2-25 なんでまたかぶってるんだ?
どうやらすぐ現れるっていうわけでもなく、少し出鼻をくじかれた感じがした。
『……どれくらいで変わるんだ?』
『ん〜、わかんない』
件の男性は今は公園のベンチにすわって休憩中といったところらしい。
ちなみに隠塚は気づけば元の姿でその向かいくらいのベンチにすわっている。様子を見ているのか、黙って正面を向いたままだ。。
相変わらずすわってるだけなのに、ぴんと背筋をのばした姿はなんとも様になっている。そこにいるだけでなんていうか、絵に描かれたような美しさっていうのか、そんなものを感じる。
というか、なんでまた頭にあの白布かぶってるんだろうか。
そして、その背後には――なんだあれは? 岩石というか鉱物というか、文字通り塊みたいなものが浮かんでいた。
男性は特に隠塚のことを気にかけている様子はない。というか、見えてないって感じだ。
「人避けは施しております」
どうするか迷っていた俺達に隠塚がそう告げる。なるほど、やっぱりそうしてたわけか。
『ちなみに先にやっちゃったりできないのか?』
念の為、そらにたずねてみる。
こんな待ってなくても現れる前に、鬼脅の『穢れ』ってやつを消したりできないのか?
『ん〜、たぶん無理かも。まだはっきりと現れてるわけでもないから、今やろうとしたらあの男の人が危なくなっちゃうかも』
どうにもちゃんと現れてからじゃないとダメらしい。
その答えを聞いて、俺とそらもひとまず元の姿に戻る。あまり長く姿を変えていることもできないし、温存しておくに越したことはない。
もしかすると隠塚も同じなのかもしれない。
とりあえず、隠塚のいるところの隣のベンチに腰をおろす。そらは迷っていたが、俺よりも隠塚に近い所へすわっていた。
……とはいってもヒマだ。油断しないように、と思ってはいるが緊張が抜けていってしまいそうになる。
なにもすることがない。
「なあ」
なので、ちょっと話しかけてみることにする。
「如何されましたか?」
声をかけると隠塚はこちらを見てくる。呼びかけたらちゃんとこっちに視線を向けてくれるのは、ちゃんとしたか礼儀を身につけているって感じがする。
けど、その顔を隠した白布はやっぱりその下の制服とかなりのミスマッチで、すごく気になる。
「いや、さっきから何してるのかと思って」
「穢れの気配を探っております。これまで同時に現れることはありませんでしたが、元より尋常の外のもの。常に万全を期すために努めております」
……マジか。休んでいるのかと思ったけど、そんなことはなかった。
「わ、わたしも――うぅ〜、まだ一人だとうまくいかない〜……」
そんな隠塚の言葉に自分もと目を閉じて気配を探ろうとするが、今さっき補助つきでできたばかりのこと。思ったようにできない様子だった。
また沈黙。
……会話が終わってしまった。すんなり答えが返ってくるのは良いけど、代わりに会話を続ける材料がない。
「――あ、え、えっと、おき。あ、邪魔してごめん」
「御心配なさらずとも大丈夫でございます。如何なさいましたか?」
聞かれたそらは、少し言うのをためらうようにもしながら、
「――おきさ、わたし達にはそんなかたいしゃべり方しなくていいっていうか、してほしくないっていうか」
しどろもどろにそう口にした。
なるほどな。
「そうだな。確かにそんなかしこまった話し方されるとやりづらいかも。年も近いんだしさ、もっとくだけた感じで良いだろ」
そらの言葉を援護する俺の声に、隠塚はすぐには答えない。
「今は御役目の最中。それはできませぬ」
ぴしゃりと、はっきりとした拒絶だった。
「けど、今はいっしょに戦う仲間なんだし――」
「勘違いをなされております」
すがるようなそらの言葉に、かぶせるような隠塚の声。
「私は巫としてこの場におります。故に今この場にいるのは『隠塚おき』ではございませぬ。然らば貴方様方も今は『おき』の名ではなく『巫』とお呼びください」
何がそこまで否定させるのか。
「そして、本来であれば穢れを祓う事も私が全て担うべきはずのもの。しかし、この身は未熟なれば全ての穢れを祓うには手が足りぬのも事実。故にツバメや朝桐様の御力を御借りしておりますが、本来は許されぬことでございます。今一時、皆様方の御力を御借りいたしますが、いずれは不要とせねばなりませぬ」
その言葉にはどうやっても乗り越えられない壁を感じさせた。隠れた白布の下には、あの感情を見せない冷たい隠塚の顔が見てとれてしまう。
そらは何も言えずにいた。
「しかし――穢れとなった者を人に還す技。それは諏訪様、久遠寺様、御二人にしか今はできぬこと。さすれば今しばらくこの未熟な身に御力を御借し頂くこと、御許しください。――私も奪う必要のないものを奪おうとは思っておりませぬ」
しかし、最後に隠塚はそう言葉を続けて、俺とそらに頭をさげてきた。
その言葉に、そらの表情が明るくなった。
「うん! もちろん!」
力のこもった声が響いた。
そして、それはやって来る。
変化は一瞬。
それまでベンチにすわっていた男性の姿が、わずかな時間もかけずに異形へと変わっていった。
そうなる前からすでに俺達の準備は整っていた。
隠塚が姿を変える所をはじめてみた。
球体となった隠塚はその背後にいた――まるでおおうように広がった塊に吸い込まれていく。
そして、それは一瞬の間もおかずにあの細身の黒い『鬼』の姿へと変わっていた。
その顔や姿だけでなく、『鬼』となろうとした隠塚の形はそらと同じ。いや、あの塊もセットなのだとしたら、完全に同じというわけではないが、やはり似ている。
そして、俺も球体となったそらを心臓として『鬼』の姿に変わっている。




