3-8 やってやったぞ! それであれは誰だ?
まさか人生で仕切もなにもない屋外で服をすべて脱がされる事になるとは思わなかった。
「良いか? 私が良いというまで絶対に振りかえるな! 絶対にだ! 脱いだ服を視界に入れるのも許さん! 絶対にだ‼」
ちょうど近くにあった山の斜面に生えた木々の中に移動し、私はこれでもかと念を押す。
「わかっている」
ツバメはすでに背を向け、早くやれと言外に言われているようだった。
来ている上半身の制服に手をかける。手が震えている。
顔は嫌というほどに熱くなっている。
当たり前だ。今まで生きてきて男性の前で衣服を脱いだ経験なんてない。
あるとしても幼い頃、父さんやゆうの前でくらいだろう。
見ていないとか、刃に変化させてから見せるとか、そんなことは関係ない。
どっちだろうが私が全裸になっていることは変わらない!
覚悟は決めた。これは私がこれからの戦いでどう立ち回っていくかを確認するために必要なことだ。そうだ、必要なことだ。この男もけして不埒な考えでこんなことを私にさせているわけではない。純粋に今後の戦いのために必要な確認をしたいと思っているだけだ。そうだ。だから問題ない。問題な――。
ないわけあるか!
やっぱり駄目だ!
アホか私は! なんでこんな木々の生い茂るど真ん中で全裸になろうとしてるんだ!
必要だとしても学校に戻って隠塚達に見てもらえば良いじゃないか。そうだ、なんでそんな簡単なことに気づかなかったんだ。
だが、結局それは私の恥を優先していることになる。平時にできないことがいざという時にできるのか。
葛藤。葛藤が私の手を震わすばかりで動かせない。
脱ぐのか? こんな所で? こんな顔も見せない男の前で?
「不公平だ……」
葛藤の末、私は思わずつぶやいていた。
「不公平?」
どうやらあちらの耳にも届いていたらしく疑問の声が聞こえてきた。
「そうだ! 例え姿を変えたとしても私が一糸まとわぬ姿をさらすのは同じこと! それなのにお前は変わらずその被り物で一度も顔を見せたこともない! 命がかかる状況でと言ったな? そんな状況であれば信頼も必要なはずだ。私が恥を捨ててこの身をさらすに値する人間だとお前も示すべきではないか?」
一気にまくしたててやった。
無茶苦茶なことを口にしているとは思いつつ、的外れではないとも考えていた。
これから共に戦い、背を任せるのであれば信頼できるかどうかは無視できない。実力が問題ないとしても正体を隠したままの相手を完全に信じるのは難しい。
しかも私達はまだ出会って日も浅い。
であればあながち私の主張は的外れではないはずだ。
「わかった」
私の言葉への返答は簡潔で、
「これで良いか?」
応じる行動も早かった。
ここまで顔を見せずに来た人間、そんな簡単に応じるなどないと思っていた。あわよくばこの場はうやむやにと打算もあった。
が、それはすべていとも簡単に打ち砕かれた。これまでけして見せることのなかった素顔が私の眼前にあった。
「おま――」
「俺はお前を信頼している」
言葉がうまくでない私にかぶせるように彼は口を開く。
「お前は自分の力を過小評価しているが、それは一つの側面でしかない。認識の仕方は多様だ。自身の在り方をもっと広げて見てみると良い」
そう言って再び頭巾で顔を隠し、背を見せる。
正直、今の言葉が何を伝えようとしているのかはつかみかねるが、
「一つ聞きたい」
これだけは聞いておこう
「何故隠す?」
そこまであっさりと私に正体を明かすのであれば、そんなもので顔を隠す必要はないのではないか。
「守るためだ」
答えは短い。
何を、とは聞かなかった。
ただその声がそれ以上の理由はないと強く伝えてきていた。
……余計に後に引けなくなったじゃないか。
意を決して、着ていた制服を勢いよく脱ぎ捨てた。留め具を外して髪もおろす。
程なくして覆うもののなくなった身体がひんやりとした木々の中にさらされる。
さすがに十月中旬も超え、日の光があまり入らない場ではいっそう寒さを感じてしまう。
「……良いな。私が言うまでけして振りかえるなよ」
「わかった」
やはり答えは簡潔だ。
それを聞き、私は己の身体に意識を集中させる。
イメージは一本の刀。
もっとも思い描きやすい形をできる限り鮮明に、自分の中に作りあげる。
それを自身に当てはめ、己をその形に作りかえていく。
意識は一つに集中し、私は私を一振りの刃とする。
断てぬものなどない。望めばいかなるものも両断する絶対なる一つ。
私はすでに人ではなく、ただ断ち切るための一刀。
「……良いぞ」
背を向け続ける彼に声をかける。
振り返った顔はやはり動かない。
だが一瞬、顔を隠す頭巾の下で、私の姿にまるで言葉をなくしたかのような感嘆の色を見せたと感じたのは、私の錯覚だったのだろうか。
彼の前にあるのは長身の一振り。
黒色の鋼は厚く、その刃先はどこまでも鋭く。
私は一本の刀となって地に突き立っていた。
だがこの身には握るための柄はなく、鍔もない。
その下の茎が剥き出しの状態だった。
「美しいな」
「う、うつ――⁉︎」
いきなり何を言い出すんだ、この男は!
「触れていいか?」
「……自分では動けない。好きにすればいい」
思っていた通り、一振りの刀となった私は一人では動けなかった。
つまり今の私は手にして振るう者が必要な状態。拒む理由もなかった。
「……あまり、乱暴にしてくれるな」
「善処する」
なんだこれは? まるで初めて夜を共にする恋人同士みたいじゃないか!
違う! 断じて違う!
そんなものではないとわかってはいるが、鋼になったはずの心臓が脈うっているのがわかる。
何故なら今の私は文字通り自らの裸体を触れられようとしているのだから。
彼の手が私の柄のない持ち手に触れ、握りこむ。
「……ぅ」
その感覚に思わず声が漏れた。
しっかりと握りしめられる、けれどけして痛みなどはない優しくくすぐったいような感覚が握られた部分から伝わってくる。
ゆっくりと地面から引き抜かれ、両手で掲げられた。
わずかに差し込む日の光が鋼に変じた私の身体に反射する。
そして、彼は私を振り下ろす。
ヒュッと音を立て、静かな木々の中、その空気を切り裂く。
続けて斬り上げ、再び斬り下ろす。
正面、袈裟、払い、突き。まるで舞のように間隙のない軽やかな動きで刀となった私を振るい続ける。
不思議な感覚だった。
その動きの一つ一つ、どのように視て、どのように聞き、どのように動いているのか。
そのすべてが握られたその手を通じてつぶさに伝わってくるようだった。
そして、続く舞を終わらせるように一際鋭く振り下ろされる。
なにもない空間そのものを断ったかような斬撃。強烈な空気を切り裂く音の反響が広がっていった。
「見事だ」
舞い終えた彼が口を開く。
その言葉は嘘偽りのない心からの賛辞。
そして、『鬼』として初めて受けた賛辞の言葉だった。
「皇、お前は俺の刃になれ」
聞きようによっては愛の告白みたいだと場違いな考えが頭に浮かんだ。
「今のお前では奴らを両断するには力が足りない。それは覆しようのない現状だ。しかし、それは俺も同じこと」
私は黙って続く言葉に耳を傾ける。
彼の言葉が単純な否定でないことはわかっている。それは彼という人間を少なからず知っていればわかること。
「俺という存在はあの不可視の存在を認識し、触れられる。ただそれだけができるに過ぎない。諏訪や隠塚のように姿を変え感覚を拡張することも、お前のように鋭い刃に変わることもできない。俺にできるのはこの身を鍛え、それをもって奴らを粉砕することだけだ」
であるならば、それはどれほど過酷なものであったのか。
「通常よりは頑強な身体ではあるが限界はある。人を取り込み形を得た奴らを相手に俺の拳では破ることは叶わない」
そして、それほどに鍛えあげてきた彼をもってしてもできぬことがあると口にする。
その現実を受け入れている。
「お前が俺の破れないものを断て」
そして、自分が為せないことを私に託そうというのか。
「私は振るわれるのが似合っていると?」
「違う。お前も俺を振るうんだ」
その言葉の意味はすぐにはつかめない。
「お前は俺の動きからその感覚を視たはずだ。それと同じくお前の感覚を俺にも視せろ。そして、俺をお前の刃にしてみせろ」
禅問答のような言葉だが、言わんとすることはなんとなく理解できていた。
してみろ、ときたか。
また試すような言葉。良いだろう、乗ってやる。
「油断するなよ。私は思っているほど正々堂々を貫くなんてことはしない」
「……かまわない」
一瞬、その声がかすかに笑っているように聞こえたは気のせいだったのか。
「それよりも気づいているか?」
やはりその笑いは錯覚だったのか、次の瞬間には元の平坦な声音で私に確認の言葉を口にする。
「探られている」
「……気のせいではなかったのか」
唐突なツバメの言葉に私は驚きはしない。
『鬼』として鋭敏になった私の感覚は遠くからこちらに近づいてくる気配に気づいていた。
今朝方も遠巻きに見られている感じはあったが、なんなんだ? 先程まではいなかったが、現れた奴らは明らかに私達を探しているように思えた。
「奴らの正体はわからない。だが、ひとまずはここを離れるべきだ」
そう言ってツバメは脱いでいた私の服一式をつかみとる。
「あ、こら!」
「状況が状況だ。服を着ている暇もない。一旦、隠塚の屋敷に向かう。そこで着ればいい」
そして有無を言わさず逆手に私を持ち直し、木々を蹴りながら、その上へと上がっていく。
さっき視界にも入れるなと言ったばかりなのに!
私の抗議の念など聞こえていないツバメは着地した枝の上から下の様子を見下ろしている。
そこには数人の人間がなにかを探すように周囲を見渡しながら進んでいる姿があった。
いずれも見覚えのない連中ばかりだ。
「見る限り、鬼脅というわけではなさそうだが……今朝方、連絡にあった連中か?」
その姿に私はつぶやくが、ツバメは黙って様子をうかがっていた。
山の斜面を生える草をわけ進む人影はいずれも特に異常のなさそうな人間達に思える。
……どうにも柄の悪いというか、雰囲気の良くない連中に見えた。
「俺達を探すように現れたな。万が一もある。行くぞ」
すぐさまツバメは枝から枝へと飛びうつり、屋敷へと向かう。
私が離れていく先程の場所に視覚を向けると、連中は変わらず何かを探している。
それはやはりタイミングからして私達なのだろうか?
仮にそうだったとして誰が、何の目的で?
それにあの不可視の怪物と同様に普通では認識できない存在となっていた私達がここにいるとどうやって知った?
疑念に答えてくれるものはない。
言いようのない気持ち悪さがわきあがるのを止めることができなかった。




