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1-29 なんでそっちから来るんだよ

 返そうとした言葉が出なかった。

 なぜ? いや、あれはこの杜人に存在すると言っていた。

 なら、この学校の敷地内にあらわれてたとしてなんの不思議もない。

 どこか、ここではなにも起こらないと無意識に思い込もうとしていたのか。それとも、単純にその事実を忘れていたのか。それはどっちでもいい。

 確実なのは今、それが距離はあれど見えていて、どうやらこちらをとらえている様子だということだ。

 自分でも驚くほどに身体はすぐ動いてくれた。

 さっきまで全力でかけてきた疲れは感じることはない。俺の様子に眉をひそめて、不審がる優姉の身体をだきかかえ、即座に踵をかえして地面をける。

「わっ⁉︎ な、いきなりなにする⁉︎」

 突然の俺の行動に優姉が悲鳴のような声をあげかける。相変わらず軽い。軽すぎて心配になる。ちゃんと食べてるか?

 今は優姉の問いに答えている余裕はない。なぜって、後ろからさっきとは違う追われる気配を嫌というほどに感じるからだ。

 後ろをわずかにふりかえり見ると、感じた通り、異形——鬼脅がこちらを追ってきていた。

 その姿はなぜか以前とは違う、形の定まらないようなぼんやりとした印象ではなく、はっきりと姿を手に入れたようなツノを生やした鳥に似た見た目をしていた。

 しかも、速い! 前に出くわした二体はどちらもふわふわ浮いて、動きはそこまで俊敏ではなかったはずなのに、今追ってくるそいつはどんどんこちらに迫ってくる。

 なんだ⁉︎ いきなり強いタイプと出くわしたって⁉︎

 心の中で悪態をつきながらも、今はとにかく走る。

 なにより今はだきかかえている優姉の安全が最優先だ。背後のあいつが俺を狙ってか、それとも優姉を狙ってかはわからないがこちらを逃すつもりがないのだけは確かだ。

 くそ! この状態だとそらにも連絡のしようがない!

 朝、会った時にどうするか決めておくべきだった。

 安心もあったのかもしれない。この街にいる巫という『鎮鬼』と呼ばれる俺達と同じ力を以前から有していた人間達。それがなんとかしてくれると期待していた。

 甘かった。都合よく、俺達がなにもしなくて良いなんてはずがなかった。

 どうする? 正直、俺はそらがいないと、あの戦える姿にはなれない。

「おろせ! おろせと言うに! この……やっぱりお前よからぬことを考えていたのか⁉︎」

 だきかかえられながら暴れる優姉の抵抗をなんとか耐えつつ、俺は走る。

 くそ、あんなのに追われてる手前、人の多い表の道に出るわけにもいかない。それもあってか、普通の状態になれたかと思った優姉の印象がどんどん急降下しているのもわかってしまう。

 どうする? どうすればいい?

 このまま逃げていても埒が明かない!

 周囲を目だけを動かして見まわし、考えをめぐらす。

 そして、何度目かの横道にそれ、俺は優姉を少し乱暴になってしまいながらもすぐにおろす。

 放り投げるようにもなってしまい、尻餅をついてしまった優姉はこちらを問いただそうとすぐに立ちあがろうとしてくる。

 だが、それを聞いている暇はにない。

 俺はまたすぐに元いた道に戻り、勢いのまま俺達のそれた横道を通り過ぎたがすぐにひるがえり迫るそいつと対峙する。

 逃げても埒が明かないなら、塞がってやる。

「すぐ表に行け!」

 それだけ叫び、俺は速度もゆるめず迫ってくる鬼脅の衝撃を全身で受け止める。

 やっぱ……きついな!

 身体を砕かれるような衝撃。しかし、俺の身体はちゃんとバラバラになることなく、ぶつかった鬼脅を受け止めていた。

 身体の一部が黒く硬質になっているのを感じる。

 前に伸びたクチバシのようにも見える箇所をつかみ、地面との摩擦ではいた靴裏が熱くなるのを感じる。

 受け止めたとはいっても鬼脅の突進の勢いはゆるまらず、どんどん後ろへと押し込まれていく。

 このままだと、いずれ人の多い場所に出てしまう。

 止めたいが、勢いが強すぎて俺の足ではどうにもならない。

 それなら! 全力で上半身を引き、鬼脅の向きを無理やり変えようとする。速度は落とせなくとも、急な方向の変化と校舎の壁面にぶつかったことで俺と鬼脅の身体が飛び上がる。

 固いコンクリートの床にたたきつけられ、一瞬息がつまる。

 だが、少なからず相手の勢いも殺すことはできた。俺と同じく、勢いよく壁にたたきつけられた鬼脅はひるんだように動きを止めた。

 激突の衝撃に校舎のガラスが何枚もわれ、非常ベルまでなり始める。

 ……やば。

 だが、今は本当の非常時だ。

 それにどうせ、俺や目の前のこいつのことは誰も見えていない。

 申し訳ないが、眼前の状況に集中させてもらう。

 だが、その他の人間には見えないという事実がまずかった。

「おい! どこに行った⁉︎」

 優姉が俺を探して、こちらの道にでてきた。すぐに表に行けって言っただろ!

 いや、優姉の性格なら探しに来るのが普通か。それに、今、優姉にはこの鬼脅の姿も、自分が見ている先にいるはずの俺の姿も見えてはいない。

 案の定、優姉の大声に鬼脅が反応する。とっさに抑えこもうとするもすさまじい力にすぐに押し返されてしまう。

 やっぱり一人じゃダメだ! あいつが、そらがいないと……!

「……なんなんだ? いきなり非常ベルまで」

 周囲の状況に困惑する優姉。

 そこで気づく。俺の声が聞こえたり、鬼脅の存在自体は見ることはできない。だが、逆にそれ以外のことなら優姉はわかる。

 非常ベルはさっきの俺達の激突の結果鳴り出した。

 俺達が壁にぶつかったという事実はわからなくても、その後に起こった非常ベルの音は聞こえる。

 なら!

 再び動こうとする鬼脅に押されながらも、俺は思いきり近くの壁を蹴りあげる。

 いきなり響いた壁の反響に優姉が驚く。

 俺はまた何度もあらん限りの力で壁を蹴りつづける。

「な、なんだ? なにか、いるのか?」

 俺が蹴った音は聞こえてないはず。

 ただ俺が蹴った振動でおきた周囲の反響は優姉の耳にとどいてくれた。

 きょろきょろと普段は見せない怖気付いたような様子を見せる優姉

 それはそうだろう。いきなりなにもいないはずの場所で、こんなでかい反響音が鳴れば誰だって驚く。

 そして、なにか危険を察したのかもしれない。なにも言わずにその場を立ち去るように身をひるがえしてくれた。

 そうだ、それでいい。

 そして、

「……ゆ、う〜〜」

 そらの声が聞こえた。

 なぜだか、息もたえだえ疲れ果てたといった調子の声だったが、ともかくその声の方向に目を向ける。

 おい……どうして、お前はよりにもよって優姉のむかう先からやって来るんだ。

「君! ここは危ない! 非常ベルも鳴っているから体育館に!」

 ほら、優姉につかまるだろ。よくわからん状況で非常ベルが鳴っていて、義務感も正義感も強いはずでしかも生徒会長な優姉が制服をきたそらを放っておくわけがない。

「……え? あ、いや、わたしは——」

 腕をひかれて連れていかれそうになるそらは困ったように俺に視線を向ける。

 いや、困ってるのはこっちだよ!

 ぐいぐい腕をひかれ戸惑うそらだったが、少しの間迷ってから決心したように俺に腕をのばした。


 そして、その瞬間、俺とそらの感覚がつながった。

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