雌ライオンとアリゲーター
「ダンテ王よ。アクレナイト家の船がやって来ました」
ダンテ王は朝早く起こされてそう告げられた。
「やれやれ、漸く替えの船がやって来たのか」
ダンテ王はそう言いながらベッドを降りた。
船にはアクレナイト家の紋章である鷹を描いた旗とイエローフォレストの獅子が描かれた旗が翻っている。
船の甲板に一人の女性が姿を見せた。
ダンテ国王は「まさか」と思った。
思わずその女をガン見した。
「何故、リエッサ王妃が……?」
先日、フロレス武官が届けて来た手紙には「ダンテ王、サツキナ姫、結婚式へのご招待状」が同封されていた。是非ダンテ王とサツキナ姫には自分とイエローフォレスト一の騎士、ルイス・アクレナイト侯との結婚式に参列して頂きたいという内容だった。
サツキナの出席は保留とフロレス武官に伝えた筈だが……。
何で?
ダンテ王は首を傾げる。
イエローフォレストの兵達はわらわらと船着き場に集まっている。誰も彼もが慌てている。
衣服を着替え、何とか人並みの匂いに戻ったミランダ王女とレッドアイランドの兵士達はその歩みを止めて船を見ている。
リエッサ王妃はジョージ・アクレナイト侯(ルイスの父親)の助けを受けながら船を降りた。妊婦とは思えない身軽さだ。金糸銀糸をふんだんに使って細かい刺繍を施したドレスを身に着け、その姿は眩いばかりに輝いていた。
リエッサ王妃とジョージ・アクレナイトは、ぶすりとしたダンテ王の前に来るとにっこりと笑って礼をした。
「リエッサ王妃。元気そうで何よりじゃ。ところで、この度は何か我等にご用でも? その様な身重の体で。其方の婚約者殿はここにはおらぬぞ」
ダンテはにこりともしない。
「ブラックフォレスト国王ダンテ王よ。ご機嫌麗しゅう。ルイスは緊急の仕事で他国へ向かった。アクレナイト家の仕事じゃ。私の義父になられるアクレナイト侯から教えて頂いた」
リエッサは返す。
ダンテ王はジョージ・アクレナイト侯を見る。
ジョージは頭を垂れる。
「ご無沙汰しておりました。ダンテ王よ。ご機嫌麗しゅう。息子がお世話になりました」
「ふん。とんでもない息子殿じゃ。二度と寄越すな」
ダンテ王は返した。ジョージは苦笑した。
リエッサは言った。
「実は王に大切な話があったので、直に私が話そうと思ったのだ。それでアクレナイト侯に王都までご足労を願ったのだ。それに貴国が用意してくださった結婚祝い金500万ビルド。有難く受け取らせて頂こうと思い、その礼も兼ねて参ったと言う訳よ」
「突然の来訪は無礼であろう。儂にだって都合がある」
ダンテは言った。
「ふふふ。そんなに怒らなくても良いではないか。どうせ釣りでは無いのか?
ダンテ王。我々は隣国同士。仲良くせねば。……しかし、貴国が500万ビルドを用意できるとは……無いと言いながら実はあったのだな」
「あちこちからの借金じゃ!」
ダンテは返す。
レッドアイランドのミランダ王女がダンテ王に進み寄った。
「ダンテ王、こちらの方は?」
ミランダ王女は言った。
「おお。ミランダ王女。こちらはイエローフォレストのリエッサ王妃である。そしてこちらはジョージ・アクレナイト侯である」
ダンテ王は答えた。
ミランダはジョージを見てにっこりと笑う。
「まあ、イケおじ」
そう思ったかどうかは分からない。
ジョージは礼をする。
「リエッサ王妃。アクレナイト侯よ。こちらはレッドアイランドのミランダ王女である」
「レッドアイランドの? では、サツキナ王女が婚約されたのはこちらの王子であるのか?」
「婚約?」
ダンテ王は怪訝な顔をする。
ミランダ王女は驚いた顔をする。
「何と、カラミスとこちらのサツキナ王女が婚約? だから、カラミスはサツキナ王女と一緒に行ったのですか? ダンテ王。そう言う事ですか?」
「いや、儂も初耳……」
「カラミスはこちらのサツキナ王女に恋をしたという事ですね?」
「いや、儂には……」
「何と!!子供だとばかり思っていた、カラミスがそんな恋を……あのカラミスが」
ミランダ王女は感動の余りに絶句する。
「いや、儂には……」
ダンテは何がどうなっているのか皆目分からなかった。だが、カラミス王子はもしかしたらサツキナを好きになって、一緒に行くなどと言ったのかも知れぬと思った。
もしかしたら、今頃船の中でプロポーズでもしているかも知れない。
「カラミス王子が我が姫と……」
ダンテは見ず知らずのシンジノアなどという男よりもカラミス王子の方がいいのではと思った。何故なら暫く城で暮らして、彼の誠実さと品の良さと聡明さに感心していたからである。それにレッドアイランドは最近とみに力を付けて来ている。加えてミランダ王女もとても良い人だ。
ダンテ王はサツキナがカラミス王子とレッドアイランドで暮らす様子を暫し想像する。
カラミス王子なら「角のある魔族」としてサツキナを蔑ろにする事は無いだろうと考える。
「うーむ……」
リエッサ王妃は赤い髪を持った浅黒い肌の女を上から下までじろじろと見た。男の格好をしている。化粧どころか髪を結ってもいない。
ミランダ王女は自分を不躾に見るリエッサにむっとする。
最初から気に入らなかった。一目見た時からどこか気に入らない。高飛車な年増女。
馬鹿みたいに煌びやかなドレスを着てこちらを蔑む目で見ている。
(ミランダ王女は29歳である。あまり差は無いのだが、厚化粧のリエッサよりも断然自分の方が若いと思っている)
ミランダとリエッサは目が合った。
(まるで草原で偶然出会った雌ライオンと巨大なアリゲーターが睨み合っているみたいな状況である。ぐるるる……と低い声で威嚇する雌ライオン、それを無言で睨み付けるアリゲーター)
ミランダ王女は笑顔で口火を切った。
「イエローフォレストのリエッサ王妃。お目に掛かるのは初めてですが。イエローフォレストのスズメバチとしてのご勇名はレッドデザイアーの国々まで届いておりますとも。前王ジョレス殿が亡くなっても喪に服さず、10も若い男を捕まえて結婚しようとしているのですよね。色欲全開ですこと。ほほほ」
リエッサは目を見張る。
ダンテもロベルトもジョージもぎょっとする。
「また、どこの若造か知りませんが、金に目が眩んだのでしょうね。それとも親が金に目が眩んで息子を差し出したのでしょうかねえ……。憐れな息子殿ですね」
(因みにミランダ王女はリエッサ王妃がどこの誰と婚約したかまでは知らない)
ジョージ・アクレナイトは顔を伏せて笑いを堪える。
ダンテ王もロベルトも視線を泳がせる。
「ブラックフォレスト王国に結婚式の費用を負担させるって凄いですね。それも800万ビルド。御殿が建ちますよ? 自分の所の結婚式も自分達で挙げられないなんて情けないと思いませんか? それで、それが用意出来無くば、こちらのサツキナ姫を借金の方に人質にとるって脅かしたのですって? 流石、スズメバチ。やる事がえげつない」
アリゲーター(ミランダ王女)が言った。
「我々もそれ位のえげつなさがあるともっと金持ちになるのだがな。なあ。皆の者」
ミランダ王女の言葉にレッドアイランドの猛者共はゲラゲラと笑った。
雌ライオン(リエッサ王妃)はきっとミランダ王女を睨み、その視線をダンテに移す。
このおしゃべり王め!という視線である。
ダンテは「ふん」と横を向いた。
昨日の夕食でレッドアイランドの人々と意気投合して大いに盛り上がったのであった。そこでいろいろとしゃべってしまったらしい。
特にミランダ王女は昨年亡くなった父王にダンテ王を重ねていたらしく、しきりに優しい言葉を掛けていた。ロキにもサツキナにも優しい言葉など言って貰えないダンテ王である。ミランダ王女としんみりと語り合ったのだった。
「砂漠の中の田舎者には分からぬ、高度な政治的取引というものよ。しかしレッドアイランドとは王女もその様な成りで荒くれ兵士に混じって働かねばならぬのか? 気の毒にのう……。肌も日に焼け髪も結わず。うむ……。何やら匂いが……ダンテ王、これは何の匂いですか? 汗ですか?それとも泥ですか?生臭い……。その姫から臭う」
リエッサはハンカチを鼻に押し当てた。
レッドアイランドの誰もがむっとする。剣に手を掛ける者もいる。
遠巻きにしてリエッサ王妃とミランダ王女を見ていたアクレナイト家の家臣は手を止めて成り行きを見守る。
「何か、すげえ雰囲気悪いですぜ。副隊長」
兵士がガジールに囁く。
「揉め事ですかね?」
ダンテ王は慌てて言った。
「リエッサ王妃。失礼な事を言うで無い。レッドアイランドの方々は大砂漠を横切って来られたのだ。船を曳いて。そしてブラヌン川を渡って来られた。あの大砂漠を横切って来る事など出来る事が無いと儂は思っておった。うむ。素晴らしい偉業じゃ」
ダンテ王はそう言ってレッドアイランドの人々を褒め称えた。ロベルトもブラックフォレスト王国の守衛たちも「真に」と言って褒め称える。
「サンドドラゴンで砂漠を横切ったのだ。リエッサ王妃よ。お望みならあなたの国にもサンドドラゴンを乗り入れよう。サンドドラゴンは大食漢だ。何でも食べる。特に人肉は大好物だ」
ミランダ王女は豪快にあははと笑った。
リエッサ王妃はハンカチの裏で「野蛮人が」と呟く。
ミランダ王女は「あなたの方が野蛮人だ。ジョレス王を毒で殺したのだろう」と言った。
これには流石にリエッサ王妃も青くなった。
「な、な、何と言う事を。ええい。者共。あの者共を切って捨てよ!」
「はっ!……はあ?」
アクレナイトの兵達はお互いの顔を見る。ガジールはため息を吐いて首を横に振る。
「あの野蛮な女を。ええい。剣を寄越せ」
リエッサ王妃は兵士から剣を奪い取る。ジョージは慌ててリエッサを押し留める。
剣を奪われた兵士は狼狽える。
「ミランダ王女。時間です。ささ、ミランダ王女。早く行かれよ」
ダンテ王は王女をせかす。
「おお。そうであった。済まぬ。ダンテ王。ではカミラス王子を迎えに行きます。ダンテ王、サツキナ姫に是非私はお会いして」
「分かった。分かった。早く行け」
ダンテ王はアクレナイトの兵達に抑えられて、ぎゃあぎゃあと騒いでいるリエッサを見ながら急かす。ミランダ王女はひらりと馬に跨ると凛とした声で言った。
「イエローフォレストのリエッサ王妃。ブラックフォレスト王国に手出しはならぬ。手出しをするならレッドアイランドが黙ってはおらぬ。サンドドラゴンでイエローフオレストを」
「分かった!分かっておる!分かったから早く行くのだ。早く行ってくれー!!」
ダンテ王は汗をかきながら追い立てる。
「では、行って参る。わはははは」
高笑いを一つ残してミランダと兵達はだだだと去って行った。
その後姿を中高年メンズ達ははふうと汗を拭いながら見送ったのであった。
リエッサ王妃は燃える様な憎しみの目で砂埃を立てて立ち去る彼等を見ていた。




