1-39 役目は私のもの
「よろしかったのですか?」
本殿を離れ、奥にある控えの間に足を踏み入れた時、それまで静かに控えていた琴音が口をひらいた。
「よいのです。巫の御役目は血筋たる私のもの。他の者に任せるわけにはいきません」
「御役目ではなく、御二方のことでございます。あのような御言葉で本当によろしかったのですか?」
その問いかけに、すぐには答えを返せなかった。
「よいのです」
少しの沈黙をおいて、答えを口にする。
それが答えであり、琴音もそれ以上を聞いてくることはしなかった。
顔をおおっていた白布の冠を外す。すっぽりと頭全体を隠してはいるが、布の通気性の良さと冷えたこの場所の空気が暑さを感じさせたりはしない。
「髪がのびてまいりましたね。お切りいたしますか?」
「お願いするわ」
冠を外し、巫である自分から元の自分へと戻る。
「今、ツバメは?」
「お伝えされた穢れの対処に向かわれております。その後のご連絡はまだございません」
あの二人から目を離さないように伝えなければならない。必要であれば助力もするようにとも。
琴音にも顔をあわせることがあればと言伝を頼んでおく。
「彼女は?」
「屋敷の客間にてお休みされているかと」
こちらに来るようにと伝えたはずだけれど……彼女の気まぐれは今に始まったことでもない。気にしても仕方がない。
「他に特になければ私も屋敷に行くわ。それから下に戻るつもりよ」
「承知いたしました」
了承するように頭をさげ、琴音は上げた顔をじっとこちらに向けてくる。
「どうかした?」
「いえ……やはりお嬢様はお変わりないと琴音は安心しておりました」
うっすらと笑みを浮かべる琴音に答えは返さない。
「けれども御自身のことをお伝えにならずよろしかったのですか? いずれはお知りになられるはず」
「……かまわないわ。あの二人とは御役目において、必要以上に接する必要はない。いずれ知られることになったとしてもよ」
私の言葉に、琴音はまたそれ以上口にすることはなく、着替えを手伝った後、一礼をして控えの間から立ち去っていった。
そう。必要ない。
あくまでも御役目は隠塚の巫である私の役目。
けれど、そう言いながらも自分一人の力では杜人に現れる穢れを祓うにも限界があることを自覚はしていた。
「……勝手なことを言ってくれて」
私に明確な根拠もない言葉をつげた姿を思い返す。
どこにもこちらを納得させる材料なんてないのに、ただこちらを見る瞳はただただ真っ直ぐで真剣だった。
だから、こちらが止めたとしてもきっとその時になれば勝手に動いてしまうだろう。
ならば、できうる限りあの二人に危険がおよぶのを避ける。それが今の私がとれる手段だった。
願わくば、二人の道行きが暗いものとなりませぬよう。
そう願う。そして、そうならぬよう行動する。それしかできることはない。
そうして思案していると、感覚に語りかけるものを掴みとる。
——穢れ。
それも——これは人が変わりかけている気配だ。
きっと、あの子も感じているはず。
すぐさま社を出た後、姿を変じるために欠片を呼びよせる。球体の核となった私をとりこみ、人型へと形を変えていく。
御役目を果たすのは私。
そこで奪われ、消えるものも全て私の負うべき責務。
期待してはいけない。
それはきっと自分と彼らを壊す甘い麻薬だ。
私は巫としての自分となり、高い木々の合間をぬいながら跳躍した。




