living corpse
意味、分かっていただけたら嬉しいです*
俺はこんなところで何をしているのだろうか?
頂上につくことだけを考えて、必死にペダルを踏んでいる。どこまで上ったか分からない。この上り坂が、いつ平らになるのかも分からない。ただひたすらに、意味も分からないまま、自転車でこの上り坂の頂点を目指していた。
―――俺は一体、何をやっているんだ…。
*
「沢村。進路希望が白紙だったのはお前だけだぞ」
放課後の教室に呼び出され、俺は担任と二者面談をしていた。彼は、「呆れた」とでもいうように、それを溜息に出した。
―――大人の、この偉そうな態度がムカツクんだ。
大して偉くもないくせに、何威張ってんだよ。馬鹿じゃねぇの。
担任の顔を見ていると、イライラしてくる。…折角俺の好きな歌聴いてんのに…台無しだ。俺はポケットに突っ込んだ手で、同じくポケットに入っているウォークマンの操作をした。
あいつの声なんて聞こえないくらい、音量デカくしてやる。
そうしてやると、俺からみればただ彼は口パクしているようにしか見えなかった。それがなんとも滑稽に見えて、笑ってしまいそうになった。けど、ここで反抗した自分は虚しい、笑う自分は虚しい、と心のどこかで呟いていた。そう思う自分がいることに腹を立て、担任が話している途中に机を蹴った。進路希望の紙ばかり見ていた彼は驚き、俺を凝視した。そんな担任の顔にも腹が立ち、思いっきり睨んでやった。担任は少し怯むものの、俺のウォークマンの存在に気づき、眉間にしわを寄せた。
「お前は…俺が話しているときに、何をしてるんだ!」
机を掌でバン、と叩くが、俺は怖くもなんともなかった。しかし、「お前の為に言ってるのに…」という声が聞こえた瞬間、俺は立ち上がり椅子を倒してやった。「『お前の為に』?ふざけんなよ!」と、言ってやりたかった。思うだけで実行できない自分の弱さに舌打ちをする。
そして、俺は呼び止める担任を背景に教室を出て行ったのだ。
*
だけど、認めたくなかった。こんな辛い上り坂を上ってたって、認めたくなかったんだ。偉そうに俺に説教たれる担任も、心のどっかで正義ぶってる俺自身も。みんな、偽りだと言ってほしかった。
「うわっ!」
もうこの先こぐのは無理だと俺の足が悲鳴をあげ、自転車は横に傾いた。
そして、倒れた。
「…くそ…」
何が認めたくなかった、だよ。そうやって反抗しているせいで、俺は今どーなんだよ。見てみろよ、この上り坂。この先苦労することが、こうして目に見えてんじゃねぇか。担任だってきっと、俺みたいな人間とは反対のやつなんだ。教師になるために勉強して、バリバリきれいな道歩んでんじゃねぇか。そんなやつが、生徒に偉そうにして何が悪い。それに勝手に腹立てて、椅子や机蹴ってかっこつけてる俺はどうなんだよ。低俗のくせに威張って、俺こそ腹立たしい人間だ。
俺は倒れた体を仰向けにして、大の字になって空を仰いだ。そんな大らかな空を見ていると、自分が馬鹿らしく思えてきた。そして、自然と涙が頬を伝った。それは、少しの髪の毛を濡らした。なんで泣いたのかは分からない。けど、自分のあの態度に悔やんだことは確かだった。
「俺でも…やり直せるかな…」
ぼそっと呟いた一言は、誰にも届かない。その呟きは、俺だけが知っている。
俺は涙を拭い、再び自転車をこぎ始めた。
なんだってんだよ、こんな坂。落とし前は、俺が自分でつけてやろーじゃねぇか!!
そしてまた、必死に息を切らして上ってゆく。今度は、ただひたすら上ることに必死になるのではなく、今後のことを考えていた。
すると、頂上が見えた。俺はほっと一息つき、そこまで全力で上った。
上りきった、と思った頃には仰向けに倒れていた。ああ、俺上れたんだ…と思った瞬間、思考回路が停止した。
けど、微かに声が聞こえた気がした。
"まだやり直せるよ"
と。