1-41 あれが俺の姉ちゃんっていうのかよ
ゆうもわたしの声とほぼ同時にかけだしていた。
クロツバメさんの一撃にひるんだ鬼脅の背後から一気に近づく。そして、刃物でおおわれた中にある本体らしい塊に腕をのばす。
『……っ!』
切られたような痛みの感覚がはしる。
つっこんだ腕が鬼脅から生える刃物に切られ、傷となっているのがわかる。
けど、ゆうはかまわずがっしりと本体をつかみとる。
本当は無理はさせたくないけど、ごめん!
触れたところから一気に感覚をのばし、広げる。
変わってしまった姿の底にあるはずの誰かの意識を探す。
どこ? どこにいるの?
——れ?
いた。声をつかむ。
大丈夫。すぐに助けるから。だから、すこし待ってて。
た——ける?
そう。だから、あなたもがんばって。
ダメだ。
それは拒絶の意思。
のばした意識がまるではじかれるように進めなくなる。
どうして⁉
ダメ、なんだ。わたしはダメなんだ。ごめんな、ごめん。
なにかにあやまるような声。どうして、なににあやまっているの。
あやまることなんてないよ。帰ろう? いっしょに帰ろうよ。
かえ、れない……わたしは、うばってしまった。あいつから、だいじなかえる家を。だからダメなんだ。
ごめん。なにもできなくてごめん。よわくてごめん。ごめん。ごめん。
まるで泣いているみたいな声の感覚にわたしは戸惑ってしまう。
ダメ。これじゃあ引きあげられない!
ごめん、ごめんな、ゆう。
え?
なんで、ゆうの名前——?
『そら! まだか⁉』
感覚の中でさけぶゆうの声に引き戻される。
『ダメ……なんで、戻りたくないって思ってる。なんで、なにをあやまってるの?』
わたしの声に失敗を悟ってはいたけど、ゆうは鬼脅の本体をはなさずつかもうとする。
けれど、クロツバメさんの一撃から修復した触手の勢いに仕方なく、手を離し、逃れるように飛び退く。
刃物の身体につっこんでいたゆうの腕は、変身して簡単には傷つかない硬さになっているはずなのに、ところどころが切り裂かれたようになっていた。
……ごめん、ゆう。
『お前まで謝ってる場合じゃないだろ。それで、どうした?』
さっきの事をかいつまんで伝える。
『俺の名前を知ってる?』
ゆうは驚きの声をあげる。
『うん、ゆうの事を知ってる人だよ。ごめん、て。ずっとあやまってた。泣いてるみたいに』
『……他になにか言ってなかったか?』
『うばっちゃったって。かえる……帰る家、をうばっちゃったって』
帰る家……そうつぶやいてから、ゆうはなにかを気づいたのか息をのんだ感覚がわたしにも流れ込んでくる。
『……優姉?』
雪崩のようだった。
つぶやいたゆうの言葉と一緒に、たくさんの記憶が流れこんでくる。
小さな男の子と女の子。男の子はその家にあずけられて、女の子は本当のお姉ちゃんみたいに一緒に暮らして、過ごして、おじさんもおばさんも女の子も本当の家族だった。
大切な家族。
夢でしかなかった家族。
お前は死んだと拒絶された。
苦しい。悲しい。
けど、それでも、その記憶は消すことなんてできなくて。
だから、だから、ゆうはたとえ家族でいられなくても、その人達を傷つけるものを許せない。
『ゆうの……お姉ちゃん?』
『……見たのか?』
『ごめん……見えちゃった』
すこしだけ気まずい。今のはきっとゆうにとって、とても大切ですごくつらい記憶。
そんな大切なものを勝手にのぞき見されて、うれしいはずなんてない。
『いい……大丈夫だ』
けど、ゆうは責めたりはしなかった。
威嚇するようにクロツバメさんだけでなく、わたし達にも敵意をむけてくる鬼脅にしっかりと視線を向ける。
「なんでとか、気になることはあるけどな。あれが優姉だっていうなら、余計に見過ごせない。絶対に助ける」
感覚の中でなく、はっきりと声にだすゆうの声は力強かった。
恐ろしい。怖い。そんな揺れる気持ちがあるのも心臓になっているわたしには感じとれる。けど、それもふくめてゆうはしっかりと立って、立ち向かおうとしている。
やっぱり、ゆうはヒーローみたいだ。
「おい、そこの!」
そして、ゆうはまたクロツバメさんに声をかける。
「そっちがどうしようとしてるのか知らないけど、俺はこの人を絶対に助ける。だから、あんたには協力してもらうぞ」
クロツバメさんは答えない。それにこっちを見てもいない。
「——そうかよ。なら勝手にやらせてもらう」
刃物の雨が繰り返される。
上から、右から、左から、下から、前から、後ろから、斜め上、斜め下、切り裂くように、貫くように、薙ぎ払うように、何度も何度も、拒絶の意思がわたし達に降り注ぐ。
いくつかの刃がわたし達の身体を切り裂く。焼けるような痛みの感覚が共有されて、悲鳴がでそうになる。けど、けど、こらえる。
痛いけど、痛いけど、ゆうは、ゆうのお姉ちゃんはもっと痛いんだ!
クロツバメさんも、わたしとは違って、かする寸前でふれれば裂かれる雨を避け、何度も一撃を重ねて、防がれても何度も何度も放ち続けている。
そうして、また何枚のも刃がパキンパキンと砕かれ、鬼脅の動きがにぶる。
今!
ゆうが地面を踏みしめ——ようとして膝がくずれる。
「——っ!」
まさか、限界⁉︎
『ゆう‼︎』
「まだ、だぁぁぁあ!」
力の限り、叫びながら脚に力をこめる。
そうして、走ったのは肩を貫かれるするどい痛み。
目の前が見えなくなる。砂嵐のような雑音とつながっていたはずのゆうの感覚が遠くなっていく。
ゆう、ダメ、まだ——!




