3-2 簡単な話、気が乗らなかった
「御目通り叶いましたこと、光栄に存じます。隠塚の分家が一つ、『鬼束』の当代の主を務めております鬼束総一朗と申します」
彼は正した姿勢を崩さぬまま、一礼をする。
見た目の印象は人の良いの青年と言ったところ。細い縁の眼鏡をかけ、髪や身なりに乱れている箇所は見当たらない。年齢は二十代半ばか後半と思える。
恐らくほとんどの人間はその姿に悪い印象を持つことはないのだろう。
静かな社の本殿に響く声ははっきりとしていて、それもまた悪印象を与えることは少ないはず。
琴音から巫への御目通りを願うとの連絡があったことを聞かされたのは、先日の喫茶での一件からすぐのことだった。
予想はしていたけれど行動が早い。
そして、巫への言伝であり仮にも分家を名乗る人間からの申し出とあっては無視をするわけにもいかないし、相応の対応が必要になる。
正直、気は乗らなかった。
山の中腹にある本家の邸宅に行くのは姿を変えればさほど苦ではないし、あの場所に行くのが嫌というわけでもない。
単純に私は今、目の前にいる彼――鬼束総一朗に良い印象を抱いてはいなかった。
身なりや礼儀が悪いわけではけしてない。むしろ私の知る中ではきちんとした作法を身につけた人間に思えた。先日はカジュアルスーツだった服装も正式なスーツとネクタイをまとった姿となっている。この場は社とはいえ、和装を求めるつもりもない。
けれど、その目。
人好きのする笑みの向こう側にある、こちらを値踏みするかのような視線。
けして、表に見せているわけではない。
しかし、その目の奥にあるぎらつきを見逃すことはできなかった。
「今代が巫を務めまする名をおきと申します。鬼束様、まずは遠路より御足労を頂いたこと、感謝申し上げます」
巫として目通りするとあれば私も正装で迎えなければならない。着慣れた白装束に身を包み、一礼した彼へと私も指をつき頭を下げる。
そばには同じく白布で顔を隠した琴音が従っている。
「然らば本日はどのような御用向きでございましょうか? 我ら本家と分家の方々との交わりはすでに絶えて久しゅうございます。しかも、すでに数少ない本家の人間たる私共しか知らぬ巫の御役目も御承知の御様子。まずはそちらから御聞かせ願えまするか?」
無駄話をするつもりはない。
単刀直入に今回の目的を問いただす。
分家の人間が本家に伺いをたてるというならば、何故当主である兄ではなく私に面会を求めるのか。しかも巫である私にだ。
それも警戒心を抱かせるには十分な理由になっている。
念の為、兄には確認を行っている。琴音にも本家の蔵の蔵書を確認するよう頼んでいたけれど、『鬼束』は確かに存在する家名だった。
そして、兄からの連絡によれば確かに家督を継いだ人間がおり、その名前は目の前の人物が名乗ったもので間違いなかった。
「――疑われるのも仕方がありません。何せこの十年、一度も交流のなかった分家の人間が現れた――警戒されて当然です」
彼の言葉に私は答えない。今は白布の下に隠した表情を見せるつもりはない。
「本日は他でもない。巫としてこの地の邪を祓われる貴方に提案をお持ちしたのです」
提案?
「それは如何様なものでございますか?」
「単刀直入に申し上げます。現代において土地を広くした杜人を貴方御一人の力で護られるのは不可能です」
……本当にはっきりと口にしてくれる。
「実際、貴方は他の力を借り、役目を果たされている状況。それ自体は過去にもあった事であり問題ではありませんが――しかし、それがあんな年端もいかぬ少年少女達に、というのが問題だ。果たしてあのような学生身分である者達に役目の責任が担えるかどうか疑問を感じてしまいます」
その言葉に私の中の警戒が強まる。
この男、こちらのことを調べているとは思っていたけれど、あの子達のことまで。
「御心配される必要はありません。必要以上の情報を得ることはしておりませんよ」
それが果たして信用できる言葉か。彼にとっての必要がどこまでによるかで変わってくる。
「御指摘、返す言葉もございませぬ。この身は未熟なれば、『鬼』となりし方々に助力を請いていることは事実。しかし、それに甘んじるつもりはございませぬ」
「では如何されると? まさか力を尽くすのみと御答えになるつもりか?」
まるで詰問のような口調。
少しずつ、自分を優位にしようとする彼の内にあったものが顔を出し始めている。
「それでは不服と?」
「当然です。この地に住まう民を護る役目を担う方がそのような不明確な言葉を口にされるのは避けられたほうが良い」
「然れど穢れを祓うにはその穢れを纏う『鬼』の身が必要。必然、私共以外に祓う術を持つ者はおりませぬ。一つお伺いいたしますが、貴方様はいずこにて穢れの名を御知りになられましたか?」
それも私が彼を警戒する理由の一つ。
役目に関しては隠塚の分家筋といえども限られた人間にしか伝えられていない。
そして、その人間達もすでに十年前にいなくなっている。
「私の祖母から幼少より寝物語として聞かされておりました。恐ろしき穢れ、それ祓う慈悲深き巫。しかし、その身は同じ穢れを受けた恐ろしき鬼である、と」
「その物語を何故現のものであると御思いに?」
「調べたのですよ、この土地に関していろいろと。――ご存じですか、この街における未解決の行方不明事件は他の何倍もあることを」
鬼束はまるでもったいぶるような仕草でかけた眼鏡を押し上げる。その動作は変に芝居がかって見えた。
「そのいずれもが届出を出した人間の不確かな供述によって、まともに捜査もされていない。それはそうだ。自分でもいるのかわからない家族を探してくれなど、警察が取り合うはずがない」
それは以前、雪路が口にしていた都市伝説と同じ内容であり、私はそれを知っていた。
少なからず、その消えた人々の一部を手にかけたのは――他でもない私なのだから。
「他にも我が家に古くからある蔵書の記述などもありまして。推論でしかありませんが――それで終わらせるにはあまりに裏付けるものが多い。そして、今日この場における貴方の言葉――それがすべて真実であると告げている」
……なるほど、私は乗せられたのか。
確かに迂闊だった。巫の名を出された段階で相手が穢れや役目のことを現実のものだと認識していると思いこんでいた。
「しかし、貴方様は『鬼』ではございませぬ。その身にてどのような御考えを御持ちとおっしゃりますか?
」
そう。目の前の男性は『鬼』ではない。
尋常の者ではない感覚はない。いたって普通の人間。
「確かに私は貴方や他の方々のように人知を超えた力などは持ち合わせてはいない。しかし、代わりに私には人の繋がりがある」
その言葉の言わんとするところはわからない。
けれど、後に続く言葉がけして好ましいものでないことは予想できた。
「仕事柄ほうぼうに人脈がありまして、中には貴方方が持つ『鬼』とやらに興味を持つ人間もいる」
ここからが本題と、その声は力を増したように聞こえる。
「これまでは巫である隠塚本家の血筋――しかも女児にのみ継がれる力と偶発的に現れる同種の存在に頼るしかない状況となっていた。故にその負担は少なからず貴方に重くのしかかっているはず」
朗々と語る声は自分の言葉に絶対の自信を持っているかのように、止まることなく言葉をつないでいく。
「それがもし――人為的に貴方と同じ存在を生み出せるとしたら?」




