1-34 どうして教えてくれなかったの?
車に揺られながら、ぼんやりと外を眺める。
時間はお昼をすぎて2時くらい。平日ということもあって、歩いている人はまばらでスーツ姿や子供連れの人が多い気がする。
鬼脅から女の子をなんとか助け出したけどあわややられるといった寸前、わたし達と同じ『鎮鬼』らしい女の人——聞こえる声しかわからなかったけど——に助けられたわたしとゆう。
覚悟は御有りか? と問われるわたし達はなにも答えられなかった。
なによりも、ゆうが限界だった。
突然、わたし達の変身は解けてしまって、ゆうはつらそうに地面に手をついていた。
やっぱり、変身が負担になってる?
心配でそばによるわたしとつらそうな息を吐くゆうの様子を見ていた鬼の人——名前もわからないので仮にそう呼ぶ——はなにも言わずに気を失っている女の子を抱き抱え、
「また御迎えに参ります。しばらく御待ちを」
そういってしゅたっと地面をけって、校舎の壁伝いに立ち去——飛んで去っていった。
「ゆう、大丈夫?」
「……ああ、ただ前も今も、あの姿になった後は疲れる」
心配でたずねるわたしにゆうはちゃんと答えは返してくれる。
けれど、やっぱりつらそうで。こういう場合、変身がヒーローのダメージになっていて最終的にはみたいなパターンが定番だけど……それはだめだ。
そんなゆうが苦しいやり方はいけない。
でも、どうしたらいいのか今のわたしにはわからない。
しばらくすると、わたし達の前にやって来たのはさっきの鬼の人ではなくて、悠子さんだった。
「今日もしっかり務めをはたしたみたいだな。えらいぞ」
前と変わらない軽い調子で近づいてくる。
「お前!」
その姿を見て、ゆうがつらいはずなのに立ち上がって悠子さんにつめよる。
その顔は本当に怒っているとわかった。
「どうして言わなかった⁉︎」
「人間が鬼脅になることをか?」
事もなげにつげる悠子さんにわたしもおどろく。ゆうは息をのんだように一瞬黙ってから、
「……やっぱり知ってたのか」
「それはね。そんな重要事項、知らされていないはずがない」
「なら——」
どうして? とわたしもたずねたかった。
「言ったらお前達、ちゃんとやれていたか?」
重ねるように発せられた悠子さんの言葉にゆうはその続きを口にすることができなかった。
「確かに伝えるべき重要事項ではあったよ。だが、仮にその事を伝えていたら、今日も含めた今までを退けることができたか?」
それはその通りなのかもしれない。
悠子さんから人が鬼脅になることを聞かされていたら、わたしは今みたいにできていた自信はまったくない。むしろ、人を消し去ってしまうかもしれないというプレッシャーに押しつぶされていたかもしれない。
今日、なんとかなったのはやらなきゃいけない! みたいなその場の勢いも強かった気もする。
「それでも、下手したら人を一人殺してたかもしれないんだぞ」
しぼりだすような声だった。
悠子さんの腕をつかむゆうの手が、少し震えているのに気づいた。
……ゆうもこわいに決まってるんだ。
自分だけじゃなくて、誰かの命がかかっているんだから。
「少し荒い教え方だったが、それがお前達の役目でもある。状況によっては誰かの命を捨てる選択をしなければならないかもしれない」
その言葉に、わたしは心の中が冷えた感覚だった。
今まで、心のどこかにあったヒーローになれたと興奮していた自分に冷たい水を浴びせられたようだった。
「それも含めて話をしに行こう。例の巫がお前達を待っている」
その時、さっき感じたばかりの寒気を感じた。
けれど、それは少しすると消えてしまって、ゾクゾクとする嫌な感覚もなくなった。
……今のは、違った。
けれど、わたしの中のモヤモヤは晴れずにこびりついたままだった。




