2-15 びっくりしてたら怪獣バトルがはじまってた
そこにわたしの知っているゆうはいなかった。
見たこともないような無表情で、冷たい顔をしたゆうの姿に、こわい、って思ってしまった。
突然わたしを捕まえた男の人を殴り飛ばして、振りむいた顔は、同じ顔のはずなのにまったくの別人のようだった。
それにその時、ゆうの腕は真っ黒で、あの腕であんな力いっぱい殴ったりなんかしたら、普通の人なら死んじゃうはず。
それに気づかないはずがない。
あの時、ゆうは本気で、そのつもりで殴りとばしたんだ。
その事実と、突然知らない誰かから向けられた悪意が心の底から怖くて、すぐにでも変身してあの女の子を助けに行かなきゃいけないのに。
わたしはゆうの心臓になることができなかった。
自分がそれまでどうやってゆうとつながっていたのかがわからない。
どうやってあの姿になれていたのか、思い出せなかった。
「おねーちゃんにまかせて」
ぼんやりとながめるゆうの身体を必死で揺すり、やっとこっちをむいてくれた時――そんな声が聞こえた。
その時には怪獣みたいな姿になったあの男の人の身体はまた吹っ飛んでいて、
ゆうを見ていた女の子も、人の姿ではなくなっていた。
ちょうど心臓の大きさくらいのリングのよう。
真ん中に穴の開いた大きなリングと、それを囲うように何枚も――人一人分くらいの大きさをした硬そうな板が宙に浮いていた。
板は上下両端が鋭くのびていて、広げられたそれはまるで羽根みたいにも思えた。
それはさっきまでのあの女の子。
その変身した姿だとすぐに感じとれた。
『くそがぁぁぁぁぁぁ‼︎‼︎』
頭の中をゆらすような大音声。
けれど、それはわたし達の感覚にだけ響いて、実際にはなにも聞こえない。
『あばれるやつにはちょっとオシオキ』
緊張感のない声が響いたと思ったら、リングの羽根の一部が突然飛び立つようにはなれて、そして怪獣の脚に突き刺さった。
絶叫。太くて硬いはずの脚を、鋭い羽根はなんなくつらぬいて、固いコンクリートにぬいつけてしまう。
それだけでは止まらず、思わずついた怪獣の両腕もつらぬき、がっちりと地面に固定される、
普通ならあんなの痛くて死んでしまう。
でも、普通じゃない怪獣となった男の人は叫びながら、まだちゃんと生きている。
「だ、だめ!」
思わず声がでる。
『だいじょーぶ。ちょっと痛くするだけ』
まるでわたしに答えたみたいな言葉。
でも、あんなのちょっとには思えない。
『いてぇぇぇぇ!⁉︎?? がぁああああぁぁぁ‼︎』
泣いているような、怒っているような、ごちゃ混ぜになった感情が鳴りひびく。
その叫びと、目の前の光景にまた身体が震える。
思わず、ゆうの腕をつかむ力が強くなる。
ゆうはまた呆然と目の前の光景をながめている。
怪獣が束縛から抜け出そうと暴れはじめる。けれど、つきささった羽根はしっかりとコンクリートの地面にも食い込んでいて、両腕と両脚をつらぬかれた怪獣はバタバタと身体を揺らすしかできない。
『やめておいたほうがいい。痛いだけ』
『うるせぇぇ! とっとと、このふざけた板きれ抜きやがれぇ‼︎』
忠告を聞く様子もなく、ジタバタと暴れる怪獣。
するとまたリングの羽根の一部が飛び立って、ものすごい速さで怪獣の身体に向かっていく。
――だめ! 今度こそ本当に――!
声を出す暇もなかったその瞬間、甲高い音を立てて、リングの羽根が震わされていた。
それまで怪獣を圧倒していたリング――あの女の子がさらに打ちあげた羽根を自分を守るように広げていた。
また硬いもの同士があたるような音が響く。一度でなく何度も続く。
それからすぐにわたしとゆうがいる場所まで 飛んできて、まるで守ってくれているみたいに羽根を広げた。
それから何回か音がつづいて、しんと鳴りやんだ。
羽根が動いたと思ったら音がして、その度にびくっとなって思わずゆうにしがみついてしまう。
しばらくして音が響かなくなって、あらわれた時と同じように突然周りをおおっていた羽根が消えていた。
目の前には元の姿に戻った女の子がいた。
わたしより年下みたいな外見。とこよりも年下、ヘタしたら小学生って言われても信じちゃうかもしれない。
けど、ちがう。
『おねーちゃんにまかせて』
その言葉の意味を理解できてしまう。
ちっちゃい頃のゆうといっしょに映っていた血のつながったお姉ちゃん。
気づけばあの怪獣の姿はどこにもなかった。
あんな大きな身体がどこに消えてしまったのか、辺りにはもうあの感覚はなにもない。
怪獣がいたはずの場所には大きくえぐられたコンクリートが残っているだけだった。
「ゆー」
名前を呼ばれて、びくっとゆうの身体が震えた。
「めっ」
まるでちいさな子供をしかるみたいな、でもぼんやりとした目と口調のせいで迫力なんてまったくなかった。




