3-10 ごめんってあやまろう。許してくれる——本当に?
「けど、別々に生まれてあんなそっくりになる? やっぱ双子なんじゃない。実は生き別れの姉妹とか」
「っていうかあの子、ちょっと調子のってるよね。同じ顔だからっていっつも隠塚さんと一緒じゃん。あれって自分が隠塚さんと同じって言いたいわけ?」
そんなことない。
「それにあの子ヒーロー好きなんだって〜」
「なにそれ?」
「あの変身とかするやつ。高校生にもなって、女の子がヒーロー好きとかないわ〜」
そんなの、関係ないじゃん。
「見た見た。この前すんごい早口でしゃべってた」
「なにそれ、きっしょ」
「しかもヒーローってあのテレビでやってる子供が見るやつっぽいよ。ないわ〜。しかも自分もなりたいみたいな顔してたし」
「マジで? 余計にキショい。あんなの作りものでしょ? いるわけないじゃん」
「そら、大丈夫?」
はっとしてかけられた声に顔をむける。
おきが心配そうにわたしを見ていた。
「なんか顔色悪いよ。もしかして体調わるい?」
ゆきもおなじ表情でわたしを心配してくれていた。
「ご、ごめん、ちょっとぼぉっとしてた。大丈夫大丈夫」
あはは、と笑ってみせた。大丈夫、ちゃんと笑えてたと思う。
ホントに? と聞いてくるゆきに繰り返し大丈夫だって言えた。
大丈夫。わたしは大丈夫。
今はあの時みたいに抱きしめてくれるお母さんはもういない。
だから、しっかりしないと。
なっちゃんにだってあまえてばっかりじゃいられないしね。
『そら、全部を聞く必要はないのよ』
おきの意識の声が直接わたしの中にひびいた。
『……聞いてたんだ』
『様子がおかしかったから……ごめんなさい』
『なんでおきがあやまるの? ――わたし、ぜんぜん気にしてないよ! だって好きなものは仕方がないんだし。――けど、おき、やっぱりすごいね。すっごい人気』
そうだ。あの子達はおきとずっと一緒にいるわたしが気に入らないんだ。
『そんなこと――』
「ごめん、ちょっとトイレ! 先に行ってて!」
ゆきには聞こえない会話をしていたわたしはそう口にして、ゆきとおきの言葉も聞かずに小走りにその場からはなれる。
……こんなの逃げたみたいだ。
友達のはずなのに、いっしょにいるのがなんで急にくるしくなっちゃったの?
……わたしが弱いから。
自分とおきをくらべて、勝手にいたたまれなくなって……最低だ。
おきはそんなこと考えてないはずなのに。
自分でおきの友達だって言っておいて、これじゃあ友達失格だ。
……戻ろう。
すぐに戻れば、すぐそこだろうし戻って、ごめんってあやまろう。
きっと――二人とも許してくれる。
「本当に?」
突然、後ろから声がした。
思わずふりかえる。
そこにいたのは男の子だ。
灰色っぽい髪をした小学生くらいの男の子。
それがわたしにうっすらと笑顔を浮かべながら、こっちを見ていた。
どうして、こんなちいさい子がここに?
明らかに高校生には見えないし、制服も着ていない。
それに見覚えが……あるような……。
「ああ、無理に思いださなくても良いんだよ。今は挨拶みたいなものだから。君とはまたちゃんと話をしてみたかったんだ」
そう言って男の子は笑みを深くする。
どうしてだろう? その顔は笑っているとわかるのに、それが一体どんな形をしているのかがまったくわからない。
わたしと……話?
「うん。君という稀有な存在がどういったものなのか、ずっと興味があったんだ」
なにを言っているのだろう。目の前の男の子が楽しそうに語ることがなにを指しているのか、わたしにはわからない。
「そうか……君は覚えていないんだね。君がどこで生まれ、一体なんだったのかを」
……わたしのこと、知ってるの?
わたしよりも年下にしか見えない男の子は意味深な笑顔をくずさない。
「知っているよ。正確にはわかっている、というべきかな。けど、今はまだ教えられない。それは君自身で知る方が良いことだと思うしね」
なに? なにを知ってるの? わたしが知らない昔のわたしを知っているの?
「そうだね、ヒントくらいはあげないと可哀想かな。――ねえ、君は君と同じ姿をした彼女が本当に何も知らないと思っているのかい?」
え? なんでいきなり――。
「いきなりじゃないさ。考えてもみなよ。君はやってきたこの街で突然力に目覚め、しかもここには同じ姿の同種の力を持った人間がいる。出来すぎじゃないかな?」
それは……考えたこともあった。
けど、おきはなにも言わないし、きっとなにも言わなくてもわるいことなんて考えてないって信じてたから。
「君は実に純粋で良い人間だね。いや、そうあろうとしているのかな? そう言いながらも君の中には彼女への捨てきれない疑いが残っている」
まるでわたしの中を見すかすような言葉。
そんな……そんなことない。
「あるさ。だって僕にはわかるもの。君と同種の存在である僕にはね」
どういう意味?
「そのままの意味だよ。どう考えるかは君次第。といっても今この瞬間を君はこの後覚えてはいないだろう。困ったことに先走ってしまった子がいてね。だから、こんな風に君の無意識の底に僕の言葉を残すような真似をしているんだ」
言っていることの半分も理解できない。
けど、それで問題ないと男の子は変わらず笑顔でわたしを見ている。
今さら気づいた。
その笑顔はまるでその表情だけをはりつけた仮面みたいだって。笑っているのに男の子の中身はなんの表情も浮かべてはいないと思ってしまった。
「まぁ、そんなことはいいんだ。それよりも――そうか、すごいね」
なにを見ているのか、男の子はわたしを見ながら感心したように声をあげる。
「最初は一つの固体に接続するのだけで精一杯だったのが、今やそこまで自身の認識を広げられるようになったんだね」
またなにを言っているのかわからない。
わたしと話をしに来たと言っていたくせに、その声は実際わたしと会話らしい会話をしようなんて思っていないように思えた。
「もうしばらくすれば、きっと君は全てを等しく還すことも可能になるだろうね」
楽しみだ。そう口にする男の子にわたしはわけがわからなくて、すこしいら立ってしまう。
「ごめんごめん。けど、そんな君も良いと思う。そんな風に押し殺したマイナスを隠さない君も素敵だよ。だから最後に僕から送る言葉はこれだ」
「君はもっとわがままになっていい」




