3-11 ちょっとだけの優越感。けど最低だ
「そら!」
いきなり呼ばれておどろいた。
「そら、どうしたの?」
おきがすぐそばで、まるで焦っているみたいにわたしの両肩をにぎっていた。
あれ? さっきまでいなかったのに、いつの間に来たんだろう。
「……おき? あれ? わたし……なにして――」
思い出そうとした瞬間、反射的におきの手を振りはらっていた。
「え? あ……え、わたし……?」
自分でもわけがわからなかった。
なんで? なんでわたし今――。
おきが怖くてたまらなくなったんだろう。
「……そら?」
おきがおどろいたようにわたしの名前を呼ぶ。
その顔はさっきまでとは違って、まるでなにをされたのか理解できない――いつも落ちついたおきにはらしくない表情だった。
「ご、ごめ……わた、わたし――」
自分でもなんて言えばいいかわからなくて、おきの悲しそうな目が、まるでわたしを責めているように思えてしまって。
「おき〜そら〜! やっと見つけた――って、そら! どこ行くの⁉」
思わずわたしは逃げていた。
ゆきの声がした気もしたけど、わからなかった。
おきもわたしを止めようとしていたのかしれない。
けど、その声は余計にわたしの耳に聞こえることはなかった。
どれくらい逃げていたんだろう。
気づいたら息も絶え絶えになっていた。
あいかわらず、体力がまったくない……わたし。
まわりをよく見てみれば、さっきいた場所からそんんなにはなれた所でもない階段の一角みたいだった。
体力もなければ足もおそいわたし。
すごい距離を走ってきてたのかと思えば、ぜんぜんそんなことはない。
自分がすごく情けなくなって、その場にへたりこんでしまう。
ふき出る汗とあがった息のせいで、ちょっと気持ち悪い。
「そら! どこ⁉」
おきの声だ。
こっちに近づいてくる。
すごく焦っていて、心配してくれている声だ。
本当に?
当たり前だよ。
おきはずっとわたしのそばでいっしょにいてくれて。
でも、会ってまだひと月もたってない。
おきはいっしょに戦う仲間で。
こんなにわたしのそばにいてくれるのはなんで?
おきはわたしの友達で。
まだまだ頼りないけど、ゆうといっしょに鬼脅になってしまった人を戻せるわたしを助けてくれてる。
利用してるんじゃないか? 自分のできないことをやらせて、やさしくしてるのも体よくあつかうためだ。
『お願い! 返事をして!』
意識に伝えようとする声も聞こえた。
わたしに聞かせようと周囲に響きわたらせるような伝え方だった。
いつもならすぐにわたしの場所なんてわかるのに、今はわたしが拒否してるから見つけられないのかな?
足音が聞こえる。ちょっと急ぐような歩き方――走ってるのに近いかも。
……今は、会いたくない。
でも、おきはすぐにわたしのいる場所までやって来て――それからそばを横切っていった。
……あれ?
まるで、わたしなんてまったく目にはいらないみたいに。
どんどんその声がとおくなっていく。
「……おき、わからないんだ」
ちょっとだけの優越感。
あのおきより自分ができるような錯覚を覚えて、すぐに自己嫌悪に変わった。
……やっぱり最低だ、わたし。
それから曲がり角のそばで床にすわってちいさくなった。膝をぎゅっとかかえこむ。
さっきからスマホが震えっぱなし。
たぶん、おき。それに他のみんなからかもしれない。
けど、ぜんぜんたしかめようなんて気もおきなくて。
気づいたらチャイムが鳴ってた。
……お昼ごはん、食べそこねちゃったな。
ここに来てから何度か生徒だったり先生が通りすぎる姿があった。けれど、その誰もがわたしに気づくことはなくて、まるでわたしは存在しないみたいになっていた。
わたしは最初からどこにもいない。そんなはずない錯覚におちいりそうになる。
本当になにやってるんだろう。
ただあやまって、いっしょに戻ればよかっただけなのに。どうしてそれができなかったの?
どうしてずっと、おきへの疑いの気持ちがおさまってくれないの。
なんの根拠もないのに。
根拠はある。そもそも街について、いきなりあんな怪物に出くわして、しかも特撮ヒーローみたいな力に目覚めて変身までして。本当に偶然? そんなことがありえる? それこそ本当に画面の中の作りものみたい。
ちがう。
それに、おきは自分が同じ力を持っていることを最初隠していた。自分がずっとあの怪物と戦う役目にあったことを。
それは仕方がなかったことだよ。
それに、おきは人を――してきた。何人も。
それこそ仕方のないことだよ! だって、変わっちゃった人を戻せるのはわたしとゆうだけで――。
本当に? よく考えて。変わる姿はちがっても、元の心臓みたいな球体になるのはおなじ。感じるものを強くしたり、ひろげたり、わたしとおきの力はすごくにてる。いや、いっしょに思える。なら、人に戻せることも、本当はできるんじゃないの?
それこそ、ゆうの心臓になって変身することだって。
とまらない。考えたくない、考えるはずのない疑いの言葉がわたしの中を埋めていく。
やだ、ちがう、そんなこと思っていない。考えていない。
けど、考えていないならこんなにあふれて止まらないはずがない。
わたしの心がきしんでいく。
際限なくあふれる疑念とそれへの否定と、否定できない現実への疑い。そのくり返しがどんどんどんどんわたしを飲み込んでいく。
わたしが、壊れていく。
「そら」
呼んでくれた声と手をつつむあたたかさが、わたしを引きもどしてくれた。
膝の間にうめていた顔をあげる。
「……ゆ、う?」
のどがかれたみたいに声が出なかった。
全身にイヤな汗がじっとりとにじんでいる。
「どうした? 隠塚から急にいなくなったって聞いたからさ。そしたらこんな隅っこですわりこんでるし」
身体中が冷えきって凍えてしまいそうな心細さに、そっとおかれた手のぬくもりはすごくすごくあったかくて。
「……ゆ……う」
誰も見つけられないわたしを、ちゃんと見つけてくれた。
「ゆ゛……う゛〜〜」
ポロポロと涙がとまらなかった。
「ホントにどうした? なんでそんな泣くよ?」
頭の中がぐちゃぐちゃでなにも考えられなかった。
たださっきまでの自分の汚さとさびしさと、それからゆうが来てくれたことのうれしさがごちゃ混ぜになって。
わたしはちっちゃい子供みたいにわんわん泣くしかできなかった。




