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1-38 わたし達はわたし達の思うように

 その後、母親から二、三、俺達が口にしていた疑問が伝えられる。

 最初の遭遇の時、なぜ人の姿がなかったのか。なぜ鎮鬼であるそらが襲われたという子供の顔を思い出せないのか。

「恐らくは穢れの瘴気によるものかと。穢れは現を捻じ曲げるもの。幻を現に、現を幻にと惑わせまする。初めての尋常ならざる場において、いかに鎮め祓う力をお持ちの身であれど、その幻惑に抗えなかったのでございましょう」

 難しい言い回しだが、要は初めてあんな怪物にあって、本来はちゃんと見えるはずのものが見えなくなっていたってところか。

 確かに、それは妥当だと思える答えだ。

 けれど、そらの様子は納得いかなげに見えた。ただ反論する言葉が見つからないのか、黙って聞くだけだったが。

 それから俺のこと。

「貴方様の御命を御救いしたのは先代の巫にございます。命を失えど、それは御役目を全うしたまでのこと」

 俺を助けたという巫はその時に命を落としたという。

 もしかすると、目の前にいる人物の、それは父親や母親、家族の誰かだったのかもしれない。

 それでも、それは役目を果たしただけと、その声は淡々と告げてくる。

「貴方様の悲しみ、それだけで私共の心は満たされまする。されど偲びはすれど、その悲しみを御自らの枷にはなされませぬよう」

 悲しんでくれていい。けれど、それを理由に自分を縛るな、と。

 わかってる。

「先の者は貴方様が争いに向かわれるのを望まぬはずでございます。貴方様の幼き頃の記憶が思い出せぬこと。それも恐らくは先の者の力およばず穢れにその身を深く侵されたのが原因。故にその者が命を賭して留めし貴方様の御命、けして軽んじることなされませぬよう」

 深々と俺に頭をさげられる。

 自分を粗末にするつもりはない。救ってもらった命、きっとそれはもう俺だけのものじゃない。

 それでも、

「俺は……あいつらと戦う」

 裏切ることになったとしても、俺は救ってくれたその人のように、せめて身近な人間だけでもあの理不尽で不条理な存在から守りたい。

 それに、それが俺という存在と向きあうことにもなる気がした。

 俺の返答に、巫は言葉を返すことはなかった。

 しばらくの沈黙が流れ、

「では、これにて」

 そう言って、巫は立ち上がる。

 もう語ることはすでにないと、俺達に背をむける。

 そらはその背になにかを言おうとするも言葉がでないのか唇をだけを動かして、声を出すことはできなかった。

 だが、

「待って! ひとつだけ教えてください」

 なんとかしぼりだしたそらの声に巫がふりかえる。

「おき……隠塚おきという子は、この事を知っているんですか?」

 それはそらのクラスメイトである同じ顔の少女の名前。

 巫がこの隠塚の敷地内の社にいるのだとしたら、自然、関係者と考えるのは普通。いや、ここまでの話から考えれば『隠塚』の人間こそが巫としての役割を担ってきた一族なんだろう。

 そして、その隠塚の人間であるあの子が関わりを持っていたとしてもおかしくはない。

「この場にては御役目以外のことを語ることはできませぬ。お許しを」

 しずしずと、そばに控える女性を連れ、巫は社の奥へと姿を消していった。

 沈黙が続く。

「良かったじゃないか」

 その沈黙を破ったのは母親だった。

 なにが良かったっていうんだ。

「疑問も解消できただろうし、言っていただろう。巫の役目を担うのは自分だけ。お前達は鬼だけど、巫ではないって」

「……そっか」

 暗い顔でうつむいていたそらがなにかに気づいたようにつぶやき、顔をあげる。

「鬼って巫って人と同じ役割なんだよね?」

「役割というか力を持っている者を指しているかな」

 母親の指摘なんて気にしていないように、そらは興奮気味に声をあげている。

 ……一応、ここ由緒正しい場所っぽいけど、こんな大声あげて大丈夫か? まぁ、今さらか。

「そうそう。その力を持っているけど、わたし達は巫じゃない。巫の役割をしなくても良いって」

 どういうことだ?

「つまり! わたし達はわたし達の思うようにすれば良いってことじゃない?」

 それは……前向きに捉えすぎじゃないか。

「いや、恐らくはそうだよ。あれは素直に口にできない性分だ。あんな格式ばった喋り方をしてるのもその現れだろうさ」

 そう……なのか?

 そんなポジティブに考えていいものなのか。というか今、さらっと失礼な発言してたぞ、この母親。

「とにかく! がんばろう! がんばって認めてもらおう!」

 そんな俺にそらが両手をぎゅっと拳ににぎりながら力強く宣言する。

 それから、なにやら考えるような素振りを見せたので、

「どうした?」

「――ううん、なんでもない」

 何か気になることでもあったのか? けれども、すぐに元の調子にもどったそらに深くは聞かなかった。

 それじゃあ帰るぞ。そんな母親の背を俺とそらも追う。

 ふと、今しがた出てきた社の奥にさらに続く道のようなものが見えた。

 そこも木々にかこまれ、今いる場所以上に暗く先は見えない。

「おーい、行くぞ」

 こちらを呼ぶ声にすぐに振り返り、後に続いた。

 登ってきた道のりを巻き戻すように下っていく。

「ねえ、ゆう。変身した時ってさ実はすごいつらかったりしない」

 その道すがら、そらがこちらの様子を気にするようにたずねてきた。

「……あぁ、そうだな、なんかしばらくするとめっちゃ疲れるんだよな」

「それってなんか後から痛い〜とかつらい〜とか?」

 なにを聞きたいのかわからないが、たしかにつらさはあるがあれは疲れすぎてつらいというか、痛みとかそういったものはない。

「……無理はしないでね。ゆうが倒れちゃったら意味ないんだから」

 それはもちろんそのつもりだ。さっき粗末にするなって言われたばかりだしな。

「なんだ心配してたのか?」

「そりゃするよ! 相棒だもん」

 すんなりと告げるそら。なんか照れる。

 照れるけど、悪い気はしない。

「ありがとな」

 ちょうど坂道で良い位置にあったそらの頭をわしゃわしゃとなでまわす。

「わーー! 頭がぐしゃぐしゃになるぅ!」

 悲鳴をあげるそらにかまわず、かきまわしてやる。

「お前達……実はもう付き合ってるとかじゃないのか」

 ちげえよ。

 俺とそらの様子を見ていた母親が疑いの視線を向けていた。

「わたしとゆうは相棒ですから!」

 にかっと笑ってピースを見せるそら。

 そ、そうか、とはじめて見せる戸惑いを浮かべながらも母親は先を進んでいった。

 さて、あんな啖呵もきったことだ。ひとまずは相棒の力になってやろうじゃないか。

 俺の足と心は不思議とこの場所にやってきた時とは逆に軽く前へと進んでいた。

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