1-25 お昼ご飯! さっきのあの子と再会
午前の授業をのりきって、すでにわたしは満身創痍。
転校初日ということもあるけれど、前の学校と進みがちがううところがあったりして、ちょっと苦戦しちゃっていた。
授業休みになるとゆきが来てくれて、教えてくれたり教えたり、なんとかがんばれた。
……そういえば、授業中もあのぞわっとした鬼脅の感覚があったけど、昨日と同じですこしすると消えてしまった。また巫って人ががんばってるのかな。
それから気になるのは教室にひとつだけ空いた席があること。休みの人がいるのか、ゆきに聞いてもなんだかはぐらかされてしまってわからない。
そうして迎えた昼休み。
「そら〜、お昼一緒にしようぜぇ」
すぐに誘いにきてくれたゆきの姿がそれまでの疲れも吹っ飛ばしてくれる感じがした。
ゆき、本当に良い子!
わたしはお弁当でゆきは食堂に食べに行くみたいだったけど、せっかくだから学校の中を案内するというゆきに手をひかれて教室を出た。
他のクラスメイト達はそんなわたし達を遠巻きに見ている感じ。
なんていうか、話しかけようかどうか迷っているようにも見えた。
「ごめんね、あんま気分よくなかったでしょ」
ゆきもそんな様子を見て、わたしにあやまってくる。
「別になにも思ってないよ! なんで見られてるのかなって思ってるだけで」
「それでもさ、ジロジロ見られて良い気はしないしさ。みなに変わってお詫びいたす」
そう言いながら、まるで空手の選手の試合前のように押忍の姿勢にになるゆき。
つい笑ってしまう。
「そう言うなら、なんでか理由知ってそうなゆきには教えてほしいな」
「それはあれ。真相を知った時のお楽しみで」
そんな感じでゆきは今までわたしへの視線の理由を教えてはくれていない。
いたずらをするように楽しんでいる様子だけど、別に悪い気分はしない。
むしろ、楽しい。
それからゆきに連れられ、食堂までの道すがら学校の中を案内してもらった。
化学準備室、音楽室、美術室、朝行った職員室、一年生の教室に二年生、三年生の教室。部室棟もあって、大学側への連絡通路。
そんなにとおくもない高校側の食堂に行くまででもあらためて見ると、けっこう広いと感じた。部活や同好会もけっこうあってゆきは思ったとおり陸上部だった。
さすがに大学まで行くのは時間が足りないのでそれはまた今度と食堂へ向かう。
教室を出てからゆきと一緒に歩いている時も、ちょこちょこ遠巻きだったり、通りすぎる時にちらっと見たりと視線を感じた。
「まったく……気になるなら声かけろっての」
ちょっと腹をたてた感じでゆきが口にする。すこし大きめな声でまわりに聞こえるようにしたのかもしれない。
「ゆ、ゆき、いいよぉ」
「いやいや、さすがにダメだよ。そろいもそろって、女の子一人に声かけられないとかチキンハートもすぎちゃうでしょ」
ぷんぷんと擬音がでそうなゆきの様子にすこしあわてながらも、わたしは内心うれしかった。
「……悪気がないのはわかってるんだけどさ。なんか、嫌なんだよね」
急にゆきの様子が少し変わった気がした。
その表情はわたしのことを心配してくれているのはもちろんだけど、なぜか他のなにかを気にしているようにも思えた。
わたしの視線に気づいて、
「ほら! ごはんごはん! ごはんが待ってるぞ!」
すぐにゆきは元の様子に戻る。
ちょっと気になったけど、あんまり深くは聞かないほうが良い気がした。
そして、食堂についたというところで、
「あ、おきじゃん」
わたしは同じ顔のあの子と再会した。
ゆきに声をかけられて、ふりかえるその子は髪の長さが短い以外はわたしと同じはずなのに、なぜだか全然ちがって見えた。
「雪路」
声をかけた相手の名前を呼ぶ声も、わたしなんかよりもすごい綺麗で、はきはきとしている気もする。
「おぅおぅ、今日もジューヤクシュッキンか〜」
「ちがうわよ。ちゃんと朝から来ていたけれど、用事ができちゃったの」
「その用事ってのはなにさー?」
「秘密よ」
「けちー、おきのけちー」
ゆきはなんだかその子と仲が良さそうで、なんとなくわたしとよりも気軽に話してる気がした。……ちょっとジェラシーかも。
それから、その子の目がわたしを見る。
まっすぐ見られる。なんだろう、わたしの中身まで見られるみたいな、透きとおった瞳だった。同じ顔でも、いつも家で見る鏡越しの自分とはまるで違う。
……挨拶しないといけないのに、言葉が出ない。
「おどろいてるねぇ。ふふふ、ドッキリは成功っぽい」
わたしの様子をただおどろいていると見たゆきが、成功したイタズラを楽しむような笑みをこぼす。
「この子は隠塚おき。あたし達とおなじクラスの子。びっくりした? あたしも最初見たときはびっくりだったよ〜。なにせこんなそっくりな子が転校してくるとかそうそうないでしょ」
ね、と隣のその子——おきと呼ばれた女の子はわたしへの視線をそのままに、
「はじめまして。隠塚おきです」
その澄んだ声であらためて名前を教えてくれた。
ちなみに『隠塚』は隠れる塚だよ、と横からゆきがつけくわえてくる。
わたしと同じなのに、わたしとぜんぜんちがうな。
うまく言葉にできないけど、それが最初の印象。
「え、えっと……久遠寺、そらです」
とにかく、その声にはっとしてわたしも自己紹介をかえす。
「二人ともかたいぞ〜。もっと他にあるでしょ。うわぁ、自分と同じ顔がいるぅ⁉︎ とかさ」
「驚いてもそこまでにはならないでしょ」
ゆきのオーバーな動きにおきはすこしあきれ気味に言葉をかえす。
「でもさ、こんなにそっくりなんだよ。もっとなにかあるでしょ。そらもなんか反応うすいしさ〜」
「え? お、おどろいてるよ。でも、実は、もう会ってたていうか」
「え? うそ? どこで?」
「朝……学校に来て、職員室に行った後に」
「ま〜じか〜。もう出会っちゃってたか〜。言ってくれたらよかったのに」
「ごめん、言うタイミングがなくて」
ぶーと頬をふくらませるゆきにわたしも苦笑いしながら手をあわせる。
「ま、いいや。ここで会ったのもなにか縁。おきもご飯いっしょしない?」
ゆきの誘いに、いいわよ、と了承するおきもいっしょになって三人で食堂に向かうことになった。
……どうしよ、ちょっと緊張してるかも。
なんか、わたし、変にこの子のこと意識しちゃってる。たしかに、人見知りって自覚はあるけど。今はなんとなくそれだけじゃない気もする。
「あ……」
そんな時、廊下のむこうをゆうが歩いてのが見えた。なんか急いでる?
声をかけようかなと思ったけど、ゆきに呼ばれてそれからもう一度ゆうのいた方向を見ても、そこにはもう見当たらなかった。
ゆう一人だったけど、あっちはあっちで大丈夫かな?
それから三人で食堂のテーブルにすわって、ゆきは食堂の親子丼、わたしとおきは自分のお弁当を広げる。
「わ……それ自分で作ったの?」
おきのお弁当は主に野菜が中心の色とりどりで健康そうなメニューだった。きれいな盛り付けがていねいにつくったんだなって感じさせる。
「そうよ。あなたも?」
「うん、お兄ちゃんといっしょに」
それに対して、わたしのは——初日だ。力がつくものにしよう——というなっちゃんの意向により、ちょっとお肉多めだ。お肉好きだけど、なんかおきのお弁当との色の対比が気になってしまう。
「そら、お兄さんいるんだ。あ、もしかして二年の久遠寺先輩?」
「知ってるの?」
「まあね〜。イケメンって噂だし。私は話だけしかしらないけど。けど良いな〜。顔もよくて、いっしょにお弁当作ってくれるとかウチとは大違い」
もりもり親子丼を口にしながら、ゆきは不満げにしている。
ゆきにもお兄ちゃんがいるらしいけど、頼りなくてカッコだけ気にするダメ兄貴とさんざんな言われようだった。
けど、さんざんな言いようだけど、本心からは悪く思っていないのかなとも思える言い方かも。
「おきもいたよね」
「そうね。兄が一人」
「いや〜、でも三人の中じゃおきのお兄ちゃんが一番すごいかもね。なにせめっちゃすごい社長さんだし」
「最高顧問よ。今は表にはあまり出ていないし」
「それでもさ、あの隠塚財閥を一代であそこまで大きくしたってよくニュースに出たりしてるじゃん」
「もう前のことでしょ。今はそんなに騒がれてないわよ」
隠塚。なんとなくその名前、聞いたことがあるような気が……。
たしか、ニュースとかで言ってた、日本の産業のいたるところに貢献しているとか……なんとか。
自慢じゃないけど、特撮とか以外の時事にはめっぽう弱いわたし。
「え……あれ? てことは、おきってお嬢様?」
お、気づいた? ゆきはその反応を待ってたとばかりの様子だ。
たぶん聞く感じ、隠塚ってすごい大きな家なんだと思う。それで、そこの子供ってことは……。
「はわわわ、わ、わたし、なにか失礼なこと言ってたりしない?」
つまりは、今までのわたしへの視線もそれが原因。そんなすごい家の子とうりふたつの人間が転校してきたら、それは誰だって驚くし気になると思う。
「落ち着いて、久遠寺さん。雪路、あなたも変な風にあおらないで」
「ごめんごめん。そらもごめんね。あおったあたしが言うのもあれだけど、別にそんなに気にしないで大丈夫だからさ。ほら、見た通り、おき様は私達一般庶民となんの変わりもない。お弁当のおかずとかスーパーのセール狙って、買いに行ってるしね」
「雪路」
雪路の暴露におきが圧のこもった声を出す。なぜだか、見えないはずのプレッシャーを出している気さえした。
そんなおきに、ごめんごめんって、とあわてて手をあわせる。
けど、そんな様子が逆にわたしを安心させてくれたのかも。
「おきって一人暮らしなの?」
「基本は、そうね。本当は郊外に実家があるのだけど、今は街中のアパートにいるわ」
「築三十年のお手頃価格の物件だよ」
そういってまた、雪路? とにらまれているゆき。おわびにこのお肉をあげよう。かわりにおかず交換して、と悪びれずいうゆき。その通り自分のおかずを交換するおきの姿に気のおけない友達って、こんな感じなのかなって感じた。
……いいなぁ。
わたしも、そんな風になれるかな?
それから、ちょっとだけおきともうち解けられたかもしれない。
他愛のない話をして、おきも同じクラスだってこともわかった。
……最初はどうなるか不安だったけど、友達二人目だ。
そうして話をしていると、急にゆきが声をひそめて顔をちかづけてきた。
今度は一体なんだろう?
「ところでさ、そら。知ってる?」
「なに?」
「この杜人で噂されてる都市伝説のこと」




