1-36 山の上の大きな屋敷。お前って実は生き別れ?
その屋敷は市街地から離れた郊外にポツリと、まるで取り残されたかのように建てられていた。
この杜人には古くにこの土地を治めていたという一族の人間が住んでいると聞いたことがある。
現代となった今では階級の差などはないが、その影響力は強く、ひと昔前までは少なからず杜人市のそこかしこで良くも悪くも関係が見られたのだとか。
しかし、今は現在の当主の意向もあってか、街の活動などへの介入はなりをひそめ、代わりに日本経済に貢献する一大グループへと姿を変えていた。
そのグループは代表である人間の名字をそのまま呼び名としていた。
『隠塚』
年季の入った表札が昔からそこにあったという年月を伝えてくる。
柵で囲われた敷地は傍目から見ても広くて、外側にいる俺達からは植えられた木々が伸びるところしか見えない。
有無も言わさず連れてこられたそこには年季の入った表札と大きく存在感をしめす木造の門構えが待ち受けていた。
ここまで向かう車内で俺とそら、母親の間に会話はなかった。
学校の敷地に現れたあの鬼脅——恐らくは同じ高校の女子生徒が姿を変えた——をなんとか退け、その後、すぐに車に押し込まれて今にいたる。
退けたといっても、最後は現れた俺達以外の『鎮鬼』がトドメをさしたわけで、俺達は助けられたわけだ。
多分、あれが巫。
こちらと同じく、人の形ではあるが鉱物ように無機質な仮面からはこちらをどう見ているかはわからなかった。
だが、今の俺にとっては一つ間違えば、人一人の命を消し去っていたかもしれない。そちらのほうが重大だった。
教えていたらちゃんとできていたか?
……ふざけるな。
そんなバカな理由で俺達を人殺しにさせかけたってのか?
現に鬼脅に姿を変えたあの女子生徒を俺とそらは元の人の姿に戻すことができた。
そらのおかげで事なきを得ることはできたが、事前に聞いていればもっとうまい方法もあったはずだ。それこそ、最後に助けられるような無様はさらさなかったかもしれない。
そらも言われた言葉を気にしてか、ここまで終始口を開くことはなかった。表情も見てとれるほどに暗く、うつむきがちになっていた。
母親は今は語ることはないと言わんばかりに口を閉ざしていた。ついでに言えば、こっちの様子などまったく気にもとめていないといった態度が余計に俺の苛立ちをつのらせていた。
「こっちだ」
車を降りた俺達を母親は目の前の門ではなく、周囲の囲い越しにつづく横道へと呼び寄せる。
このでかい屋敷の中に入るかと思っていた俺とそらは予想を外され、顔を見合わせつつもその後に続く。
杜人市は海と山にかこまれた街だ。
駅周辺を中心とした市街地や繁華街、そこから海側へと公園や学校などの施設があり住宅もいくつか見られる。反対には主にマンションや一軒家などの住宅街が続き、その一番奥、山の斜面となる郊外に今いる屋敷があった。
ここによりつく人間なんてほとんどいない。なにせ、この屋敷以外なにもない。
加えて、まわりは高い木々におおわれていて、正直、日が落ちてしまうと真っ暗になってしまって薄気味悪くも感じてしまう。
そんな理由もあってか、ここに来るとすれば住んでいる人間か縁故のある人間かのどちらかだろう。
「……ここがおきの実家かぁ」
歩きながら、囲いごしに見える屋敷の姿にそらがつぶやいていた。
「ここのやつと知り合いか?」
「ん……クラスメイトがね、実はここの子だった」
マジか。お嬢様ってやつか。
「わたしと同じこと言ってる」
俺の反応にそらが少し笑顔を浮かべる。ここまでずっと暗い顔をしていたせいか、その顔を見て少し安心した。
「今朝、職員室のところで会った子。あの子だよ」
その言葉に、今朝みかけた姿を思い出す。
あの、そらとまったくのうりふたつの顔が鮮明に頭に浮かぶ。
「マジかよ。あの子か」
なんというか、余計に驚きだった。
自分の身近に現在、日本屈指とも言われる財閥組織の長の血縁がいることにも驚きだが、それが今隣を歩いているそらと上から下まで同じ容姿だというのがさらに驚きだ。
似ているとかそういう次元でなく、鏡に映った姿をならべられていると言われてもおかしくはない。
「お前、実は生き別れの双子だとかないよな?」
なんとなく確認してしまう。
「ん〜〜……」
そらはなぜか微妙な表情をしている。まさか心当たりがあるのか……?
「ないって言われるとわかんないというか……わたし、ちっちゃい頃のこと覚えてないから。わたし、六歳くらいの時にお母さんに引きとられて、その前のことなんにも思い出せないし」
そう……なのか?
事もなげにけっこうな重大事を口にされたと思うが、そらは気にする風はなかった。
そういえば、はじめて鬼の姿になった時そんな記憶を見た気もする。
「だから……わたしも絶対ないとは言い切れないというか、わからないというか」
そらは難しい顔をしつつ首をかしげ、むむむと眉を寄せている。
あまりつっこんで聞かないほうが良いのかもしれない。
そう感じて、この話題はそれ以上追求することは止めておいた。
その後もそらは、……実はわたしもお嬢様? と一人はっとした表情をしながらつぶやいていた。……いやいや、そんなわけないか、と苦笑いで終わっていたが。
「着いたぞ」
それからもしばらく歩き続けていた俺達に先を言っていた母親が目的の場所にたどり着いたことを告げた。
車を降りた場所からけっこう歩いてきた。途中からは屋敷からも離れていき、木々の間に作られた石段をのぼってきていた。今までなにもないと思っていた場所にこんな整えられた道があったんだな。
けっこう急なこともあってか、少し額に汗がにじんでいるのを感じる。
「大丈夫か〜? 着いたぞ」
母親に続いて到着した俺から遅れるそらを見下ろしながら、声をかける。
まだ続く石段の半ばで、そらは息も絶え絶えに全身を使いながら、なんとか登ってきている。
あいつ……体力ないな。そういえば、校舎裏にかけつけてくれた時もあんな感じだった。
大丈夫か? 心配になる。
そうして遅れて到着した時にはすでにそらは長距離走を全力でかけぬけたランナーのように倒れる寸前だった。
さすがに心配なので手をかしてやる。
「……あ、ありがとぉ」
ぜえぜえと息をはきながら、俺の腕を支えになんとかと言った感じでついて来る。
「ほら。いちゃついてないで早く来い」
いちゃついてねえよ。
いちいち鼻につく物言いしかできないのか、あの母親は。
石段を登った先にあったのはちいさな社だった。
小さいとはいっても、下の住宅街にある小さな一軒家の一階分くらいの大きさはある。木造の簡素な作りで建てられた神社ようなものが目に入った。
高い木々にかこまれた空間にぽつりとたたずむその社は、普段の街とは異なる静かで清廉な印象を与える。まわりに俺達以外に誰もいないというも、余計にその感覚を強くしているのかもしれない。
そらも俺と同じことを思っているのか、社とその周りの空間を見渡していた。
母親の後に続き、社へと足を踏み入れる。
ちゃんと入り口が設けられており、意外にもちゃんと抜いだ靴をそろえる母親に俺とそらもならう。あの汚部屋を生み出しだ人間でも、こういった場所では同じにはできないということなのか。
そして、障子張りの木造の襖を開いた先に、その姿はあった。




