1-32 なんとかするんだ! でもたすけられちゃった
「……まじかよ」
思わず、ゆうがつぶやいていた。はっきりと感じとれたことでゆうにも伝わり、その声にははっきりと戸惑いが浮かんでいる。
わたしもわけがわからず、頭の中は混乱しっぱなしだ。
その中にいるのか、それともそれ自体がそうなのか。
目の前の鬼脅から『人』の——『女の子』の声を感じた。
声だけじゃない。たしかにいる。そこにいる鬼脅から誰かの存在をはっきりと感じとれる。
「こいつ……人なのか?」
こんなこと、悠子さんは言っていなかった。
でも、悠子さんもあくまで本や聞いて知った話の知識しかないのだとも言っていた。
けれど、だとしても、こんな大事なことを知らされていないなんてことあるの?
人が鬼脅になるなんて大事なことを。
こわい、どこ、たすけて。その言葉のくりかえしが絶えず、聴こえてくる。
どうしたらいい? どうすれば助けられる?
『あいつがだまそうとしてるとかは?』
『ちがうと思う。そうだったら、わかるはず』
感覚の中でゆうの質問に答える。なぜだか確信があった。
聞こえてくるその声は間違いなく人間の女の声だって。
動きをとめたわたし達に鬼脅はチャンスと見たのか、また飛びかかってくる。気づけば元通りに治っていた翼を何度もなぎはらってくる。
それをわたしの感覚からゆうはすんでのところで避けていく。
けれど、避けてばかりでこちらからしかけることができずにいた。このままもし倒してしまえば、前と同じようにこの鬼脅も塵もなく消えてしまうはず。
けど、それは聞こえる声の主である女の子を消し去ることと同じ。
そんなの、わたしも、ゆうもできるはずがなかった。
だから、なにもできずにいる。
どうすれば助けられるのか。まったく思い浮かばない。
『なんかないのか⁉︎』
そんなこと言われたって⁉︎ わたしだってわかんないからこまってるんだ!
そして、当たらない攻撃に業をにやしたのか、鬼脅はその大きな翼をはばたかせて、空に飛び立つ。
「やばい!」
そして、はばたいで急降下するようにこっちに突進してくる。
咄嗟にジャンプしようと思いきりゆうが地面をけるけれど、鬼脅の通り過ぎた後の猛烈な衝撃にわたし達の身体は吹き飛ばされてしまう。
ものすごい勢いで飛ばされる感覚に自分がどこにいるのか、平衡感覚がなくなりそうになる。
そして、また衝撃。息がつまる。
今のわたしには息を吸う口もないけど、身体となっているゆうの感覚がわたしにも流れ込んでくる。
吹き飛ばされ、宙をまうわたし達に鬼脅は勢いを殺さず、旋回してまた突っ込んでくる。
またすさまじい衝撃。
「かはぁ—」
ゆうのうめき声が実際に声となって聞こえた。
今、わたし達は突進してきた鬼脅にそのまましがみついた状態。
そんなに高く飛べるようではないけれど、下に校舎が見える状況はあまり心臓にはよくない。
もう! どうしたらいいのさ⁉︎
だれかいる?
どうしようもない状況に感覚の中で叫んだわたしに反応するような声があった。
わたしの声、聞こえてる?
きこえる。だれ? そこにいるの? たすけて。ここはどこ? こわいよ。
大丈夫。すぐにたすけるから、だから——!
その聴こえてくる感覚をはなさないように語りかけようとして、しがみついていたゆうの身体が身をよじった鬼脅のせいで離れてしまう。
声も、一緒に遠く聞こえなくなってしまう。
けど!
『ゆう! もう一回! もう一回あいつにひっついて!』
「今の声か。それでなんとかできそうなのか?」
ゆうにもわたしの聞いた声はちゃんと伝わっていたみたいで、すぐにこっちの言おうとしていることを理解してくれる。
校舎の壁を蹴りながら、無事に地面に着地する。
さすが相棒! 以心伝心!
たぶん! はっきりとしないけど力強く答えるわたしに、ゆうはなにも言わず、またも上から急降下突進してくる鬼脅を待ち受ける。
ゆうの考えも共有されているので、今からしようとしていることは言われずともわかる。
けど、それは——。
どごん、とすさまじい音がした感覚がする。全身にはしる衝撃が相手の勢いのすごさを伝えてくる。
やっぱり痛い!
またしても鬼脅の急降下突進をゆうは真正面から受け止めていた。地面に脚をしっかりとふんばり、受け止めた腕や全身の硬い岩のような身体がまるで限界まで力をこめた筋肉ように膨れあがる。
足元からは地面と触れている面からざざざざというものすごい摩擦音が響いてくる。
けれど、さっきとは違い吹き飛ばされることはなく、しっかりとゆうは鬼脅を押さえつけるように伸びたクチバシ部分を腕にはさんで固定している。
つまりはしっかりとわたし達と鬼脅がひっついていて、
どこ? どこにいるの? だれかいるんでしょ? たすけて。たすけてよ! くらい! ここはくらくてこわいよ!
大丈夫。ちゃんとここにいるよ。
心配しないで。こわかったよね。一人でよくがんばれたね。
だから、すぐにそんなところから出してあげるから!
わたしの感覚が鬼脅と触れたゆうの身体からのびていく。
深く深く潜り込んで、なにもないけどなにも見えない水のような感触を覚える広がりの中を聞こえる声だけを頼りにたどっていく。
どこ? どこにいるの? 教えて。もう近くにいるはず。だから教えて。あなたのいる場所をわたしに教えて。
ここだよ。ここにいるよ。
見つけた!
なにもない視界のない感覚の海の中ではっきりと聞こえた。感じられた。
そこにたしかにいる。
まわりに溶け込むように吸い込まれそうになっている存在がちゃんとそこにあった。
感覚の手をのばす。
しっかりとつかむ。そして、一気にひきあげる!
バキン。
そんな音が聞こえた気がした。
ゆうの押さえつける鬼脅の身体にヒビが入り、そしてわれたそこからなにかが落ちるようにでてくる。
それは女の子。わたし達と同じこの学校の制服を来た女の子だ。
『ゆう!』
だぁっっぁぁぁああぁぁぁっ‼︎‼︎
ゆうが力の限り叫びながら、鬼脅の身体を殴りとばす。
その身体はさっきまでと違い、前と同じ形のさだまらないぼんやりとした状態になっていた。
でも、なんとなく弱っている気がする。
今がチャンス——!
のはずなのに、急に力がなくなったかのようにゆうが膝をついてしまう。
『ゆ、ゆう⁉︎』
『悪い……なんか、力が入らなくなってきた』
弱々しい声が共有している感覚に聞こえてくる。
無理をしすぎた? あんなにすごい衝撃を何度もうけていたんだから、ダメージが溜まっていてもおかしくない。
『ゆう、立って立って! また来るよ来るよ!』
弱っているようには見えても、まだ消えてはいない。
ふわふわと浮かぶ鬼脅はこっちもダメージを受けていると知ってか、ゆっくりと近づいてくる。
どうしよう⁉︎
せっかく助けられてなんとかなりそうだったのに⁉︎
心臓でしかないわたしにはゆうの身体を動かしたりはできない。
ただ必死にゆうに語りかけるしかできない。
ゆうもなんとか顔をあげてはいるものの、せまる鬼脅を見ていることしかできない状態だった。
そんなもうダメなの?
血の気が引く感覚がわかる。
死んじゃうの? ここで? やっとヒーローみたいになれたのに?
なっちゃん、お母さん、ごめんね。
そんな取り止めもない思考が一瞬で頭の中を過ぎ去って、
気づけば迫る不定形の怪物は塵のように消えていた。
わたし達がなにかをしたわけじゃない。
もちろん、迫る直前、鬼脅が力つきたというわけでもなかった。
そこにいた。
じっとわたし達を見ていた。
けど、その顔には目はなくて、それこそ鼻も口も耳も、なにもない。
わたし達と同じつるんとした無機質な顔がこっちを見ていた。
わたし達と同じように硬い鉱石がおり重なったような身体。けれど、わたしと一つになったゆうと比べて、細身のシルエットをしている。
その視線は、まるでこちらをにらんでいるような威圧感を感じさせた。
「しかと拝見いたしました」
そこから聞こえてきたのは、その威圧感から不釣り合いだけど、不思議に違和感のないきれいな女の人の声だった。
「人の身より出し穢れ。そこより生じし脅かすものを祓うこと、見事でございました」
その声はさっきの鬼脅を消し去った場所から動かず、遠巻きに語りかけて来る。
「しかし、最後の詰めにて生じた甘さ。命取りにございます」
その声はきれいだけど、なにも感情を見せようとしないみたいで、どこか冷たさを感じさせる声だった。
この人が——。
「そして、御二方」
外見からはゆうの中におさまったわたしは見えないはずなのに、目の前のその人はまるで見えているかのように口にする。
「貴方方に覚悟は御有りか?」
問いかけてくるその声に、わたしもゆうも答えることができなかった。




