1-40 ク……クロツバメだ!
ぞくり。
屋敷の山からおりる道半ば、悠子さんの車に揺られるわたしに今日三度目の悪寒がはしった。
……うそ。こんな続けて?
「……またか?」
わたしの様子をゆうはすぐに察してくれた。
「今日は多いな。二体目か」
「……ちがう、三回目——ゆう、すぐ行かなきゃ、今のは誰かが変わっちゃったやつだよ!」
「……君はすべて感じとっていたのか? まだ数日だというのに、あの巫と――」
悠子さんの問いかけを聞いている余裕なんてなかった。
すぐにわたしはゆうへと意識をのばす。
球体となったわたしがゆうの心臓の場所へと吸いこまれていく。
そして、身体となったゆうはすぐさま車のドアを開けて、走っているなんて関係ないと飛びあがった。
「……運転中に出るのは危険だぞ」
悠子さんの呆れたようなつぶやきが広がった感覚に聴こえてくる。悠子さんにはわたし達のことはわからないはずなのに不思議だ。
ごめんなさい! でも今は急がないと!
『さっき三回目って言ってたよな。前のは大丈夫だったのか?』
『うん。こっちにくる途中の時だったんだけど、あれは誰かが変わった感じのやつじゃなかった。それにすぐ消えちゃったから』
『お前、どれぐらいの距離までわかるんだ?』
『そんなのわかんないよ。なんか、ぞくっと来て、なんとなく場所がわかる感じ?』
『たしかに今もそんな感じか』
今もわたしが感じてとっている寒気はゆうにも伝わっている。けど、どこまで遠くまでわかるのかなんて、試すこともできないしわからない。
そんなことより今は急ぐ!
了解! とゆうは山の斜面を一気に駆け下りる。舗装された車道をそれて、近道とばかりにならぶ木と木の間を蹴りながら進んでいく。
前よりも身体であるゆうは動きが良くなっていると思う。慣れてきてるのかもしれない。
『ゆう、無理はしないで。わたしもがんばるから!』
おう、と短くゆうは答える。今のところは大丈夫そうだけど、多分長い間この姿でいるのはやっぱりゆうにとっては負担になるんだと思う。
なら、なるべくはやく終えられるようにがんばるのが今のわたしにできること。感覚は共有しているけど、その負担はほとんどゆうが受けとめてくれていたとわかっている。だから、わたしはわたしができることでゆうの負担を減らさないと!
街の中に入り、車道も一足飛びに超えて、目的地へと向かう。
この感じ……あの人も来てる。
感じる鬼脅以外にもわたし達と同じ方向へ向かう感じがある。それは今日、あの校舎裏で向かい合った感覚。
『あいつも来てるのか。なら、急ぐぞ』
わたしからの感覚にゆうが進むスピードを上げる。
そんな、張りあうようなことはしたくないけど、今は先に行かれてしまったら有無を言わさずに鬼脅を消し去られてしまうかもしれない。
それはダメ。
きっと、それはあの人にとってもよくない結果になる。
わたしとゆうの意思ははっきりと同じ方向を向いて、一気に飛び進む。
そして、そこには感じていた鬼脅ともう一つ、あの巫の人でもない誰かがいた。
わたし達と同じ黒い姿。けど、違う。
その誰かはわたし達のように姿を変えているわけではなかった。黒い装束のような——けどよく見ると、それは作業着かなにかを改造したようなものだとわかる。
それから目をひくのはその頭をすっぽりとおおうかぶり物。これも真っ黒だけど、その正面にはまるでそれが顔のように鳥をかたどったような刺繍や飾りがほどこされている。
『ク——クロツバメだ‼』
わたしは思わず叫んでいた。
感覚の中でゆうが突然のわたしの大声に驚いたのがわかる。
『ク、クロ——なんだって?』
『クロツバメ! 特捜隊シリーズ三十九代目・鳥獣特装マッハスワンのライバル、クロツバメ!』
わたしの勢いにゆうはついてこれない感じだった。
知らないの⁉
『……すまん。わからん』
えぇ〜⁉ あのシリーズの中でも名シーンを連発してきたあのクロツバメを!
もうダメ! ダメだよ!
俺のはばたきが世界をなぐ。この決めセリフを知らないとぉ⁉
『落ち着け! 落ち着け! 語りたいのはわかった! けど、今はそれどころじゃないだろ!』
……あ。
すぐに今の状況を思い出す。
あ〜〜〜〜〜〜〜。
『落ちこむのも後にしろよ。今は目の前のことだろ』
う、うん……。
ゆうに励まされ?つつ周囲に感覚をはしらせる。
いるのは鬼脅——まるで大きな刃物を何本も身体から生やしたような姿で、やっぱり今日、学校の時と同じはっきりとした形を持っている。もしかすると、人から変わっているからなのかも。
けど、今までの鬼脅全部に共通していることだけど、大きい。こんな大きい怪物の姿があったら、普通はみんな逃げまどっていてもおかしくない。けれど、まわりで悲鳴や騒ぐような声は聞こえてこない。
時間帯もあるのか、今わたし達がいる場所には人の姿はない。遠くに見える姿が一人二人あるくらい。それは幸運だったのかも。
そして、鬼脅に相対するように佇んでいるのが黒装束の誰か——仮にクロツバメさんと呼びたいと思う——は鬼脅の動きをうかがうようにしている。といってもかぶり物のせいで、どんな表情をしているのかはわからない。
そういえば、なんとなくその格好はあの巫の人と似ている気もした。
もしかして、関係ある人なのかも。
わたし達の事に気づいているのかどうか、鬼脅とクロツバメさんはにらみあってばかりだ。
「おい! そこのお前!」
その間にわってはいるようにゆうが声をあげる。
「そいつは人間が変わった姿なんだ! 俺達ならそいつを元の姿に戻せる! だから、協力してくれ!」
ゆうの声に反応は特にない。けど、すこしだけクロツバメさんの意識がこっちを向いた感覚があった。
「おい! 聞いてるのか⁉」
たぶん聞いてくれてるとは思うけど……反応がうすい。
そんなことを思っていると、鬼脅がいきなり動きはじめ、その無数の刃物を生やす身体から何本もの刃つきの触手をのばし、クロツバメさんに向ける。
それはクロツバメさんだけでなく、わたし達にも襲いかかってくる。
さすがに、これは多すぎ⁉
わたしの広げた感覚でも全部をひろいきるのはむずかしい。上下左右前後からふりそそぐ刃物の雨に、身体であるゆうはなんとかかわそうと身をよじり、硬い両腕を盾にしながらも防いでいく。
ジャッと刃とわたし達の腕がぶつかり、火花をちらしたようにも見えた。
『大丈夫⁉』
痛みの感覚はないから大丈夫なはずだけど思わず聞いてしまう。
『大丈夫だ。けど、あんなのやられたら近づけない』
ゆうの声に安心しつつも、わたしも同じことを感じていた、
無数の刃物、前の浮かんでいるだけだった時の触手と違って、数も速さもぜんぜん違う。
縦横無尽にせまってくるそれらを感じ取るだけでも精一杯。
学校での鬼脅もそうだったけど、一昨日までに出会ったのよりもすごく強い!
そんな中、クロツバメさんは自分に向けられるその刃物の雨をまるでかいくぐるみたいに避けていた。あの人がどんな力を持っているのかはわからないけど、その動きはまるで映画でみるようなカンフーアクションを見ている気分になる。
すべるようにすべらせるように刃物の雨をいなしていく姿は、わたし達にはとうていマネのできないもの。そして、近づいた鬼脅に一撃をうちこもうとするも、集まった触手にはばまれてしまう。
そして、反撃とのびる刃達を迷うことなく身体を退き、鬼脅と距離を置いてにらみあう。
……すごい。
そんな感想しか思い浮かばなかった。
わたしとゆうにはない、たしかな実力っていうのを感じたのかも。
ゆうもクロツバメさんの動きに舌をまかれているみたいだった。
けど、怖気付づいてはいられないんだ!
『ゆう、行こ!』
『行くっていったって闇雲に突っ込むわけにもいかないだろ』
『それはわかってる。だから、クロツバメさんの動きにあわせて動くのが良いと思う』
『クロツバメさんって……あいつのことか?』
『うん、わたし達、あの人みたいにあのすごい攻撃避けたりできない。だから、クロツバメさんにスキを作ってもらって、タイミングを見計らって突っ込む!』
『計画的に思えて、けっこうノープランだな……』
しょうがないじゃん! それとも他に良い考えがあるの⁉
わたしの言葉に、ちょっとだけゆうはうなりつつも、いつでも動ける体勢をとる。
そうして、また鬼脅の刃物の雨が降ってくる。
わたしとゆうはそれをまずはしのぐことだけに専念する。けれど、いつでも近づけるようにタイミングをうかがうことは忘れない。
クロツバメさんはわたし達みたいに頑丈そうな見た目はしていない。たぶん、あの刃物に切られたり貫かれたりしたら、大怪我じゃすまないはず。
けど、そんな恐ろしい大雨を物ともせず、確実に、しかも無駄な動きはまったくないと思わせる動きでするすると避けている。
達人っていうのはああいう人のことをいうのかもしれない。
そして近づき、拳、蹴り、一撃をいれようとするけど、それをさっきと同じように集まった刃物達の厚い盾に阻まれてしまう。
そんな攻防が何度か続き、状況は変わらないように思えた時、何度目かのクロツバメさんの一撃をうけた鬼脅の盾にひびが入る。そして、パキンと折れる音がした。
その一つ一つがきっとすごい衝撃だったのかもしれない。少しずつ重なったダメージが硬い鬼脅の刃物の盾を砕いた!
しかも、クロツバメさん、グローブみたいなのをはめてはいるけど、たぶんそれに攻撃力とかそんなのないはず。つまり、ほぼ素手で打ち砕いてしまったんだ。
クロツバメさん、本当にあのマッハスワンのライバルみたいだ!
『ゆう!』
とにかく、今がチャンス!




