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シンジノア・シャーク侯

 サツキナとシンジノアは長いテーブルの両端に座って食事をしている。

夕食には母の御下がりのドレスを着た。たっぷりとしたスカート部分にはバラを描いた上品なオーガンジーが重なり、歩くとさらさらと揺れた。胸には繊細なレースの立て襟が付けられている。



 シャーク侯の奥様であるマヤ夫人がサツキナの為に女官を二人付けてくれた。二人は礼儀正しく親切にサツキナに接してくれた。サツキナはオルカ国の人々は魔族を蔑んでいないのかと不思議に思った。それをシンジノア様に尋ねてみようと思っていた。


 部屋にはテーブルに着いたサツキナとシンジノア、それに給仕の者達、それと護衛がいる。オダッチもいる。カラミスはいない。



 不思議なのはシンジノアが頭巾をかぶったまま食事をしている事だ。

 顎の所でひらひらとしている布を片手で上げてスプーンを口に運ぶ。何か理由があるのだろうが、それでは不便では無いのだろうか。

「奇妙に思われるかも知れないが、私は食事をしている所をあまり見られるのが好きでは無いのです」

 シンジノアは言った。

「そうなのですね」

 サツキナは返した。変わった人だなと感じた。



 しかしそれ以外は楽しい食事だった。

 料理は美味しいし、サツキナが見た事も無い新鮮な海産物や珍しい果物が並んだ。気が付くとサツキナはその食材についてあれこれとシンジノアに質問をしていた。シンジノアは優しく気軽に答えてくれた。シンジノアの説明は分かり易くそしてとてもユニークだった。



 サツキナはその話の面白さに心から笑った。初めて会ったはずなのにシンジノアとは気が合ってすぐに打ち解ける事が出来たのだ。

「サツキナ姫。ベランダに出て食後のお茶を頂きませんか?」

 シンジノアは言った。

「今宵は父がサツキナ姫を歓迎して花火を上げてくれるのです。ベランダに出て花火を楽しみましょう」

 シンジノアがそう言うと給仕達はすぐにベランダに席を設えた。

 花火を見ながらゆっくりと寛げる。



「私を歓迎してくださるのね」

 サツキナは返した。

「魔族である私なんかを」

 そう言ったサツキナをシンジノアは微笑んで見詰める。優しく深い思いやりに満ちた目だった。サツキナはこの人と結婚したらきっと幸せになれるだろうと思った。

 ふとルイス・アクレナイトの顔が浮かんだ。彼の笑顔やクールな眼差しを思い描く。

 胸がきゅっと縮まった感じがした。つんと鼻の奥が痛くなる。



 この世界で私は真司さんと添い遂げる事は出来ない。

 真司さんは大崎リエと結婚し、私は彼が太鼓判を押して紹介してくれた男性と結婚する。

 せめてこんなにいい方を紹介してくれた事を感謝するしか無いのだ。仕方が無いのだ。

 それしか私の取る道は無い。

 サツキナはそう自分に言い聞かせた。


 二人はベランダから空を眺める。テーブルの上にお茶とデザートが並べられた。

「シンジノア様。シンジノア様は魔族の王女、それも角がある女を妻にするのに抵抗はございませんの?」

「抵抗? 何故?」

 シンジノアはサツキナの顔を覗き込む。

「だって……。人間達は魔族を汚らわしいとか恐ろしいとか言って嫌がるでは有りませんか……」

 サツキナは下を向いてぼそぼそと言った。



「そうですね。そう言う人々もいますが……。ブルーナーガは商人の国です。その中で一番大きくまた財も貯えているオルカ国は海の果てまで出掛けて行くのです。広い海の向こうには色々な国があって色々な人が住んでいます。太陽の真下の国では皆肌が黒い。つやつやとする程の黒さです。何故なら太陽光線が強いから、それから身を守るために黒いのです。北の方では獣みたいに毛深い民族もいます。彼等は顔にもみっしりと毛が生えています。何故だか分かりますか?」

 シンジノアの目が優しく撓む。

「寒いからでしょう?」

「そうです。地面の下に住むドアーフは背が小さい。背が高いと大きな通路や部屋を作らなくてはならないからです。森に棲むウッドサンズ達は体が緑色で皮膚には木の葉を重ねた様な模様がある。彼等は光合成も出来るのです。



 湖ばかりが広がる島に住む人間の手足には水掻きが付いている。分かりますか? 魔族の角も同じです。それはきっと大昔の名残りでしょうね。きっと魔族には角が必要だったのですよ」

「見た目がどうだろうと関係は無い。そんな事を言っていたら商売は出来ない。相手を蔑んだら商売は成り立たない。いい取引は相手を尊敬し思い遣る所から始まるのです。きっとブルーナーガの人間達は色々な物を目にしているから、見た目よりも中身を重視するのだと思いますよ」

 シンジノアは言った。



 サツキナは目を丸くして聞いている。緑色の肌で光合成をする人間や水掻きがある人間がいるという。それは凄いと思った。是非会ってみたい。そう思った。

 世界は広いのだなと改めて感じた。


 ヒュルルル……と花火が上がる。

 ドンと音がして夜空に綺麗な花が咲く。二人の顔は花火に照らされる。

「何て綺麗なのかしら。こんなに綺麗な花火は見た事が有りません」

 サツキナは大喜びだ。

「サツキナ姫」

 シンジノアは名前を呼んだ。

「何でしょうか? シンジノア様」

 サツキナはシンジノアを見る。

 シンジノアはゆっくりと顎に掛かった布を避けて頭巾を取った。


 サツキナはその顔を見て愕然とした。思わず口に手を当てる。

 右頬が無い。

 唇が半分切れてそこから頬肉がごっそりと抉られ、歯と歯茎がむき出しになっていた。

右耳も半分しか無い。その付近、そこだけ髪がまばらだ。



 ヒュルルル……ドン!!

 また花火が上がる。花火に照らされたその顔はまるで悪夢の様だった。



「海賊征伐で敵に切り付けられて船から落ちた。そして鮫に襲われたのです」

 シンジノアは悲しそうな目をして言った。

「まだ鼻が残ったから助かった。私は自分の顔の中では鼻が一番好きではなかった。だが、今では一番好きですよ」

 シンジノアは寂しそうにそう言って苦笑いをした。

 頭巾を被り直すとサツキナの手を取って言った。



「サツキナ姫。こんな顔をしている私でも良ければ結婚してください。あなたが私と結婚してくださるのなら、アクレナイト侯が800万ビルドを結納金として支払う事になっている。それはルイスから聞いているだろう。そして私と父、それからオルカ国はこれからずっとブラックフォレスト王国の強力な後ろ盾になる事を誓おう」

 そう言うとシンジノアは立ち上がった。



「私は部屋に戻る。まだ花火は続くから良かったらカラミス王子を呼びなさい。一緒に見ればいい」

 シンジノアはサツキナの肩に手を置いた。サツキナはびくりとする。

「サツキナ姫。もしもあなたが結婚を承諾するなら、明日の夜、私の部屋に来て欲しい。私はあなたが来るまで起きて待っているよ。一生の事だからよく考えて欲しい。……もしも承諾できないのなら来なくていい」

 シンジノアはそう言うとベランダから去って行った。


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