2-8 同い年だったよ
そうして研究室を出た巫の後を追い、俺達も研究室を出る。
優姉はすぐさま後に続き出ていったので、その後ろを俺とそら、巫に連れ添っていた女性が続く。
「後は勝手にやってこい」
母親は行くつもりはないようでひらひらと手をふっていた。
「あまり触れすぎるとそちらに引っ張られてしまうからな」
そんな気になることを言っていたが、どんどん進んでいく優姉達を追うためにすぐに俺も部屋を後にした。
「そうだそうだ、帰りは久遠寺兄妹のマンションに迎え〜」
思い出したような声が後ろから聞こえたが、それはともかく置いていかれる前について行かないとな。
どこに向かうつもりなのか、巫は迷わず研究室棟から外に出て、まだ人の姿も残る大学の敷地内を進んでいく。
「諏訪様、久遠寺様、私は隠塚にお仕えしております桃李琴音と申します。名乗りが遅れましたこと、ご容赦ください」
俺達にならんで歩いていた女性が歩みはそのままに、軽く頭を下げてきた。
いわゆる和服美人というのか。着ているそれはけして派手ではないものの、落ち着きある雰囲気と穏やかな人柄を感じさせるたれ目がちな瞳と顔に合わさって、その人の魅力を引き立たせている気がした。
「……ども、諏訪勇悟です」
「ご丁寧にありがとうございます。ご心配なさらずとも存じあげております」
いや、別に心配してるとかそういうわけじゃないんだが……。
「あ〜、ゆう、照れてる〜」
隣でそらがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている。
「照れてねえよ」
「ウソだ〜。そっかぁ〜、ゆうはこういう人がタイプか〜」
……めっちゃからかってやがる
「ふふ、そのように思って頂けて光栄に存じます」
女性――琴音さんは俺とそらの様子を見ながら、楽しげに目を細めている。
その仕草も様になっていて、なんとなく視線をそらしてしまう。
そんな俺をそらは余計にのぞき込んでくる。
「……うるせえ。別に俺の彼女は年上でも下でもない、同い年だったよ」
口にしてからしまったと後悔する。
そらがポカンとのぞきこむ姿勢そのままに見上げてくる。
やっちまった。
つい口に出て、すぐさま黙るがすでに遅い。
はっきり聞かれた。
わざわざ言うつもりもなかったし、夢の中の彼女なんて……言えるわけがない。
あいつがこの現実にいないことはわかってる。少なくとも俺のクラスにはいない。どちらにしても夢の中でのこと、仮に実在する人間であったとしても俺との関わりはない。
だから、それで良かったし必要がなければ口にするつもりもなかった。
……呆れるほどに単純だな、俺。
こんなからかいに思わず口に出るなんて。
母親はないがしろにする必要はないと言った。俺もそのつもりだ。
けれど、あくまで夢は夢。実際の現実に持ちこんではいけない。
そう言いつつ、優姉とのことはなんなんだと言う話だが、一応眠る前から関わりはあったわけで、そこはノーカン。細かいことは気にしないでおく。
「ゆう、彼女いたんだ。初耳」
聞いておいて無視するのも不自然と思ったのか、そらが続ける。
「元な」
「どんな子?」
どんな子、か。
「なんていうか、とにかく勢いだけというか、前向きというか……」
「なにそれ? もっとあるでしょ?」
もちろんあいつの良いところも悪いところもよく知っている。けれど、なんというか気恥ずかしさが湧き出てきて、言葉を濁してしまう。
けど、思い返してみると、なんとなくそらと似た性格をしていたようにも思える。
もちろん見た目はまったく違うが、あの危なっかしい前向きさとか勢いだけでつっこんでいくスタイルとか。
とは言え、あいつは人見知りはしてなかったな。
「ん、わかった」
そんな遠くもない記憶を思い返していると、そらが突然そう口にして前を向く。
「ゆうの顔見てわかった。きっと彼女さんのこと大事だったんだなって」
そう言って浮かべる笑みはやっぱり悪戯っぽく、けれどけして意地の悪いものではなかった。
「……そんな顔にでてたか?」
「でてたでてた――大切だったんだね」
そうだな。大切だった。
それきりそらはそのことに何も言わなかった。
……なんだかな、俺、こいつに助けられてばかりかもな。
俺の記憶をただ受け入れてくれたそらの言葉は、俺のどこかに刺さっていたトゲみたいなものを、ひとつ抜き取ってくれた気がした。
「お二人は仲がよろしゅうございますね」
気づけば琴音さんが俺達の様子を微笑ましいとばかりに眺めている。
「相棒ですから」
そんな琴音さんへのそらの答えは変わらず迷いがなかった。




