返した。
「んー。石が青かったから「水」かな? と思ってウスルが先に試したんだ。その次に俺がやったら、すっげえ雷が起きた。先にウスルがやって雨が降り出したから、俺、すっかり水だとばかり思っていたから、何の躊躇いも無くやっちゃったんだよね」
「……じゃあ、青は雷なのね?」
「そうみたい。」
「どう言う具合なのかしらねえ?……ちょっと!! それよりどうするの!これ」
サツキナは厳しい目でロキを見た。
ロキは目を伏せた。
「仕方ないじゃん。こんな事になるって思わなかったんだもの。……それに船が無くなったから姉上はもうあの国へ行く事も出来ないし。丁度いいんじゃないのかなあ」
「ロキ……」
「姉上……お礼はいいから」
「ロキ、あの石を返しなさい」
「やっぱり?」
「危ないから私が預かるわ。あなたが手を上下させる度に雷が落ちていたらたまったものじゃ無いわ」
「いいけれど。使う時には返してね。石は俺を選んだのだから。姉上じゃ無くて」
「ムカつく。ふん。分かったわよ」
ロキが持ってきた石は青色が消えて白に戻っていた。
「あれ、白だ」
「白は何かしら?」
「火か、波か、水か、それとも『お休み中』か……」
「成程。休止中ね。最初は白だったものね」
「この石を使う時には必ず私を通してね。約束よ」
「分かったよ」
ロキはしょんぼりとして言った。ロキとしても船を焼くなんて考えてもいなかったのだ。
ロキはひとつ学んだ。雷という能力は線香花火程度が一番いいのかも知れないと。