3-15 求婚された⁉︎ それより最後の重大発言⁉︎
そう昼前に出ていた優姉達も遭遇したらしい不審な人影。
どうにも朝出た時から監視されてる様子だったらしく、しかも鬼脅の対処に出た優姉とツバメの場所を分かっていた様子でもあったらしい。
結局、様子見とそのまま隠塚の屋敷にいる二人だが、そこまで追ってくる気配はなし。しかし、山を降りた先になにやら不審な車両はありとツバメからは来ている。
「そのことで伝えておきたいことがあるの」
どうやら隠塚も話すつもりだったようで、
「お兄様――現隠塚の当主である修二に調べてもらったわ。それで先日あなた達も見ている『鬼束』が事の原因みたい」
あの時のあいつか。俺は店のカウンター側から見ていたから顔をよくは見ていないが、そらや隠塚の心証が悪いことははっきりしていた。
そらなんて、ぐぇ⁉ って露骨に嫌な顔をしてるし。
というかこんな短い間にわかってしまってるって……さすがはと言うべきなのか。
「それに私も原因の一つと言えなくもないわ。先日、その鬼束が巫に目通りを願ってきたのだけど――そこで人為的な『鬼』を作り出すことへの協力を請われたわ。ついでに求婚も」
「きゅ、求婚⁉」
先に言っていたほうもけっこうだが、そらにとってはその後に続いた言葉の方がインパクトが大きかったのか、目を見張ってオウム返しする。
「もちろん断ったわよ。『鬼』を作り出すなんて世迷い言、信じもしないし受けられるわけがない。それは穢れを祓う役目の逆を行くものだもの」
「……それは求婚のほうもだよね?」
「当たり前よ。今の私にはあんな男を選ぶ理由なんてない。元より私を利用して支配欲と権力を満たしたいなんて思惑が見え見えの相手、願い下げだわ」
今は? その言い方だと昔なら違ったみたいな言い方だ。気にはなるが、今は聞くことでもない。
というか人為的に『鬼』を作り出す? そんなことできるのか?
気にはなるが、それはひとまず置いておこう。
「それで私に申し出を断られたから、恐らくは実力行使するつもりなのでしょうね。あなた達を捕縛して自分の絵空事に利用するつもりか、私を脅す材料にするのか――どちらかでしょうね」
溜め息を吐きながら、隠塚の言い方は吐き捨てるようだ。
珍しい。というか、隠塚にそこまでさせるくらいの相手だったと考えるべきか。
「けど、相手は普通の奴らなんだろ?」
隠塚やそらはそう言っていた。優姉達も見るかぎりは俺達と同じような存在には見えないとあった。
そんな相手に尋常の存在ではない俺達がどうにかされるのだろうか?
「……私達も人間には変わりない。眉間を撃ち抜かれれば死んでしまうし、それこそ姿を変える前に昏倒させられてしまったら為す術もないわ」
と俺の意見はあっさり否定されてしまった。
「確かに私達は普通なら想像もできない能力を得てしまっている。けど、それは本来であればあってはならないもの。穢れを介して無理矢理にこの身を作りかえているに過ぎない――だから、けして過信しないで。私達も一つ間違えば死んでしまう人間なの」
それは忠告のようであり、俺達に対する願いにも聞こえる言葉だった。
自分は人間だと忘れないで。
そう言われている気がした。
……確かに、最近身体が頑丈なことを良いことに調子に乗っていたかもはしれない。この前、志穂さんにも怒られたしな。
「それに私達の中ではあなたが一番危ないのよ」
それから俺を真正面から見ながら、そんなことを言われた。
「え、俺?」
「あなたはそらがいなかったら、多少身体が丈夫で回復が早いというだけ。仮に捕まる可能性が高いとしたらあなた――それから次にそら」
「わ、わたし?」
続いて名指しされたそらもあわあわしている。
「あなたの力は確かに強いのだけど、反対に身体面が弱すぎるの。相手の感覚を誤認させられるとしても、その前にやられてしまったら元も子もないわ――けして……責めているわけじゃないのよ」
と俺の時とは違い、最後に申し訳なさそうにつけ足した。なんか隠塚にしても、ツバメにしても、そらになんとなく甘い気がする。まぁ、隠塚はさっきのこともあるし仕方がないか。
隠塚の言い分は最もではある。
俺にしてもそらにしても、一人ではまだまだ心許ないのは確かで。どっちも隠塚が口にした理由で半人前――いや俺はそれ以下かもしれない。
鬼脅を相手にする時もフォローされることが多いのは、言い訳のしようもない。
「それに――人間を相手にして穢れと同じようにできる?」
そして最大の理由はそれだろう。
どれだけ相手がこちらを害するかもしれないとはいえ、下手をすれば相手の命を奪いかねない。それこそ鬼脅になってもいない普通の人間をだ。
姿を見えなくして逃げれば、というのも隠塚の言うように過信しすぎるのは危険だろう。
というかだ、
「……相手はそんな危ないもの持ち出すような奴らなのか?」
ものの例えかもしれないが、死んでしまうという隠塚の言葉に確認せずにはいられなかった。
そらも気になるのか、黙って隠塚が答えるのを待っていた。
「……正直、そう考えておくのが良い」
重い口調で隠塚は告げた。
「兄の調べによれば鬼束という男、表向きは経営コンサルタントをしているらしいわ」
そう言って隠塚は自分のスマホを俺達に見せてくる。
映っていたのは利用者の多いSNSアプリの一つ。
主に写真投稿をメインとした老若男女に人気のあるやつだ。俺も一時期、作った模型の写真アップしたりしたっけか。まぁ、現実ではないけど。
そこには眼鏡をかけた男性のアップ写真とともに、『鬼束総一朗』の名前があった。紹介文には自身の仕事スタイルやら実績やらがつらつらと書かれていた。
残念ながら、俺はそこに書かれている会社やらの名前に見覚えはなかったのでぴんとは来なかったが。
ぱっと見、仕事のできる今時のコンサルタントみたいなありきたりな感想を思い浮かべるくらいはできた。逆に言うと、それしかできなかったのだけど。
「ここに書かれている社名や団体――ほぼすべて架空のものらしいわ」
はぁ?
「ないって――それってダメなんじゃないの⁉ だってウソ書いてるんでしょ?」
「登記上はちゃんと正規のものとしてあるの。けど、その実体がない。社員もいなければ実績もない、名前だけのものばかり」
あれか、いわゆるペーパーカンパニーってやつだ。
「……『鬼束』という家は隠塚の分家筋の中でも裏の役割を担ってきたらしいわ。古くは飢饉の際などの口減らしや禁を破った者への仕置き――表には口外できない仕事を任せられていた。そして、隠塚の本家と分家の交わりが絶えた今はこの土地に縛られず、形を変えて名前を残しいている。――わかりやすく言えば暴力団組織ね」
「え! ヤクザさんってこと⁉」
おぉ、そら、よくわかったな。
「昔ゲームで見たことあるし――じゃなくて、そんな危なそうな人達なの?」
確かにそれどころじゃないな。そんな名前出されたら、さっきの眉間を撃たれてっていうのが例えでなく思えてしまう。
「もちろん現代社会でそう簡単に銃器やらを持ち出すなんてできないはずよ。けど、相手は仮にも古くからある裏組織――警戒しすぎるということはないと思うわ」
思案するように口元に手を当てている隠塚。
……まさか怪物の次に本物の人間、しかもそんな危ない連中を相手取ることになるなんてな。
俺の平凡人生、本当に夢の向こうみたいになってるよ。
「兄にも対応は頼んでいるけれど、さすがにすぐどうにかするというのも難しいわ。当面、私達で対処することになるでしょうね」
マジか。
「といってもそこまで日はかからないはずよ。相手の正体が知れているのだから、兄にも手の打ちようはある。かかって数日……といったところかしら」
そんなすぐになんとかなるものなのか? 仮にも長く続いているらしいヤクザの皆さんなんだろ?
「そこは……こんなこと言いたくないんだけど、『隠塚』を甘くみないでちょうだい」
……なるほど。
なんか納得してしまった。
俺ですら名前だけは知っている屈指の財閥組織。その名前は伊達じゃないってことか。
「本当は兄の力がほとんどだけれど」
そう言って隠塚は苦笑している。
いやいや、むしろ一人でそれだけの力があるとかお前の兄ちゃんどんだけだよ。
「それで当面のことだけど、できる限り一人での行動は避けたほうが良いわ。最低でも二人、どちらかは戦闘に長けた人間なのが望ましいと思う」
それは妥当な判断だろうな。
そらなんかはちょっと小走りするくらいで死にそうなくらいに息も絶え絶えになる。背負ってでも連れていける奴と一緒がいいだろう。
ていうか今までと同じく俺と一緒にいるのが良い気がするな。さっきのこともあるし、一緒にいると言ったばかりだ。口にしたことは守りたい。
で、組み合わせとしては鬼脅に当たる時と同じ感じとなった。
俺、そら、隠塚。
優姉、ツバメ。
「志穂さんはどうするよ?」
「彼女は誰とは決めずに動いてもらいたいの」
隠塚曰く、自由に空を飛べる志穂さんには上から様子をうかがう監視役になってもらいたいらしい。
なのでどっちの組み合わせと決めず、その時の状況で動いてもらう、と。
「こんな状況でも穢れは待ってはくれないわ。現れるなら対処しなければならない」
それはそうだ。あっちは俺達の都合なんて関係ない自然災害みたいなもんだ。それに加えてヤクザの皆さんらしい連中にも警戒しなきゃならない。
……こいつはなかなかにしんどいな。
「私達を狙っているのが普通の人間であったとしても、いえだからこそ油断は命取りになるわ」
そして自分にも言い聞かせるように隠塚は言葉を続けた。
「力を持っているのが私達だけという思い込みをしてはいけない」
優姉達の場所を知っているかのように現れたのといい、あっちの人間に俺達が見える、もしくは同じ類の人間がいる可能性は高い。
それこそ、あの鳥羽のような奴が向こうにいるかもしれない。
「あー、いいかな?」
と、今まで黙って聞いていた母親が話に割りこんできた。
「お前達が反社会的な組織から狙われてるというのはわかったし、お前達の方針もわかった。だが狙われる可能性があるのはお前達自身だけでなくその家族や関係者も含めておいた方が良いだろう」
……確かにそうだ。自分達のことばかりだったが相手がそういった手合いなら家族や近しい人間を人質に取られる可能性は十分にある。
皇の伯父さんや叔母さん、もっと言えば淳宣やクラスメイトに危害が及ぶ可能性は高い。それに目の前の母親だって。
……そうなったら、俺は自分を抑えられる自信がない。
「そこも兄がすでに動いてくれています。朝桐先生を含めて、私達の親しい人間の近くにはすでに警護の人間が控えています」
マジか。こんな短い間に全員にか。
さすがというか、頼もしいけど怖くもある。
「なるほど。なら私は事が落ち着くまでここにいるか。あまり動き回るよりは警護の人間もやりやすいだろうしな――というわけでしばらく私の食事は大丈夫だぞ」
たまには作れよ、という台詞は言わないでおいた。
「それで私達なのだけど」
隠塚は俺とそらを見ながら、
「しばらく寝泊まりも一緒にしましょう」
あっさりと重大発言をしてくれた。




