3-4 信じるか? 夢の中の彼女に会ったって
「どうしたよ? 前にも増して眉間のシワがどえらいビッグウェーブ起こしてるぞ」
淳宣に言われた言葉を筆頭に、
「……どうした? まるでこの世のものではないものを見たみたいな顔をして? まさか見たのか? いやいい! 言わなくていい! 苦手というわけではないが怪談の類は聞きたくない!」
これが優姉。
「悩みか? よければ聞こう。これでも妹の相談をこれまで何度も聞いてきた自負がある。任せておけ」
これが久遠寺。
「………………」
志穂さんはなにも言わなかった。というか寝てた。
「母はいつでも相談にのるぞー」
先に掃除してくれ。
「……諏訪君、体調が悪いなら無理をしないで」
「ゆう、どしたの?」
それから隠塚とそら。
十人十色の反応をされつつも、そのどれもが俺の様子がどうやらおかしいということには気づかれてしまっているようで。
『お前は自分が思っている以上に顔に出やすい』
久遠寺の言葉が思いがけず実証されてしまった。
それはともかく今朝目を覚ましてから自分が上の空であることは自覚していた。
……理由もわかっている。
「こうやってするのも良いね」
そう言って俺の夢の中での彼女――香坂ほずみは俺の唇に重ねた自分のそれをなぞっていた。
つり目がちな瞳が細められて、不思議な色気を感じさせる。
上にはパーカーをはおり、下はデニムのロングパンツ――いつも好んで着ている動きやすそうな服装は変わらない。
そして、なにがおかしいのかくすくすと笑いながら、俺をのぞきこんだり、横に回りこんできたり、背後に来たり、ぐるぐると俺の周りをうろちょろしていた。
「……なにしてんだ?」
「ん〜? ゆーくんを観察してるのさ。これがゆーくんか〜ってね」
よくわからない答えだ。けど、そういった言動も懐かしく感じる。
「……お前本当にほずみか?」
思わず聞いてしまっていた。聞かずにはいられなかった。
「本当にって、あたしはあたしじゃん? 香坂ほずみ。それ以外の誰でもなーい」
当然といった答えが返ってくる。が、今の俺にとっては当然ではない。
「ほずみ、今までどこにいたんだ?」
それは確認。
目の前のほずみが俺の知る人間なのだとしたら、これまで何をしていたのか?
俺のように眠っていた? それとも――。
その先は考えないようにした。
例えそうだったとしても、どうすればいいか俺にはわからない。
「どこ……かぁ」
俺の問いかけにほずみはどこか言い淀むように言葉を濁す。ふいっと背中を向けて、表情は見えない。
なんだ? 何か言えないことがあるっていうのか?
「どこって聞かれると……ちょっと難しいな〜。強いて言うなら夢の中?」
「夢の……中?」
「そ。夢。ドリーム。そこにずっといたんだ」
それはつまり……。
「俺と同じ?」
そのつぶやきにほずみがふり返る。そこには優しく笑う――俺が好きだった顔があった。
自分でも知らず、強くその身体を抱きしめていた。
「さびしい思いさせてごめんね」
ほずみが応えるように抱き返す腕に力をこめる。
夢の中であったとしても忘れない。大切な暖かさが腕の中にいてくれた。
……やばい。マジで泣きそうだ。
「ふふ……ゆーくんの泣き虫」
そうささやいて、ほずみはまた俺の唇に自分のを重ねてくる。
ついばむような重ね合いを何度も続けた。
今いる場所も時間も、全部置き去りにしてただただ目の前の体温を感じたいと願っていた。
「……ん……今日はここまで」
そう言って、ほずみは顔を離す。
「ぜーんぶ一気にしちゃうのは、ちょっともったいない。またの楽しみを作っておくのも大事だとほずみさんは思うよ」
イタズラっぽく笑って、俺の腕の中から抜け出ていく。
「ほずみ!」
立ち去ろうとするその姿を呼び止める。
「またすぐに会えるよ」
くるくると回りながら、ほずみは跳ねるように夜の中に消えていく。
気づけば、そこには俺だけが残されていた。
果たして、あれは本当にほずみだったのだろうか。
いやあの時の感触は――暖かさはちゃんと現実のものであるとはっきり覚えている。
俺と同じという言葉をほずみは否定しなかった。はっきりと聞いたわけではないが、それはほずみも眠りの中にいて、俺と記憶を同じにしているということだ。
だが、同じ夢を共有するなんて、そんなことがあるのか?
――もっと話ができていれば。
俺のわからないなにかをあいつは知っているようにも思えた。
あいつは相変わらず気まぐれなままだ。
自分が望むまま、望んだことを自由に行う。
けれど、誰かにぶつかることはない、空に浮かんだ雲みたいな奴。
俺が思うほずみはそんな人間だ。
が、突然負けん気を起こしたり、トラブルに突っ込んだり、困った奴でもある。
それでも放っておけないのは惚れた弱みということなのか。
「またため息ついてる」
知らず出ていたそれに、気づけば上からのぞき込んでいたそらが声を出す。
今どうなっているかというと、恒例になってしまった特訓会で黒装束にダウンさせられた後だ。
けっこうな蹴りを横腹にもらってジンジンとしている。
「……なんでもないよ」
「それはなんでもない顔じゃない」
疑いの眼差しをもらってしまった。
「俺ってそんなにわかりやすいか?」
この前も淳宣に疲れてる顔をしてるみたいなことも言われたしな……。
「ん〜、普通だと思うけど。ちょっとわかりやすいとこはあるかも」
それはつまり顔に出てるってことだろ。
くそぉ、なんか悔しい。
「それより本当に大丈夫?」
上半身を起こした俺にそらがちょっと心配そうに聞いてくる。
「だいじょ――」
大丈夫と言いかけて、少し迷う。
それからまた少しの間、考えてから、
「やっぱり相談のってくれるか?」
なんとなく黙っているのが気が引けて、俺は相棒にそう口にしていた。




