3-9 なんか見られてるよ! 二回目
『こちらを探っている不審な人影あり。こちらの場所を分かっていた様子に思える。一旦、隠塚の屋敷に向かう。皇も同行。再度連絡する』
チャットグループへのツバメさんのメッセージはあいかわらず簡潔だった。
それよりも気になるのは『探っている』ってところだけど――それはわたしにも思いあたるところがあった。
いつも通りマンションを出て、ゆうやなっちゃん、迎えに来てくれるのが普通になってしまったおきといっしょに学校へ向かう通学路の途中だった。
誰かに見られている。
気のせいではなくて、はっきりとわたしの感覚に伝わってくるものがあった。
『鬼』となってしばらく時間がたち、毎日の特訓会やその間の鬼脅との戦いを経験して、わたしの感覚はすごく鋭敏になっている。
目もそうだけど耳もすごく良くなったし、匂いを感じとったり味覚や肌の感覚も前よりもくらべものにならないくらいになっていた。
けど良くなったからそれが全部手放しによろこべるかというと、そんなことはなくてあんまりにも目や耳が良すぎるとそれはそれで困ることもある。
たとえば見たくないものや聞きたくないものまで見聞きできてしまったりと。……それがなにかとは言わないけど、そのせいでちょっと学校には行きづらい時もある。でも学校にはゆきもいるし、おきやゆう達だっていっしょだ。
……だから大丈夫。
それに舌が鋭すぎると苦味や渋味を強く感じてしまって今まで以上に食べづらいかも。お肉やお魚も臭いがきつくて口にしづらいし。
ついでに肌に触れる布の感触もくすぐったいというか、チクチクするというか落ちつかない。
だから制服は仕方ないにしても、中に着るものはなるべくやわらかくて締めつけがないものを選ぶようにしていた。
おきはどうしているのかと前に聞いたら、
「必要でない時は感覚を小さく抑えこむの。ずっと鋭くしていても疲れてしまうもの」
ということだった。わたしはまだ感覚をひろげることはできても、おさえるなんて器用なことはうまくできないのでもっぱら練習中。けど、そのおかげもあってかお肉やお魚は食べられるようになったから、なっちゃんに心配をかけずにすんでいる。
……わたしが食べられないって言った時なんて、この世の終わりみたいな顔で病院に連れていかれそうになったっけ。
それはともかく、話をもどすと朝から見られているような感覚はどうやらわたしだけでなく、おきもおなじだったみたいで。
気になってまわりに視線を動かしてみると、陰に隠れてはいたけどたしかにこっちをうかがっているみたいな人影を発見してしまった。
「……私が原因かもしれない。ひとまず注意して。皆にも連絡しておくわ」
学校にはいってゆうとなっちゃんと分かれた後、そう言っておきはすぐにみんなにメッセージを飛ばしていた。
どうやら学校の中までははいってこないみたいだったけど、それでもやっぱり気持ち悪い。
それでおきからのメッセージはこんな感じ。
『私とそらがこちらを監視する視線を察知しました。
念の為、皆注意をしてください。まだ確証はないけれど、恐らくは隠塚の家の問題に巻き込んでしまっています。ごめんなさい。詳しいことはまたわかり次第連絡します』
それを読んで、なんとなくこの前の喫茶店での事を思い出す。
あのぱっと見いい人そうな目がイヤな感じだった男の人。『鬼束』って言ってたあの人が原因なんじゃないかって頭に浮かんだ。
おきはまだなにも言わないけど、前よりはちょっとずつ伝えてくれるようになっててうれしい。
チャットの文面とかはかたいこともあるけど、最初から思えば大進歩だ。最初なんてチャットでもあのガッチガチの丁寧口調だったし。
おきはおきで大変だと思うしわかってはいるけど、やっぱり同じ『鬼』をやってるわたしには気楽にしてほしい。
そのためにももっとがんばらないとね!
「なーんか、最近そらともお昼いっしょできてない気がする〜」
最初の授業が終わって、やってきたゆきがわたしにだきつきながら口をとがらせる。
「そ、そーかなぁ?」
たしかに鬼脅があらわれたらお昼ご飯を食べるなんて言ってられないし、お昼休み中に教室いないこともおおかったと思う。
けど姿を変えたわたしやおきが『教室にいない』ということをみんなは気づいてすらいない、ということをおきからは改めて教えてもらっている。
さすがに最初から学校に来ていなかったらそれはわかるみたいだけど、おきがいないことに違和感を感じてなさそうだったのはそれもあったみたい。
「ん〜、なんかそんな気がするっていうかぁ〜、あたしはさみしいぞぉ〜」
そう言いながらすり寄ってくるゆきの頭をよしよしとなでてあげる。
ういやつめ〜。
わたしの様子を見て、おきは苦笑いしてるけどそれはちょっと楽しそうで。
やっぱりそんな風に普通に笑ったりしてるほうが良いなって思った。
それで今日は三人でお昼を食べようって約束したわけだけど、お昼前に鬼脅の気配を感じてしまった。
『穢れが現れます。人が変わるものではなく――皇さん、ツバメ、頼みます』
わたしがするよりも早くおきがそのことを離れた二人に意識で伝えていた。
ちなみにどこにいるのかはわからないけど、特になにもない時はツバメさんはこの学校の近くにいるらしい。
年上っぽい感じもしたし、もしかしたらこの高校の上級生だったり先生だったりするのかもしれない。それか大学にいる人とか。
正体はわからないけど、悪い人ではなさそうだからわたしはあんまり気にしてない。特撮ヒーロー好きな人に悪い人はいない! ――たぶん。
けど、優奈はちょっとツバメさんにツンツンしてるかも。
負けず嫌いだからなぁ優姉……、ってゆうは言ってたけど、ちょっと心配だったりする。
それからしばらくしてツバメさんのメッセージがきたわけだけど、ちがう心配がわきあがってきた。
優奈達がむかった先は鬼脅の気配を感じたわたしとおきしか知らない。
それに『鬼』になってる優奈達が見える人は普通にはいないはず。
なのにどうしてそんな二人がいる場所に人が――しかも二人を探すみたいにあらわれたの?
『そら、今調べているから。大丈夫、そんな顔しないで』
不安が顔にでていたみたいで、誰にも聞こえないおきの声が感覚にとどく。
おきはこっちを見ていなかったけれど、その声がやさしくてちょっとだけ安心できた。
それからは鬼脅がでてきそうな感じもなくて、無事にお昼を迎えることもできた。
約束どおり、ゆきとわたしとおきとで食堂に行く。今日はお弁当を作ってなかったわたしだけど、おきもそうだったみたい。いつも必ず作ってくるおきにしてはめずらしい。
「おきが食堂のごはんとかめずらしいね。なに? ちょっと今、お金持ち? ならおごってほしいな〜」
「ちょっとたてこんでて今朝は作る余裕がなかったの。それからちゃんと自分で払いなさい」
は〜い、と答えるゆき。冗談とおきもわたしもわかってるから、そんなゆきに苦笑してしまう。
と、他のクラスの子達が横を通りすぎていき、
「あれでしょ? 隠塚さん家の隠し子かもしれないって子。うわ〜、やっぱあれかな? 金持ちってそこら中で好き放題やってるのかな?」
はなれているはずのささやきが聞こえてきた。




