1-42 素手でたたかうヒーローなら——!
必死に意識の手をのばす。こぼれおちていくゆうの意識をつかもうとする。
バキン!
そんな音がした気がして、目の前でクロツバメさんがゆうの肩につきささった刃をその拳で叩き割っていた。
そして、これまでで一番の一撃なのか、鬼脅に叩きこんだ掌底がその大きな身体を吹き飛ばす。
「助けると口にしたな」
変に低い声。まるで無理やりそんな声をだしているみたいな、不自然な話し方だと思った。
それまで一言も口にすることのなかったクロツバメさんがわたし達に背をむけたまま、声をかけてきた。
「あれは口だけか?」
短い言葉。けれど、それは誰よりもわたしの相棒を起こすには十分な一言だった。
「……んだと?」
うめくような声だったけど、わたしとゆうの感覚がまたつながっていくのをはっきりと感じる。
「ふざ、けんなよ。誰が……口だけ、だって」
気を抜けば力のぬけそうな身体を、歯をくいしばりながら立ち上がる。
わたしにはできない、ゆうの本当の本気の意思。
それが広がっていく。
身体はボロボロのはずなのに、わたしに流れこむのはむしろみなぎるような意思の力。
「俺は自由に動く。そちらも好きに動けばいい」
立ち上がったゆうの気配を感じてなのか、クロツバメさんは短くつげて、目の前の鬼脅にむかっていく。
「あいつ……なんかめっちゃむかつく」
めずらしく、ゆうがそんなことを口にする。
なんやかんや悠子さんにも見せたことのなかったような本気のイライラを感じる。
「むかつく……だから、絶対に助けてやる。やるぞ!」
まかせて!
ゆうの声に応じて、わたしは全力で感覚の目を広げる。
視覚を、聴覚を、触覚を、嗅覚を、感じられる五感のすべてを使って、鬼脅の動きのすべてをゆうに伝える。
身体はボロボロで、本当は倒れていてもおかしくない。
本当は止めなくちゃいけない。けど、ここで止めたら、きっとずっと消えない痛みがゆうに残る。
だから、わたしもゆうの強い強い意思に応えたい。
わたしの声じゃダメ。苦しくて、悲しくて、自分を責めてばかりのあの子に届けなきゃいけないのは私の声じゃない。
そして、それを届けるためには、暴れまわる危ないその凶器をなんとかしないといけない。
意思がめぐる。ゆうの意思が心臓であるわたしに流れ込んで、それが身体であるゆうに循環するように流れていく。
それはめぐる血液にように、全身にエネルギーを送る。
クロツバメさんが突進しながら、せまる触手の刃を何本も叩きおっていく。
けれど、何本叩きおったとしても、このままじゃまた修復されてなにも変わらない。
「なら、一気にぶち壊す!」
ゆうの意思がわたしに伝わる。
全身にめぐるわたし達の意思が今までにない力をみなぎらせてくれる。
こんな時。追い込まれて、追い込まれてピンチな時こそ、一発逆転のアレをする。
しかも、素手でたたかうヒーローなら、これが一番!
かけ巡る力を一箇所に集めるように束ねていく。
暴れるようなエネルギーを逃さないように、はなつ姿勢はぬいつけるように片足をしっかりと踏みしめる。
残った脚はここまでの勢いのすべてをのせて、そして束ねた溢れ出そうなわたし達の意思の力をのせて!
渾身の、必殺キィぃぃック‼︎
なぎはらわれて、ことごとく砕け散っていく。
無数にあった鬼脅の刃達がボロボロと破片となって舞っていく。
止まらず、踏みしめた地面を蹴って、今や守るもののないむき出しの本体に手をのばす。
しっかりとつかむ。
今度こそ、ちゃんと伝える。
今度は、わたしじゃなくて、ゆうの意識を、思いを、わたしという器を通して流しこむ。
だめ。だめだ。来ちゃだめだ。わたしはだめな姉だ。家族のことを忘れて、あまつさえ拒絶して、どうすればいい? なんて声をかければいい? どんな顔をして会えばいい? ごめん。ごめんなさい。ずっと忘れていて、気づけなくて、ごめん、ごめん。
別になんでもないよ。
そんなことあるはずない! あんな悲しい顔をさせて、帰る家を奪って。
それはなんとかなってるよ。人間、案外どうとでもなるみたいでさ。
お前が死んだと言ってしまった。本当は違うのに。そんな大事な事も忘れていた。
思いだしたなら、それでいいだろ。
もう大切な誰かを失いたくない。そう思って、強くなろうとした。けど結局は弱いままだ。
そんなことない。俺の知る中では最強クラスだ。
私なんて、姉失格だ。自分で言っているだけで姉でもなんでもない。
……そんなこと言うなよ。それは俺がつらい。
どうして?
だってさ、
なにがあったって、優姉は俺の姉ちゃんだろ?
つかんだ!
わたしの感覚にはっきりと伝わる。
届いたゆうの声を通じて、ちゃんとそこにいる女の子の手を握る。
まだ震えて、おびえているような感覚もある。
けど、ちゃんと聞いてくれた。届いてくれた。
大丈夫。怖くても、悲しくても、ちゃんとゆうはここにいるから!
一気にひきあげる。
底に底に沈んでいた意識が、はっきりと浮き上がる。
バキン。
その音といっしょに鬼脅の身体にヒビがはいり、女の子の身体が落ちてくる。
ゆうはしっかりとその小さな身体を受け止める。
あったかい。ちゃんと生きている。
中身を失った鬼脅は形の定まらないぼんやりとした姿に変わっていく。
その姿は次の瞬間には塵となって消えていた。
クロツバメさんの一撃が残ったその欠片を粉砕してくれていた。
「見事だ」
また短い一言だった。
けど、それだけでなにか伝わってくる気がした。
「当たり前だ」
ゆうは憎まれ口のように答えをかえす。
なんだか気に入らないのか、そうじゃないのかよくわかんない。
そうしてしばらくして、悠子さんがわたし達を迎えにきてくれた。さすがに変身の限界を迎えて、元の姿になったゆうはやっぱりボロボロだった。
わたしはつらぬかれていた肩の傷が気になってしょうがなかったけど、見ると傷はほとんどふさがっていた。
他の切られたところも、まだ血はにじんではいたけど、かすり傷みたいになっている。
これも『鎮鬼』の力なのかな?
たしかに疲れきった様子だけど、ただ体力を使いきっちゃったって感じに見える。
ヘトヘトのはずなのに、ゆうは抱きかかえた自分のお姉ちゃんをしっかりと離さないようにしていた。
なんか、やっぱりすごいな。
夢の中で見ていた記憶で本当じゃないけど、ゆうにとってはたしかにある大切な思い出。
血のつながりがなくたって、夢でしかなくても、本当に大切な家族なんだ。
それで悠子さんの車に乗せられて、わたし達はその場を後にした。
クロツバメさんはなにも言わずにわたし達がいなくなるまでいっしょにいてくれた。なんだか守ってくれていたようにも思えた。
見た目は悪役だけどきっと悪い人じゃない。
それに、あの巫の人だって。
悠子さんを待っている間、周囲には不自然なくらいに人の姿がなかった。
きっと、それはあの人がそうしてくれたんじゃないかなと思う。なんとなく、そんな感覚があったから。
今度、お礼言わないとな……。
そんなことを考えながら、わたしのまぶたもゆっくり重くなっていく。
いろいろあって、長い一日。わたしのまだみじかい人生史上で最大だったかも。
けど、よかったね。
ね、ゆう。
助手席からチラリと見ると、後ろには身を寄せ合って眠る小さなお姉ちゃんと大きな弟がぐっすりと眠っていた。
そんな二人をうらやましく思いながら、気持ちのいい車の揺れにつられて、わたしも眠りに落ちていった。




