2-19 おねーちゃんってよぶ。それよりあいつは怒ったらこわいぞぉ
そして、今にいたる。
いや、引っ越すのが悪いとか、そんなことは言わない。
引っ越しの理由は単純。俺とそらは二人そろわないと力を発揮できないから近くにいるのが良いと判断したかららしい。
だとしてもたった数日で新しい部屋に引っ越しなんてできるものなのか? この母親、一体なにをしたのか。
それに先に言っておいても良いだろ。
部屋を変えるなら、あんな必死に掃除と片づけという死闘を繰り広げる必要もなかった。
「いやいや、お前の汗はけして無駄じゃない。最後の数日、綺麗にされてあの部屋も本望だっただろうさ」
まるであの部屋がなくなったみたいな言い草だが、俺達がいなくなっただけでちゃんと残っている。
「……ともかく、こっちではあんな汚くしたりするなよ」
「いや、あれは勝手になってたんだ」
「ゴミや洗濯は勝手に積みあがったりしねえよ!」
思わずつっこんでしまう。
ここまでの流れはまあいいとして、せっかくの新居、前みたいな汚の巣窟にされたらかなわない。
「わかったわかった。だからそうムキになるな」
「ムキになってねえよ! お願いしてんの! 俺はもうあんな大掃除したくないの! それからゴミ出しくらいやってくださいお願いします!」
ちょっとマジの懇願になってしまった。
……正座させられて、なに言ってるんだ俺。
すると部屋に響く声を出していた俺の頬を姉に軽くひっぱられる。
「もうおそい。キンジョメーワク」
「……すいまへん」
むにむにと頬を遊ばれながら、つい謝ってしまった。
「ところで……ずっと見なかったけど、どこにいたんだ――朝桐さん」
「なんで苗字をさん付け?」
気になっていたことを口にしつつ、なんて呼ぼうか迷ったあげくに他人行儀な感じになってしまった。
いや、正直今日ここまでこの人が実の姉だとか知らなかったわけで、しかもまともに話すのも今がはじめてなわけで、いやいや本当は子供の頃にはちゃんと接したりしてだろうし。
……俺は一体誰に言い訳してるのか。
「他人ギョーギ」
自分でも思っていたことを口にされてしまう。
「……志穂さん」
「さん付け」
「…………志穂」
「なんで名前?」
いや姉弟でも名前で呼びあうとこもあるだろ。たぶん。
「………………姉貴」
「おねーちゃん」
「…………………………」
「わたしはゆーのおねーちゃん」
「………………………………」
「おーねーぇーちゃーんー」
徐々に迫ってこないでほしい。
ちょっと圧が怖いよ。
「……今は、志穂さんで許して、ください」
しばらく間近で見られ、すっと離れていった。
「ゆーはテレや」
変わらずのぼやけた表情に、ちょっとすねているような不満げな様子が見てとれた。
そらは自分の兄貴と似ているみたいなことを言ってたけど、あっちよりは表情は見てとれるのでありがたい。
「久々の再会だ。照れて当然だろ」
「おかーさんもすこし家のこと手伝ってもいい」
おもしろがる母親は姉――志穂さんの言葉に真っ向から切り捨てられていた。……すいません、とめずらしく素直な謝罪を口にする。
おぉ、もっと言ってやってくれ。
「しばらくはあっちにいた」
そう言いながら、とある方向を指さす姉。どうやらさっきの問いへの答えらしい。
あっちていうと、繁華街とかもある方向だがホテルとかってわけでもなさそうだった。
そうなると後は――。
「もしかして山の方のあの屋敷か?」
あるとすれば山の斜面に建てられた隠塚の屋敷があった。
どうやら正解だったようでうなずかれる。
「ゆーが来てた時もあそこにいた」
あの時もいたのか。
「ていうかあそこでずっとなにしてたんだよ?」
「ねてた」
巫の役目を担う隠塚の屋敷に『鬼』の力を持った人間がいたんだ。重要ななにかをしていたのかと思ったが……。
「あそこのおフトンはきもちいい」
なんとも緊張感のない答えだった。
コンビニで鳥羽の変わった巨体を圧倒していた人物と同じとは思えない。
「そうだ、聞いておきたいことがあるんだ」
「どうした?」
急に表情を変えた俺になにかを察したのか、母親がたずねてくる。
「人が変わる鬼脅がいるってのは前まででわかったんだけどさ。その中で意識を保ってる奴ってどれくらいいたんだ?」
「意識を保つ――それは姿を変えた後、意識だけは残っているが身体の自由がきかない、もしくはその逆、どっちだ?」
「後のほう」
俺の言葉に考えるように無言になる。
「――私の口からはなんとも言えないな。志穂、なにかわかるか?」
「いなくはない」
話を向けられた志穂さんの答えはなんとも漠然としていた。
「わたし達ににてたのはいた」
どういうことだろうか。独特な言葉をくぎったような話し方からはすぐには意味がつかめない。
けれど、今の言葉でなんとなく気になっていたことを思い出した。
人を喰らう穢れであるという『鬼脅』。
そして、それを祓い清めるとされている『鎮鬼』。
その鎮鬼は、穢れをまとって尋常ならざる姿になる。昔話ではそう語られている。
穢れというのがなんなのかはわからない。実際、そんな不快な感覚を感じるわけでもなく、以前そらが口にしていた声が聞こえるわけでもない。
だが、もし、昔話の語りを文字通りの意味として考えるなら――。
「ひとまずは隠塚にも伝えておくのがいい。私からも一報いれておくが、お前達も直接聞かれることになるだろうさ」
浮かんだ考えを口にすることはしなかった。
確かめるのが怖かったのかもしれない。
そして、母親はまた意地の悪そうな表情を作り、
「それより覚悟しておいたほうが良いぞ。あれだけの騒ぎ――しかもあんなどでかい穴を仮にも商業施設に開けたんだ。あいつは怒ったら怖いぞぉ」




