2-18 これがお前の実の姉
「覚えているかどうかはわからないが、血をわけたお前の姉だ」
「ゆー、わたしのこと忘れた? ……はくじょー」
部屋にたどりつき、まず俺がもらったのは非難のこもった眠そうな視線だった。
なんだか矛盾した言葉だが、そうとしか言えないので困る。
それはとりあえずどうでもいい。
他にもっと重要なことがある。
まずは目の前にいる少女――明らかに俺よりも年下とわかる幼い姿の俺の実の姉。
諏訪志穂。いや今は母親と同じ姓を名のっているらしいから、朝桐志穂か。
その姿は幼い。幼すぎる。本当に姉かと疑いたくなるレベルだ。優姉も小柄で顔立ちは幼いが、ちゃんと高校生、言っても中学三年生くらいには見える。
なにも知らずに小学生と言われたら、信じてしまうと思う。
今、その姉は深くすわったソファの上で足をぷらぷらと揺らしている。
そして、なぜか俺はその前で床に正座をさせられていた。
「ゆー、コンビニはなにするところ?」
まるで小さい子供をさとしてくるような言葉。だが気怠そうにソファにもたれている姿と眠そうな声のせいで、怒られている感はまったくない。
ないはずなのだが、俺は気まずさと逆らえなさにつつまれている。
優姉とはまた違った威圧感みたいなものを感じる。
「……買い物、するところ、です?」
無意識に敬語になってしまった。
「そう。ケンカしたりあばれたりするとこじゃない」
なんだろう、この無意識に刻まれたような逆らえなさは。
俺にある記憶では目の前の人物を覚えていないのだが、その目と声で抑えられるとなにもできなくなる。
これは遺伝子に刻まれた姉への恐怖というのだろうか。
んなバカな。
「反省」
「……はい」
うなだれる俺。しかし、その言葉に間違いがないのは確かなので、どちらにしても何も言い返すことはできない。
「まあまあ、勇悟も反省しているみたいだし、それくらいにしてやりなさい」
そんな俺達を離れたテーブルからながめていた母親が助け船と声をかけてくる。
が、その顔は明らかに説教されている俺の姿をおもしろがっていた。
……悔しいが、なにも言えないので目だけで訴えておく。そのニヤニヤ顔は変わらなかったが。
「今日から家族三人、新居生活だ。あんまり怒ってやるのもかわいそうだろ、志穂」
「ん、たしかに」
そして、もうひとつの重大事がそれだ。
コンビニでの騒動から抜けだし、目の前の姉に先導されるがままたどり着いたのはそらの住むマンションだった。
到着して元の姿に戻った俺の手を、そらは強く握りしめたままだった。
コンビニでのことが相当こたえたのか、なにも言わず、顔をうつむけていた。
「おくってあげる。いこ」
そう言ってマンションに入っていく姉を追い、俺はつながれた手はそのままにそらを連れていく。
エレベーターに乗ると、無言で自分の部屋の階のボタンを押し、それから部屋の扉の前につくまでずっと口を開こうとはしなかった。
そして、扉の前になっても、そらは俺の手を握る力を緩めようとはしない。
「そ――」
声をかけようとして、突然軽い衝撃が身体にぶつかる。
手をはなしたかと思ったそらが抱きついてきていた。思っていた以上に柔らかい身体の感触と暖かい体温が俺を強く抱きしめ、顔を思い切り胸に押しつけている。
驚きつつも、俺はなにも言えず、抱きかえすこともできず、なにも言わずにすがりつくようなそらの頭を見ていた。
……少し迷って、その頭に手を置く。なんとなく安心させようと思ったのか、自分でもわからずそうしていた。
そして、しばらくすると身体を離し、うつむいていた顔は俺をちゃんと見ていた。
「ぶったりしてごめん。でも、約束だよ。一人でつっこんだりしないで。――わたし達、二人で一人のヒーローなんだから」
「もう忘れないよ。……なんだ、その、悪かった」
なんとなく照れくさくなって、視線をそらしてしまう。
よし! といって笑顔になったそらは、
「あの……たすけてくれてありがとう」
小さな姉に礼を言う。
「気にしない。また会お」
相変わらずつかみ所のないマイペースな口調のまま、姉の返事は短い。
「……なんかなっちゃんとにてるかも」
ちょっと苦笑しながらも、そらはこちらに手をふりながら部屋へと入っていった。
落ちこんでいたのを元気づけていたのが、まさか自分に返ってくるとは。
……反省だな、俺。
それからこの後どうすると姉に視線を送る俺に、返ってくるのはぼんやりと見返してくる顔だけだった。
「ひさしぶりに会って、そんなにおねーちゃんの顔が見たい?」
表情は変わらないが、少し頬を赤くしながら言われた。
「……いや、ここまで来いとは言われてたけど、それからどうすれば良いか聞いてないんだけど」
先導するものだから、てっきり知ってるものかと思っていたが違うのか?
すると得心がいったのか、ああ、と声をあげた。相変わらず抑揚がなくて、緊張感がない。
「じゃあいこ」
そして、すたすたとエレベーターへと向かっていく背に俺も続く。
今いる階よりも上のボタンを押して、着くまでしばらくの無言。向こうは気にする様子もないが、俺は覚えてもいなかった十年ぶりに再会したらしい姉を前に気まずさしかない。
思えば目を覚ましたあの日、駅のベンチで会った時からいやそれよりもずっと前から、俺のことを向こうはわかっていたみたいで。
それも余計に気まずさに拍車をかけていた。感じているのは俺だけみたいだが……。
そして、連れられた先、七〇七の部屋の扉の前で、
「ついた。今日からここがあたらしい家」




