何でこんな事に。
サツキナとオダッチがそれに気付いたのは、サスの港を出て4日目の事だった。
「サツキナ様。遠くに見えているあれは陸地ですよね?」
「オダッチもそう思う? あれは島と言うには大きすぎる様な……」
「ちょっとおかしく無いですか? ずっと見えていますよ」
こそこそと話をする。
「この船は本当にブルーナーガに向かっているのでしょうか?」
オダッチはそう言った。
サツキナはオダッチをじっと見る。
そしてあはははと笑った。
「嫌だ。オダッチったら何を言っているの? だって、これはブルーナーガからの船よ」
「確かにブルーナーガとは言いました。船長は。けれど、これがもしもイエローフォレストの策略で、我々はどこか遠くの国へ運ばれているとしたら……」
「ねえ。じゃあ、全てが嘘だって言う事なの? オダッチ。そんな馬鹿な……。だって、この船が来る事を知っているのは私達とルイスだけで……。それにカラミス王子はあの島をクシリ島って」
「だから、ルイスが一番怪しいんですよ。それにカラミス王子だって本当はあてずっぽうで言ったのかも知れない。サツキナ姫様が尊敬の目でちょいちょい見るから」
「カラミス王子はそんな人では無いわよ」
サツキナは言い返した。
「誠実で優しい人よ。私を心配して付いて来てくれたのよ」
2人は暫く無言で島を見る。
太陽は左手にある。
「……西に向かっていますね」
「昨日までは南だったわ」
不安になる。
「ねえ。カラミス王子にも相談しましょうか。彼は私の事を心配して付いて来てくれたのに、もしかしたらとんでもないトラブルに巻き込んでしまうかも知れない」
「分かりました。船のクルーには悟られないようにしてくださいよ。俺達は隠れてクルーの話を探るから。サツキナ様。部屋から出ない様にしてください。ドアの所にカイルを立たせておきます」
その言葉にサツキナは益々不安になる。
「こんな事になるのならあの石を持って来るのだった」
サツキナはそう言った。
◇◇◇◇
オダッチが部屋を出て行って、サツキナは部屋の中をぐるぐると歩いて考えた。
「あれはきっとレイ国の本土だわ。本土だから大きいのよ。私もオダッチも知らないから……。だって、ブラックフォレスト王国を出た事なんか無いのだから。ああ、何でこんな事に。こんな事なら、自分でなんか来ないで誰かを遣いにやれば良かった」
「ルイスが私を罠に掛けたという事なの? でもあの時の彼の目は嘘を吐いている様には見えなかった。……リエッサ王妃から私を守るって言ってくれたあの言葉は嘘だったの?
それじゃあ、あのジィド辺境伯の話も? まさか彼の作り話なの? 800万ビルドも?」
サツキナは何が嘘で何が本当か分からなくなっていた。
「私達はルイスに騙されてどこかに連れて行かれてしまうの?」
サツキナはぶるぶると首を振る。
「違う。違う。嘘じゃない。あれが嘘だとしたなら、もう私はこの海に飛び込んで死んでしまう方がましよ。真司さんが私を罠に掛けて苦しめるなんてそんな事……私を見詰めたあの目は嘘じゃない。絶対に嘘じゃない」
トントンとノックの音が聞こえた。
「はい」と返事をすると従者のカイルが「カラミス王子が御目に掛かりたいと」とドアの隙間から言った。
「入れて頂戴」
サツキナは言った。
カラミス王子が部屋へ入って来た。
「サツキナ姫。失礼します。部屋に籠っていないで一緒に外へ出て見ませんか。風が気持ち良いですよ」
「ちょっと、ちょっと、カラミス王子。それ所じゃ無いのよ」
サツキナは言った。
カラミス王子は怪訝な顔でサツキナを見る。
「サツキナ姫。顔色が大変お悪い様だが……何かありましたか?」
サツキナはカラミスに言った。
「ねえ。これは内緒よ。この船のクルーに知られない様にして。この船はもしかしたらオルカ国へは向かっていないのではないの?」
カラミスは驚いた顔をした。ぽかんとした顔でサツキナを見る。
「何を馬鹿な事を……。これはブルーナーガからの船でしょう。船長がそう言った。ブラックフォレスト王国のサツキナ様をお迎えに来たと」
カラミスは言った。
「でも、どう見てもあの島、あれがずっと見えていて、あれは本当にレナ国なの?」
「あれはレナ国だと思いますけれど……地図で見てそう思ったのですが……もしかしたら違うかも知れない」
「えっ?」
サツキナはカラミスの顔をじっと見る。
益々不安になる。
「ねえ。カラミス様。私達、もしかしたらあなたが言った様にブルーナーガに騙されて、どこか違う国へ向かっているのではないかしら?」
「それは大変な事です。まさかそんな事が起きる筈も無い。だって、これはオルカ国へ向かう船なのだから。船に国旗があったでは無いですか」
「それはそうなんだけれど……」
「だが、もしもそうなら黒幕はブルーナーガとグルになったイエローフォレストですよ。あんな嘘八百を並べてダンテ王とあなたを騙したルイス・アクレナイトが諸悪の根源です」
カラミスは言った。
サツキナは黙り込む。怯えた目でカラミス王子を見上げた。
カラミス王子は厳しい声で言った。
「……だから、あなたに言ったのだ。ルイスなど信用してはいけないと。イエローフォレストのスズメバチの情夫など。これであなたも分かっただろう。漸く分かっただろう。あなたはルイスに騙されていたのだ。あのペテン師め。今度会ったら八つ裂きにしてやる!」
カラミス王子は冷たい目で言った。怒りで肩が震えている。
サツキナは涙ぐむ。
「御免なさい。御免なさい。カラミス様。カラミス様までトラブルに巻き込んでしまった。ああ、どうしたらいいのか。どうしたらいいのか」
混乱するサツキナに歩み寄るとカラミス王子は優しく抱き締めた。
「大丈夫だ。泣かないで。僕が何とかするから。あなたは今まで通り何も気づかない振りをして過ごしてくれ。可愛いサツキナ姫。僕が何とかするから」
「カラミス王子……」
「サツキナ姫……」
カラミス王子の指がサツキナの頬に触れる。そして涙を拭う。
その指がサツキナの唇に触れた。
サツキナはカラミス王子を見詰める。カラミス王子の端正な顔が近付く。彼は目を閉じた。
あわや唇が触れようとするその時、ドアがノックされた。
サツキナは「はっ」と我に返る。
「どなた?」
「オダッチです」
「お入り」
サツキナは慌ててカラミス王子の手を振りほどいた。
カラミス王子は「ちっ」と舌打ちをする。
部屋に入って来たオダッチはちらりとカラミス王子を見る。
「サツキナ姫。話があります。こちらへ」
剣に手をやる。
「何かしら。オダッチ」
そう言ったサツキナの腕をカラミス王子はグイっと引いた。
「オダッチ。剣を捨てろ」
カラミス王子は素早くナイフをサツキナの胸に押し当てて言った。
サツキナは目を丸くしている。
「くっ……。貴様、俺達を騙したな」
オダッチは悔しそうに言った。
「今頃気が付いたか。馬鹿な男だ」
カラミスはあざ笑う。
サツキナは状況が見えないで茫然としている。
「サツキナ姫。さっきから見えているあれはグレートクリフです。」
オダッチは言った。
「えっ?」
「この船はミスラの港へ向かっているんです。即ち、カラミス王子の母国レッドアイランドへ。この船のクルーはブルーナーガでは無い。レッドアイランドの人間です」
オダッチは言った。




