泉鏡花『ピストルの使い方』の使い方
短編『ピストルの使い方』昭和三年(1928年)、鏡花晩年の作。
ちくま文庫の「泉鏡花集成 8」にも、青空文庫にも収録されている。
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『ピストルの使い方』は、鏡花のうちでは、わりとすんなりと読めて、奇想天外で楽しいものの、同時にたわいのない印象も受ける、といった短編なのだけれど、じつは晩年の作品を読み解いていくうえでの面白さがぎっしり詰まっている。というのも、この作品、大正8年(1919年)作の長編『由縁の女』の一部を再利用したもので、鏡花がどうやって原材料を小説に仕立てあげていくのかが公然と示された、めずらしいタイプの一例なのである。
『由縁の女』は、鏡花の全作品中、単一タイトルとしては最も長く、かつ晩年の代表作といえる長編だ。鏡花自身を思わせる主人公の礼吉が、金沢を思わせる故郷に帰って、自身の過去に由縁のある女性たちと再会する。
ごく簡単にいえば、
お橘(愛妻)→お光(侠気)→露野(可憐)→お楊(崇高)
と、鏡花作品に登場する典型的な気質を備えたヒロインたちをたどっていく筋立てである。
『由縁の女』が連載されていた「婦人公論」の掲載時には、礼吉が妻のお橘に、錺屋(彫金師、金属装飾品を加工する職人)だった父親の過去のエピソードを語る部分があった。全百六十三章のうち、九章後半から十八章までにあたる部分なので、けっして短くはない。
ところが『ゆかりのおんな 櫛笥集』として単行本化されるにあたって、この部分はまるごと削られて、書き換えられてしまった。
父親のエピソードが削られて、雑誌掲載の初出では点描されていた母親の箱根越えのエピソードが引き延ばされて、そこに嵌めこまれた。亡母を軸とした、女たちにまつわる物語という主題が徹底された結果だった。章立ても再構成されて、全百六十三章が全七十一章に改められた。
この削除された父親のエピソードをまるごと再利用したのが、短編『ピストルの使い方』というわけだ。
『由縁の女』と『ピストルの使い方』は舞台(朧化された金沢)も同じ、時代もわずかに前後する(おそらく大正期に行われた卯辰山の公園化事業の竣工前と竣工後)程度で、両者とも主人公は作者の分身的人物であり、使われる語彙さえかなり共通している。前者が母の世界への遡行篇、後者が父の世界への遡行篇といったところで、結果的に母篇が大長編、父篇が短編になったのは……まあそれが鏡花というもの。
現在われわれが目にする『由縁の女』本文は、単行本『ゆかりのおんな 櫛笥集』が底本なので、削除部分は読むことができない。その読めない部分が、吉田昌志著『泉鏡花素描』(和泉書院刊)という書物に復刻採録されている。
復刻部分と『ピストルの使い方』を読み比べてみると、『ピストルの使い方』のほうに若干、怪談めかした描写が盛られているものの、父親のエピソードにかんしてはほぼ同じである。細部の描写に至るまで、まるごと再利用されている。違うのは父親のエピソードを縁取る語りの部分であって、ここに驚くほどの違いがある。
『由縁の女』復刻部分では、話のマクラとして主人公が、以前帰郷をした際の従姉(お光)との会話や、ちょうど日露戦争時で戦勝祈願の人々がまるで「太平記」の記述のようだったと語る程度で、すぐに父親から直接聞いた過去の物語がはじまる。
彫金の名人だった父親が、師匠筋の同業者から彫刻の仕上げを頼まれる。みごとに画竜点睛の手腕をみせた父親が銘を刻もうとしたところを、俺の作品に自分の名を刻むとは何事かと同業者に押しのけられる。父親は自分の仕事が評価されない哀しみを抱えて、過去を追慕しながら息を引き取る。
そんな悲話が、鏡花一流のレトリックを駆使しながら語られるのだが、語りの構造自体は、聞き手(お橘)と事件を語り手の礼吉が仲介するだけの、ごく単純なものである。
妻お橘 < 礼吉 < 父 < 同業者との事件
ところが『ピストルの使い方』では、主人公の多津吉に老錺師近常が過去に経験した事件を語るのは、その日初めて出会った振袖の女であり、振袖の女はその直前に天狗様と呼ばれる老人からその話を聞いたのであり、天狗様は地元の按摩からその話を聞いたのだという。
多津吉 < 振袖の女 < 天狗様 < 按摩 <近常 <同業者(柴山)との事件
ほとんどナンセンスに思えるほどの回りくどさなのである。
この、過剰にややこしい語り口の回りくどさを、まるで、折りたたんだ紙をパタパタ広げていろんな絵を見せながらお話をする手品絵本のように因果の糸で結びつけてみせる面白さが、再利用部分を差し引いた『ピストルの使い方』のほぼすべてだといっていい。ただそれだけのことなのに、読者は熟練した奇術師のワザを見せつけられて、あっけにとられてしまう。『由縁の女』の復刻部分を読んで、どこが話の本体で、どこが技巧的な語りの部分なのかを意識しながら読んでも、興ざめするどころか、逆に面白さが増していく。
物語の後半で、多津吉は錺師近常の息子であり、振袖の女が着ている振り袖は多津吉の母の形見の品かもしれず、天狗様は東京工芸学校の教授であり、そして多津吉は、親の敵ともいえる同業者(柴山)が建立した銅像をピストルで撃とうとしているところであった事実が、次々に明かされる。
振袖の女がピストルを奪って銅像の両目を打ち、敵の柴山父子が現場に駆けつけ、工芸学校の教授が画竜点睛の判定をすることで、回りくどいとしか思えなかった語り口が一気に必然化される(この際の「按摩」の存在は、『怨霊借用』(大正14年)と同じく地元と外部の人間の接続装置のような役割で、地元の人々の総体だと思える)。
すべての秘め事が見顕されて、最初の存在が最後の存在に結びつけられる円環が閉じたときに大団円を迎えるのは、「お橘→お光→露野→お楊」を巡って、最後にお橘とお光のもとに帰っていく『由縁の女』とまったく同じ構造なのだ。
素材だけでは追悼エッセイにしかならなかったものを、懲りに凝った語りの趣向を味付けすることで、しかも『由縁の女』を組み立てた構造を再活用することで読み応えのある短編に仕上げた手腕は、さすが鏡花だと思わざるをえない。
読み解くのがやっかいな鏡花の文章につきあっていると、華麗な文飾こそが鏡花のすべてという気にもなってくるのだけれど、それに先んじて趣向や構成の巧み、たくらみこそが鏡花の第一の魅力だと、改めて思い知らされてしまう。
ところで、四つ前の段落冒頭で「振袖の女がピストルを奪って銅像の両目を打ち」と書いたのだが、これは「ピストルを奪って銅像の両目を射(撃)ち」の変換ミスではない。振袖の女は銅像の両目に、錺師近常遺品の鏨を当てて、ピストルを槌の代わりにして打ちつけたのである。
つまり題名の「ピストルの使い方」とは、ピストルは弾丸を発射するべきものではない、ということになる。
これについては『由縁の女』復刻部分で話のマクラとして語られた、日露戦争下の描写が尾を引いているのかもしれない。至極控えめではあるが、鏡花なりの厭戦の意思表明なのではないだろうか。
世は戦でも、胡蝶が舞う、撫子も桔梗も咲くぞ。――馬鹿めが。(呵々と笑う)ここに獅子がいる。お祭礼だと思って騒げ。(鑿を当てつつ)槍、刀、弓矢、鉄砲、城の奴等。(『天守物語』)
『ピストルの使い方』の天狗様は、『天守物語』の名工桃六の生まれ変わりでもあった。