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遠い正月

作者: 荒里あゆむ


「先日地球に落下した巨大隕石の続報です」


 テレビのニュースキャスターが慌ただしく報じると、社員食堂で昼食を食べていた社員たちが一斉にテレビを見上げた。

 

「隕石の衝突の衝撃で地球の公転軌道がずれた件で、先ほどアメリカ政府と日本政府は一年間を一ヶ月延長して十三ヶ月とすると発表しました」


 俺は口に含んだ食後のコーヒーを噴き出した。

「まずい、戻ろう」


 情報システム部の部屋に戻ると、ネットでニュースを見た社員たちが既にざわついている。俺はそのまま部長席に直行した。

 

「部長、ニュースはご覧になりましたか」俺は机をドンドン叩きながら言う。部長は食後の居眠りから飛び起きた。

「何事だ、ああ君か。ニュース?」

「一年が一ヶ月伸びて十三ヶ月になるんです。どうするんですかうちの基幹システム、このままじゃ大混乱になりますよ」

「そうなの? とりあえず登録画面のコンボボックスに十三月を足しとけばなんとかなるだろ。あ、私の勤怠管理シートも修正が必要か、確かにめんどいな」

「何を呑気なことを言ってるんですか。部長の管理表なんて一分で直せます」

「じゃあ君、やっておいてくれないか」

「そんな暇はありません。登録画面の修正だけじゃありませんよ、更新、修正画面も全部です、それを全機能分。年末年始のバッチ処理は全て修正が必要です。あとは年をまたぐ見積書やら発注書やら納品書やら検収書やら請求書やらは全ての日付を今月中に書き換えないといけません。何万件ものデータを一件づつ手作業で変えるのは不可能なので、一括変換用のプログラムを新規に作らないといけません。他にも各種マスター類の変更や利率の再計算などの作業が必要になるはずです。さらにプログラムの修正とほぼ同工数の試験が必要です。今日は十二月一日なのでもう一ヶ月切っています。大至急、増員をお願いします」


「うーむ、どのくらいの人数が必要なんだ?」部長は腕組みをながら難しい顔で問う。

「恐らく今いる人員の二倍は必要です。それでも足りないかもしれない」

「ばかな、この人手不足のご時世に急にそんな人数のエンジニアを集められるわけないだろ」

「集めて下さい、いや集めるしかないんです。システムの対応が間に合いませんでしたごめんなさいで株主や顧客が納得すると思いますか? じゃあ他の会社に頼むわ今までありがとさよなら、と言われて契約を切られます。これはテストです、試練です、神様が世界中の企業に与えた生存試験がまさに今日、始まったんです」

「大げさなやつだな。分かった、なんとか根回ししてみるよ」


 こうして悪夢のような十三月対応のシステム改修が始まった。

  人員はなんとか集まったが、作業は難航した。何しろ一年の日数を伸ばす改修など誰もやったことが無かったから、当初想定していなかった修正箇所が次から次へと発見され、予定を消化する以上のスピードで仕事が日々増殖していった。

  社員たちは連日の深夜残業で疲弊し、一人、また一人と身心を患って離脱し、進捗は絶望的に遅れた。

 

 プログラム修正と単体テストが完了したのは十二月二十四日のクリスマスイブだった。

  この日からまだかろうじて体力が残っているメンバーが会社に泊まり込み突貫で結合テストと総合テストを行ない、そしてついに十二月三十一日の夜、修正したプログラムの本番環境へのリリースが終わった。

 

 俺が部長に完了報告をして自席に戻ると、メンバーはみな精魂尽き果てて自席に突っ伏して爆睡している。

 本来なら今日は大晦日、そして明日は正月のはずである。日本人が過ぎ去った一年間を振り返り、同時に心安らかに新しい年を迎える特別な日である。

 しかし今年は違う。明日は普通の平日、十三月の一日なのだ。過去、何十年と繰り返して来た年末特有の哀愁と高揚はどこにもなかった。

 あるのは過去人類が経験したことのない未知の一ヶ月が始まるという不安感だけだった。俺は寝不足でぼーっとした頭で『そう言えば今年の紅白歌合戦と除夜の鐘はどうなったんだろう』と思った。

 

 その時、オフィスのテレビに臨時ニュースが流れた。

 

「緊急速報です。先ほど地球に巨大な隕石が落下し、再び地球の公転軌道が変わったようです。科学者の見解によると、一年間の日数がさらに変わることは確実な模様で・・・」


 俺は爆睡中のチームメンバーたちを起こさないようにそっとテレビに歩み寄り、リモコンを取り上げると、繰り返し臨時ニュースを流し続けるテレビをぱちっと消した。



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