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2-29 気づいたら二週間

 気づけば十月の半ば。徐々に肌寒さも強くなってきている。

 今日も今日とて、二週間程前から続く放課後になるとはじまる特訓会に皆で集まっていた。

 初回は昼集合だったが昼飯が食えないという理由により放課後となったわけだが、

「放課後のほうがみんなに変に思われないから良いと思います!」

 と主にそらが言ったところ、わかった、の一言で黒装束――ツバメはあっさりと了承した。

 時間は少ないとか言ってたわりにそんなにあっさり変えていいものなのか。

「休息も必要だ」

 というのがツバメの言い分だった。

 ちなみにツバメという名前の由来だが、

「もしかして――衣装や名前はマッハスワンのクロツバメがモデルですか?」

 という以前そらが口にしていた特撮番組内のキャラクターのことを興奮気味に確認していた。

 いやいやまさかまさか。

「よく見抜いた」

 ツバメの返答はあっさりしたものだった。

 マジか。

 けれど、どうやら着ている衣装は自作らしいし、そらと同じく特撮ヒーロー好きなのかもしれない。

 しかも、ほぼそらのマシンガントークで並べられる単語を理解してるっぽかった。ほぼ聞き役に徹してはいたけど。

 そんなツバメに同好の士を得たのがうれしいのか、そらは見た目に怖じ気づくこともなく懐いている様子だ。

 そんなわけで放課後を迎える度に俺とそら、優姉は校舎の屋上へと向かうようになったわけで。ちなみに行く時は階段なしだ。

 やっている事と言えば、とにかく実践あるのみとツバメ相手に模擬戦を繰り返している。

 俺と優姉一人ずつ向かう時もあれば、二人同時に行く時もある。が、どちらにしても俺も優姉も今のところツバメ相手に白星をあげられたことはない。

 圧倒的というべきか、経験してきた時間というのは埋めがたいというか、十年間武術で鍛え続けてきた優姉が敵わないんだ。つい先日まで眠りこけていた俺なんて指先ひとつでダウンの状態だった。

 まったくの素人である俺には詳しいところはわからないが、何やらいろんな拳法やら格闘術やらをミックスしたような動きだ――というのは優姉の言葉。

 で、隠塚もツバメに似通った感じではあるらしいが、こっちはどちらかというと合気と内家拳とかいう武術を組み合わせたものだとか。

 正直、俺にはさっぱりだ。けど、今後も考えるとそういうことも知っておいて損はないのかもしれない。

「お前は自分の力に頼りすぎている」

 そしてツバメ曰く、『鬼』としての能力に頼りきっていて、俺には本当の意味での戦う能力がないとのことだった。

 それはそうだろうと思うが、

「お前と久遠寺が一緒にいられない状況も想定すべきだ。それに今の状態で感覚を磨くことは無駄にはならない」

 そう言われるとその通りなので言いかえす言葉はない。

 今のところ俺はそらがいないとまともに戦える力はない。

 あるとすればやたらめったら身体が頑丈なくらいしか取り柄がない。それもそれですごいことではあるのだが、それだけではダメだとは俺も感じてはいた。

「勝とうとは思うな。お前が本来の能力を発揮できるのは久遠寺と共にいる時。仮に離れた状態で戦闘になったのならばただ生き残ることを考えろ」

 そんな俺への指導の言葉は実にわかりやすい。

「技術は一日二日で身につくものではない。だから、お前が今すべきは慣れることだ。戦闘自体に身体を慣れさせ、そして判断できる余裕を持て」

 とは言われても気づけば地面に倒れている状況で判断もなにもない。

「目を慣れさせろ」

 そして、それへのアドバイスは以上。そのまま模擬戦。倒され、また模擬戦。その繰り返し。

 そんな手も足も出ず、本当にこれがなにかの役に立つのかと疑ってしまう俺だったが、優姉が不満を一言も口にしないのだから俺がどうこう言うわけにもいかない。

 隠塚に続いて、ツバメにもまったく歯が立たないという結果に俺なんておよばない程に優姉は悔しいはずだ。

 十年の積み重ねを一瞬でねじ伏せられたんだ。その悔しさはどれ程ものだろうか。

 だが、隠塚との一戦から思う所もあったのか、ツバメに負けた時、優姉はさほど感情を出すようなことはなかった。もちろん悔しい表情はしていたが、黙ってツバメとの模擬戦を続けている。

 傍目から見ていて優姉は相当な実力者だと思う。『鬼』の力を得て、身体能力が向上していることも加わって半端な相手では手も足も出ないだろう。

 だが逆に言えば、実力者――本当の戦闘ってやつを経験してきた相手には分が悪い。それは俺と同じく絶対的な経験の差ってやつだ。

 覆しようのない時間の差。けれど、それをわずかでも埋めようと今も自分の身体を変化させた刀を振るっている。

 そらも変わらず志穂さんと一緒にいる。

 こっちが身体を動かす事がメインなら、あっちは瞑想というか感覚を研ぎ澄ませるみたいなことをやっているようだった。

 それからもう一人。最初の段階ではいなかった姿が屋上にはあった。

「感覚を広げて。でも強く感じようとするのではなくて、薄くひきのばすように」

 そらの前には隠塚の姿があった。

 先の一件でそらに拒絶の言葉をつげていたが、やはりあれは俺の予想通りだったようで。

 自分は巫としての立ち振る舞いをしなければならない。だけど、思いがけずそれができないこともある。例えば、巫としての振る舞いを忘れてしまうようなイレギュラーが起きた時。

 つまりはまぁ、そらにも言ったとおり照れ隠しというか。

 なんて素直じゃないんだ、と思わなくもないが立場上仕方ないのだろう。

 以前までの顔も見せないほどの完全拒否から思えば、すごい進歩だ。

 あれからそらはほぼ隠塚と一緒にいる。学校でもそうだが、自宅までの行き帰りもだ。先の一件の翌日、隠塚がマンション前に迎えに来ていた時はけっこうな驚きだった。

 それにもちろんだが、鬼脅が現れた時も一緒だ。

 人が変わったかどうかに関わらず、基本俺とそら、隠塚はセットで行動していた。最初の特訓から少し経って、自分の意思を離れた相手に伝えるという技を覚えたそらは二年の教室にいる俺にも即鬼脅の気配を感じたら伝えられるようになっている。

 俺も気配を感じたりはできないから助かるんだが、それを良いことに人にお使いを頼もうとするのは止めてほしい。まぁ、隠塚にばれて説教もらったらしいが。

 ちなみに負担を分散するという意味でも、人が変わった奴らは俺達、それ以外は主に黒装束と優姉が担当することになっている。

 現状、俺とそらでしか鬼脅になった人間を元に戻すことはできないので妥当なところだとは思うが、優姉は若干不満気なようだった。

 たぶんの能力的には劣るほうの相手を担当するのが気になったのだろう。

 が、そこは真面目な優姉。与えられた役割はきっちり果たすので問題はなかった。

 ついでに、授業中現れたりしたら、どうやって教室を抜け出す? そんな俺の疑問への解決は簡単なものだった。

 鬼脅同様に俺達が『鬼』の力を少しでも行使しようとすると、その段階で周囲には俺達が認識できなくなる。

 しかもいないということにすら気づかないようで、俺が堂々と教室の扉から出て行っても誰も咎めることはなかった。

 ちなみにそらと同じクラスになるまでは普通に隠塚もそうしていたらしい。

 ならどうして今まで教室にいなかったのかというと、単純にそらに正体がばれないようにするためだった。

 それも立場上おいそれと知られるわけにもいかなったんだろう。

 さすがにそらが来るのを知る術もないだろうし、『隠塚』の力でもそれはどうしようもできないわけだ。

 そうしてそらと合流するわけなんだが、一年と二年の教室だとけっこう距離がある。そうなると一人では窓から飛び出て壁伝いに向かう――なんて芸当は俺には無理なので必然時間がかかってしまう。

 が、それも問題はなかった。

 どうしたかというと、そらが『鬼』の姿になる時に変わるあの球体の姿のまま飛んできたのだ。

 どうやらそらは一人でも球体に変わるのは問題ないようで、そこまで高く飛んだりできるわけではないが俺がいる校舎の二階くらいまでは来れるらしかった。

「自立して動くコアってギガントロボにもあったし、なんかいい!」

 と本人も姿を変えることに抵抗はないみたいだった。

 そんな感じで気づけば二週間程が経過していた。

 時間が過ぎるのははやい。

 あれからそらは隠塚が普通に接したりしてくれていることを喜んではいるが、正直俺は急な行動の変化になにかあるんじゃないかと考えてしまう。

 鬼脅に対する時に一緒にいるのは、実力者の隠塚が俺達をフォローするという意味で納得できる。それ以外の時もそばにいるのは何か起きた時にすぐ動けるということで納得はしている。

 だが、なんとなくひっかかるというか。

 俺ってこんな疑り深い奴だったかな?

 いろいろあって、そうなってしまっているのかもしれない。

 その大半はあの母親が原因と思えなくもないが、気にしないでおく。そうしないとぶっちゃけ身が持たない。

「立て。続きだ」

 そうして俺の模擬戦がまた始まる。

 今のところ、なにか変わった感覚はない。あるとしたら多少目が慣れてきたのと体力が前より長く続くようになったこと。それにあわせて『鬼』の姿でいられる時間も多少長くなった気がしなくもない。

 が、変わらずしばらくすればまた地面に寝かされている。

「悪くはない。徐々にだが、立っている時間はのびている」

 言われるが……本当だろうか?




「なんか最近、やつれてね?」

 毎日の特訓、鬼脅との戦い、そして学校ついでに家の炊事洗濯全般をこなす俺に、昼休み淳宣がそんなことを言ってくる。

「……そう見えるか?」

「おぅ、なんか疲れてる感じ」

 どうやら端から見てわかるレベルらしい。

 せめて家事に関しては母親がもう少し協力する姿勢を見せてくれればいいが、期待はできない。

 姉である志穂さんに関しては、ほぼ起きてこないこと以外は意外にも問題がなかった。が、戦力としては除外なので良いとも言えない。

「癒しが足りないんじゃね?」

 癒し……癒しか。

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