2-13 コンビニに寄っただけ。だけだったのに
さてそれから途中にあったコンビニに寄って入る。
ちょっとした生理現象。トイレに行きたくなった。
「行ってら〜」
俺を見送るそらの声を背にそそくさと奥のトイレへと向かう。
気づけば日もだいぶ傾いて夜も近い。
鬼脅の気配をそらが感じている様子もなく――実は昼過ぎにあったらしいが、それは人が変化したものではなくすぐに消えてしまったらしい。
「たぶんおきがやってくれた」
そういうそらの表情はまた暗いものだったが、すぐに元の調子に戻ったので俺もなにも言わなかった。
本人が相談してきたらその時に話を聞けばいいだろ。
ふと向かう途中の雑誌棚のところに小さな姿を見つける。
背丈から見て中学生か小学生か、橙子と同じくらいか下に思える。学校指定らしいジャージっぽい姿で顔の真ん前に雑誌を広げている。
……あんなに近づけて読めるのか? 顔が隠れるくらいに間近に見ていて、気になる。
それに見た感じ女の子っぽいし、外も暗くなってきた時間に一人で大丈夫だろうか。
治安は良いとはいえ、けして善良な人間ばかりというわけでもない。
ふと朝のニュースでやっていた事件を思い出す。
杜人の市議会議員の男性が突然現れた男に襲われたとか。自分は息子だと主張して、それを否定した議員に飛びかかったらしい。その後、襲った男は逃走。議員は重傷で病院に運ばれた。
人通りの多い街の中で起きた事件らしいが、誰も止めることもできずだったとアナウンサーが読み上げていた。
刃傷沙汰が起こるなんて滅多にないせいか、ニュースだけでなく、杜人の地方新聞とかでも注目されていたようだった。
なんてニュースをスマホをながめている時に目にした。
そんなこともあってか雑紙に夢中な小さな姿が気になりはしたが、変に声をかけることもできないのでともかく目的を達する。
たまっていたものを出しきり、手洗い場で水を流した手をふいていると悲鳴がした。
そらの声!
咄嗟に飛び出した先に、そいつはいた。
「よぉ、少し見ないうちにお前、浮気なんてしてやがったのか?」
嘲るような、楽しむような、こちらを馬鹿にする視線が俺を見ていた。
短く刈り上げた頭はソフトモヒカンのようで、耳には無数のピアスがつけられている。派手な顔の飾りに負けず、だぼだぼのジャケットやパンツには無数の銀色に光るアクセサリーがじゃらじゃらと音を立てていた。
だが、ありえない。
いるはずがない。
「一途なフリして、こんな女ひっかけてやがるなんて――香坂が知ったらどう思うだろうな?」
たとえいたとしても知っているはずがない。
「えぇ? 諏訪よぉ」
あいつが俺の彼女だったことを知っている人間がいるはずがないんだ。
緊張が否応なく、全身にめぐる。
こいつはやばい。
言葉にできない危険信号が脳内いっぱいに響く。
なによりそこにいるのが、こともあろうに『鳥羽慎二』だということが最悪だった。
「なに変な顔してやがる? まさか……お前も俺を知らないとか言いやがるのか?」
それまでいやらしい笑みを浮かべていた表情が怒りに変わる。
そして、その腕は捕まえるようにそらの首に回されていた。
無意識にこもった腕の力に、そらが苦しげにうめいている。
「今すぐその手を離せ、鳥羽」
俺がその名前を呼ぶとまたも笑みを浮かべる。
「良かったぜ、お前はちゃんと覚えててくれたな。聞いてくれよ、どいつもこいつも俺を知らねえってふざけたこと言いやがる。クソ親父まで俺みたいな息子いないとほざきやがった。――だから、ちょっとカッとなっちまったよ」
そういえば、ニュースで襲われたと言われていた議員の名字は――『鳥羽』。
なにがおかしいのかクツクツと笑うその背後に、倒れる姿を見つけた。
このコンビニの店員らしい男性が倒れている。殴られたのか鼻血を出し、その顔はひどく腫れていた。
「それでサツまで来やがったから仕方なくフラフラしてたら、お前がいるじゃねえか。しかも俺の知らない女と一緒にだ」
わざとらしく捕まえたそらに顔を近づける。そらはぎゅっと目をつむりながら顔を背けている。その身体が震えているのは離れていてもわかった。
「……いい女じゃねえか。顔はまだガキっぽいが、身体のほうは良さげだ」
下卑た表情浮かべ、値踏みするようにそらの身体に手を這わせる。言葉にならない悲鳴がそらの喉を震わせている。
「止めろ」
知らず言葉に怒りが滲む。脳内が沸騰するように、目の前が赤く染まりそうだった。
やばい、マジできれそうだ。
「良い顔じゃねえか? 思い出すな、あの時と同じだ。香坂に手を出した時と同じ――」
気づけば、その顔面を殴り飛ばしていた。




