1-30 私は一体なにをしていた?
突然、鳴り響く非常ベルもそうだが、壁に反響する轟音に私はすっかり混乱しきっていた。
恥ずかしい話ではあるが、恐ろしいと思う気持ちが湧き上がってくる。
訳はわからないが、何かが起こっている。
理解できないというのはそれだけで人間を恐怖させるには十分だった。
諏訪勇悟を名のる彼の姿も見えない。
先日、帰宅した私の前に現れた十年前に死んだ家族の名前を口にした彼。
あの時は思わず、頭に血が昇って、すぐに追い返してしまった。
けれど、あの後冷静になって、あの時の彼が浮かべる表情が嘘には見えないと感じて、まるで帰る場所をなくしたような顔を忘れることができずにいた。
そして、今日、思いがけず出会い、近寄ろうとしたら逃げられた。
しかも全力でだ! そりゃあ追いかけるだろ!
……それはまぁ、こちらにも非はあったのでなにも言わない。
そうしてなんとかつかまえて、話ができた。
やはり彼は諏訪勇悟と名乗り、私はそれを受け入れた。
同姓同名の人間も世の中にはいるだろう。だが、本当にそれだけか?
それだけなら、なぜあの時、私の家の前にいた?
なぜ私が拒絶の言葉を発した時、あんなにもつらそうな表情だった?
聞きたかったが、怖くてできなかった。
聞いてしまえば、後戻りができなくなる。そんな怖さがあって、臆病な私は無難な答えを口にした。
そして、彼も私の言葉を受け入れようとしてくれた。
というのに、今の状況だ。
いきなり抱きかかえられたと思えば、放り投げられあまつさえ姿が見えない。
……なんなんだ、あいつは⁉︎
やっぱり今度会ったら問い詰めてやる。
そうして周囲を探していたら、響き渡る轟音。どれだけ自分を鍛えてきて、たとえ相手が自分よりも体格のある相手であったとしても負けない自信はあった。
だが、どれだけ自負していたとしても、今起きているなにかは私の力はおよばない。直感だった。
歯がゆさも感じたが、とにかくその場を離れようとしたところで女子生徒と出くわした。
制服から一年生とわかる。私よりもひとまわり背丈のある——けして自分を小さいと思っているわけではない——その姿に驚く。
こんなベルの鳴る中でどうしてこんな所に? 疑問にも思ったが、たまたまいあわせただけだろう。
そう結論づけて非常時の避難場所となっている体育館に一緒につれていこうと女子生徒の腕をひく。
が、なぜか困惑された。
まるで私が引き返してきた先に向かおうとしている様子に、なにを考えているんだと内心感じてしまう。
今この先に行くのはまずい。なにがまずいのかはわからないが、とにかくこの先はまずいのだ。
戸惑いながらもまったく動こうとしないその腕を少し強く引こうとして——。
私はなにをしていたのかわからなくなった。
まるでなにかをつかんでいたかのような自分の手。
しかし、そこにはなにもない。
なにもない場所に私は必死に何かをしようとしていた気がするのに、それがわからない。
狐につままれたというのはこういうことだろうか?
けれど、それよりも私が感じたのは言いようのない理解できない恐ろしさだった。
わけもわからず、まるで逃げるように私はその場から立ち去った。




